令嬢、心を決める

私は知らないうちに何かに巻き込まれ、逮捕されてしまった。


それだけならまだいい。

無知は罪ではないとよく言われるが、私の場合は無知を装っていただけだから。


直接犯罪に手を染めたわけではないとはいえ、結局は見て見ぬふりをしていただけだ。

暗い世界に踏み込んだという自覚もあった。

面倒なことに巻き込まれる覚悟もあった。


でも、どうしても納得できないことがある。


ヴァイオレットのことを信じていた。

頼りになる、親友だと思っていた。


仮に私に何か落ち度があったとしても、大したことじゃないはずだ。

次から気をつけるように、と注意される程度の問題ではないのか。


それをわざわざ追い詰め、判事の前に突き出したのはヴァイオレットなのだ。


あの時の屈辱と、裏切られた悲しみを、私はまだ忘れられないというのに――


「私を守る?」


十七歳のヴァイオレットは、そう言っている。


「ええ、そんなに驚くこと?」


おかしくはない。


ヴァイオレットは誰かの困難を見過ごすような人ではない。

私を助けたいと思うのも自然なことだろう。


記憶にはないが、この言葉もきっと、時間を遡る前に聞いたはずだ。


困惑するのは、今の彼女とどうしても繋がらないからだ。


――『こうするしかなかったの、アンナ』


その一言だけを残し、二度と姿を見せなかった、ヴァイオレット・ラブデイとは。


「ラッフルズ家やあなたに対する扱いは不当よ。必ず突破口を見つけ出してみせる」


ヴァイオレットはいつもの落ち着いた態度に戻っている。

困惑するのはむしろ私の方だった。


「そんなこと、どうやって……」


未来のことはさておき、今のヴァイオレットが本気だということだけはわかる。

だが、この困難から本当に私を救えるだろうか。


ラッフルズ家がすでに風前の灯であることは明らかな事実だ。


実質的に貴族社会での影響力はもうない。

ただ体面があるから最低限の対応をしてもらっているだけ。

それに気づかなかったのは私だけなのだ。


――今思えば、道化そのもの。

ヴァイオレットの目には私がどれほど哀れに映ったのかと思うと、顔が熱くなった。


「恥ずかしがらないで、アンナ。私はあなたがどんな状況にいても見下したりしない」


ヴァイオレットは私の表情を誤解したようで、慰めるように言った。


彼女がそんな人でないことは分かっている。

家の状況を知られることも、もはや恥ずかしくない。

何しろすでに一度経験したことだし、最後のプライドも質屋に売り払ったばかりだから。


私が感じる恥ずかしさは、過去の自分に対するものだ。

もちろん、そんなことは彼女に伝わるはずもないけれど。


「人間の価値は財産や地位とは関係ないと僕は信じている。でも現実的には、そこを完全に無視するのは難しい。むしろ、それがすべてと言ってもいいくらい」


「……そうね。酷い話よ」


以前の私ならそうは思わなかっただろう。

でも、今はその言葉がとても残酷に感じられる。


「でも逆に、それさえ解決すれば問題ないとも言えるわ。そういう考え方もできるでしょう?」


それはそうだ。

富があれば、父の事業に多少の問題があっても誰も気にしなかっただろう。


その理屈はわかるけど。


「それで? 貴方の言う通り、父が何かの罠に嵌められて、それが明らかになったとしてもね。多少は面目が立つかもしれないけれど、失ったものは戻らないわ。それとも、貴方が侍女として雇ってくれるのかしら?」


「それも魅力的な提案だけど」


提案なんてしてないわ。皮肉なのよ。


「まあ、今はまだ具体的なことを言うには早すぎるわね。僕も色々と調べている最中だし」


曖昧な言い方だ。

はっきり言えば典型的な詐欺師の話術だ。


もちろん、ヴァイオレットが詐欺師でないことはわかっている。

本当に私のために調査しているのだろうし、私の味方なのだろう。

慎重に発言するのは思いやりと慎重さの表れであり、騙そうとしているわけではない。


でも、実際の結果が同じなら区別する意味もまたない。


推測すると、これから起こるのはこういうことだ。


ヴァイオレットは懸命に調査するが、成果は出ない。

これはすでに経験したことだからわかる。


その過程で彼女に何らかの心境の変化があったのか、単に適性を見つけたのか、いずれにせよヴァイオレットは『探偵』を名乗り始める。


やがて、貴族が絡んだ事件を調査するうちに、私が関わっていることを知り――容赦なく私を告発した。


これは良くない流れだ。


ヴァイオレットをその方向へ進ませてはいけない。


彼女は探偵なんかになってはいけない。


なぜなら――。


「失礼いたします」


頭が複雑になり始めたその時、クラリスの声が聞こえた。

礼儀正しく頭を下げた彼女の手には、一枚の紙があった。


「お話中に失礼いたします。お嬢様にご命令いただいたものがまとまりましたので」


「ありがとう。ごめんなさい、ヴァイオレット」


「いいえ、そろそろ失礼しようと思っていたところだから」


「そう……クラリス、ヴァイオレットを見送ってあげて」


「そんな気を遣わなくても大丈夫なのに」


軽く答えて席を立ったヴァイオレットは、ふと足を止めた。

何かを迷うように、わずかに視線を落とす。

だがすぐに顔を上げ、確信を込めた笑みを浮かべて言った。


「僕はいつだってあなたの味方よ、アンナ。それだけは忘れないで」


そう言い残して、ヴァイオレットはクラリスとともに部屋を出て行った。


私はしばらく彼女が座っていた席を見つめていた。


もし世界でただ一人だけ味方を選べるなら、私は迷わずヴァイオレットを選ぶだろう。

聡明で誠実で、信頼できる。誰だってそうするはずだ。


けれど、今の私は素直に喜ぶことができない。


クラリスが差し出した紙を手に取り、中身を見つめる。

かつて山のように積み上げられていた財宝は、今や紙一枚に書ききれるほどしか残っていない。


、ね」


私はこれから、どんな手段を使ってでも、このリストを増やす。

その時は彼女に幻滅されるようなことをするかも知れない。

いいえ、絶対そうなる。合法的な手だけに頼る時期はもう過ぎた。


「その時も私の味方にいてくれるの?」


自分の考えに自分で笑ってしまうんだ。

そんなこと、望むほうがおかしい。


ならせめて、彼女が敵になるのだけは避けるべきだ。

私が何をするのか、知らないままでいてほしい。


私は貴方を、なんかにはさせない。




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