布団の戦士

おひとりキャラバン隊

布団の戦士

「なあ、この国で一番の戦士と言ったら、誰の事を想像する?」


 俺の問いに、ジョセフとイザベラは手にしたグラスをテーブルに置いて顔を見合わせた。


「突然どうしたんだよイクス。そんなの、王国騎士団長のガーラント様に決まってるじゃないか?」


「そうよ。でなきゃ、騎士団長なんて地位に抜擢される訳が無いじゃない?」


 ジョセフの言う事にイザベラも同意すると、俺の顔を見ながら「イクス、本当にどうしちゃったの?」

 と首を傾げながらそう言った。


「いや……、この前、隣国のサルメア国との戦に参加した時、俺のいた部隊にスゴい戦士がいてな」


「それって、イクスが守備隊長になって初めて参加した戦だよな? 確か、食い詰め者を集めた傭兵を雇って戦ったっていう……」


「そう。サルメア国の軍隊なんて大した事は無いんだが、それでも鉄砲隊を潰す為には犠牲が出るから、傭兵にその役をやらせるって事でそういう編成になったんだが……」


 俺はそこまで言って、言葉を切った。


 —―あの戦の最前線にいた傭兵部隊の戦いを、俺は後方の大将陣営を守備しながら見ていた。


 傭兵達はそれぞれがそれぞれの鎧や武器を手に参加していたが、その中でもひときわ目立っていたのが、薄汚れた白い布をローブかマントの様に羽織っただけの、大柄な男だった。


 武器は小型の斧だけで、最前線で次々に敵を倒して行く様は圧巻の一言だった。


 しかも、その戦い方もユニークだった。

 ガサツに敵をなぎ倒すのではなく、まるでダンスでもしているかの様に鮮やかに舞い、なのに彼が通り過ぎた後には倒された敵の姿が残されて行く。


 そのおかげで、俺達の軍は圧倒的な勝利を手にする事が出来たのだ。


 そうして戦が終わり、傭兵達に報奨を配る時に驚いたのが、彼の薄汚れた白いローブだかマントだかには、返り血の跡がひとつも無かった事だ。


 しかも、彼が羽織っていたのはローブでもマントでもなく、なんと布団だったのだ!


 そんな軽装で戦場にいた事も驚きだが、その戦いぶりや戦果に至るまで、あらゆるところが規格外だ。


「おい、イクス! 突然黙り込んで、一体どうしちまったんだ?」


 ジョセフの声に、俺はハッと我に返った。


「いや、ちょっと思い出していてな」


「あの戦の事をか?」


「まあ、そうなんだが……、どちらかといえば、その時に見た、スゴい戦士の事かな」


 イザベラがまるで合点がいったとでもいうように、

「それがさっき言ってた『最強の戦士』の事なのね?」

 と言って俺の顔を覗き込む。


 俺はイザベラとジョセフの顔を交互に見つめ、肩をすくめながら頷くと、


「ああ、その通りだ」

 と、ため息混じりで答えた。


「傭兵を指揮していた隊長は何か知らないのか?」

 とジョセフがもっともな問いを口にする。


「ああ、傭兵を指揮していたのは俺の同僚だったから、当然あの戦士の事について訊いてみたさ。するとどうだ。『そんな戦い方をしている傭兵なんていたっけ?』ときた。そして俺がその戦士を指さして『アイツの事だよ』って教えてやったんだが、その隊長、何て言ったと思う?」


「何て言ったんだ?」

「何て言ったの?」

 と言いながらジョセフとイザベラが息を荒げる。


「それがな、『ああ、あれは布団の戦士だな。寝相の悪さが度を超していて、いつも布団に包まれて眠ったまま、夢の中でダンスでもする様に戦ってるんだ』だぞ? あり得るか!? 眠ったまま戦ってたなんて事が!」


「…………」


 ジョセフもイザベラも、声が出なかった。


「こんな事は、王国騎士団長なら出来そうか?」


 俺が皮肉混じりにそう訊くと、ジョセフもイザベラも、黙って首を横に振った。


「だよなぁ……」

 と俺は大きく息を吐くと、顔を上げてもう一度訊いてみる事にした。


「なあ、この国で一番の戦士と言ったら、誰の事を想像する?」


 ジョセフとイザベラは、口を揃えてこう言った。


「布団の戦士」


 俺は二人の回答に何度も頷き、

「やっぱ、そうだよなぁ」

 と言いながら顔を上げて2人の顔を見た。


 二人とも毎日の仕事で疲れ果て、週末にはこうして仲間内で酒を飲みながら愚痴を言い合うという腐れ縁だ。


 俺も毎日部下を訓練し、戦闘訓練では生傷の絶えない日々だ。

 辛く苦しい訓練と、死と隣合わせの戦場での仕事は、平民より給金が良いとはいえ、その苦労と釣り合いが取れているのか疑わしいものだ。


 それに比べて布団の戦士はどうだ?


 布団に包まって眠っている間に仕事は終わり、目覚めれば、手にした報奨で好きな事をする。


 いったいどんな生活をすればそんな事が出来るのか、俺なんかには想像も出来ないが、寝る時間も取れ無い多忙な日々が続く事もある俺達には、布団の戦士が羨ましくて仕方が無い。


 しかも戦場じゃ、まるでダンスでもしているかの様に舞っているだけで、味方には一人の被害も出さずに敵だけを殲滅するのだ。


「まさに、天下無双とは彼の事だよな……」


 そう、他にそんな戦士がいる訳が無い。


 あれは人間に出来る事などでは無いからだ。


 天が彼を使者として大地に送り、真面目に生きる俺達に、ほんの少し力を貸してくれただけの事なのだろう。


 どこの軍隊の猛者でも、彼に敵うとは到底思えない。


「ねえ、イクス。私思ったんだけど」

 イザベラが何かを思いついたらしく口を開き、「その布団の戦士を、吟遊詩人に唄にしてもらうのがいいんじゃない?」

 と提案してきた。


 確かにいい案だ。


「いいね。ついでに、彼の戦いぶりを表現するダンスも創ってもらおう」


「いいわね、それ。で、なんて題の唄にしてもらう?」


「そうだなぁ……」

 俺はしばらく考え、「布団の戦士、天下無双のダンス、なんてどうだ?」

 と言って、二人の反応を確かめる様に顔を上げた。


 すると二人は声を揃えてこう言った。


「センス無いな〜」


 —―俺は頭をかきながら、それでも仲間達とこうして酒を飲める事を、布団の戦士に乾杯したい気分でいたのだった。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

布団の戦士 おひとりキャラバン隊 @gakushi1076

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ