第1話 霧の中の出会い

 霧峰ラリーアカデミーの新学期初日、15歳の橘彩花(たちばな あやか)は緊張と興奮で胸を膨らませていた。


 肩まで伸びたピンク色の髪を後ろに束ね、豊満な体型を制服で包んだ彼女は、全日本女子ラリー選手権(JGRC)への参戦を夢見る新入生の一人だった。優しそうな桜色の瞳とどこかのんびりした立ち振る舞いからその性格が伺える。


 両親が熱心なラリーファンで、幼い頃から中継でラリーを眺めていた彩花にとって、このアカデミーは夢への第一歩だった。彩花のようなラリードライバーを夢見る少女たちは、アカデミーを通じて基本を学び、卒業後は上のクラスへとステップアップしていく。


 30年ほど前に新設された競技であるJGRCは女子限定でありながら急速にその人気を増し、競技人口が増えすぎて一時はアカデミーの数が足りないくらいだった。

 霧峰ラリーアカデミーもそんな人気に合わせて作られた女子アカデミーの一つだ。

 校舎の窓からは霧が漂い、霧峰の名にふさわしい神秘的な雰囲気が広がっていた。


 正門をくぐり、校舎に入る。

 校内は少し古びた様子だったが掃除は行き届いているようで、床のタイルが反射して自身を映すほどだ。

 靴を履き替え、教室へと向かう。階段を上がってすぐのスペースに備えられた窓からは校庭を一望することができた。


 彩花は思わず足を止め、ガラスに顔を押し付ける。


 校庭は一般的な学校と比べると何十倍も広く、霧で全貌が見えないほどだった。

 何本もコーンが置かれ、固められたグラベルがマシンの通過を静かに待っている。


「さっすがラリー育成学校!」


 彩花が声を上げる。


 何本も用意されたダートトラックは実技練習に使うコースだ。コーンでコースを仕切り、様々なレイアウトに設定することができる。校庭の前には簡易的なガレージが並び、マシン達は静かに主の帰りを待つ。


「ここで走るのが楽しみだなぁ... っと、早く教室に向かわなきゃ...!」


 名残惜しそうに踵を返して教室へとかけていく。教室に入ると既に幾つかのグループが出来上がっていた。


 やばい、出遅れたかも—彩花は少し焦った。


 この学校には入学式というものが存在せず、ここでの出遅れは交友関係において致命的だ。腕時計を見ると始業の時間まであと5分しかなかった。十分に余裕を持って寮を出たつもりの彼女だったが、ここまでの道のりは決して平坦とは言えなかった。


 いや、一般人ならたしかに平坦だっただろう。寮と校舎は少し離れた土地にあるが、距離にすれば1kmもない。しかし方向音痴の彼女にとってはダカールラリーを制覇するが如くの長い道のりだったのだ。


 彩花は少し反省しつつ、改めて教室に目を配る。レイアウトは一般的なものだったが、前方には黒板ではなくホワイトボードが、更にその横には大きなディスプレイが備え付けられていた。ホワイトボードに書かれた座席の割り当てを確認し、該当する席を目で探す。


 ふと、窓際に座る一人の少女が目に入った。


 金色に輝く髪をツインテールにし、肘をついて外を見ている。吸い込まれそうになるほど綺麗な黄色の瞳には先ほどの校庭が反射していた。


 チャーンス、彩花はそう思った。スタートダッシュで出遅れてしまったからにはぼっちの人間を探すしかない。しかも幸運なことに金髪ツインテ少女の前が自分の座席だったのだ。堂々たる足取りでを張りながら自分の席へと向かい、カバンを机に降ろす。


「はじめまして!」


 無駄に大きい彩花の声が金髪少女の耳に響く。なんだこいつ、間違いなくそう思っただろう。


「どーも」


 そっけない返事。しかしこれくらいでめげる彩花ではない。


「私、橘彩花!よろしくね!」


 後ろ向きに座りながら握手を求める。


「佐藤莉緒(さとう りお)。」


 金髪少女はそう名乗ったが、握手を返さない。彩花の出すゆる〜いムードを警戒していた。若干引いた表情が明らかに出ているがそれも気にしていなかった。彩花はお構いなしに続ける。


「莉緒ちゃんね!覚えた!ドライバー志望?ナビゲーター志望?それともメカニック?」


 アカデミーでは3つの志望コースが用意されていた。メカニック志望だけは実技が別になるが、座学に関して言えばすべてのコースで同じ授業を行う。

 これはラリーがチーム競技であり、お互いの知識なくしては成立し得ないという教育方針に基づくものだった。


「ナビゲーター...」


 面倒くさそうに莉緒が答えた。彩花の目が一瞬にして輝く。


「本当!?私、ドライバー志望だよ!なにかの縁だし、一緒に組もうよ~」


 一瞬、驚きの表情を見せるがすぐにしかめっ面に変わった。


「お断りよ」


 キッパリと言った。中途半端に断ってこじれるのを嫌ったのだろう。しかし、彼女は彩花の性格をまだ理解していない。


「えー!絶対いいコンビになると思うよ!」


 知り合って3分と経ってないのに何が分かると言うのか、莉緒は怒りを通り越して呆れてしまった。

 だが、直感で今日までを生きてきた彩花には確信があった。吸い込まれそうになるほどの感覚、前の席という偶然にしては出来すぎた采配、この少女こそがベストパートナーなのだと。


「注目!」


 突然の声に二人は正面へと視線を向ける。教壇に先生らしき人物が立っていた。

 考えておいてね—莉緒に小さな声で伝えると彩花は姿勢を正した。


「諸君、まずは入学おめでとう。私がこのクラスを担当する高橋だ。」


 教壇に立つ女性はそう名乗った。ジャージ姿で黒髪、身長が高い。とにかく高い。180cm以上はあるだろうか。髪は短めでベリーショートほどではないが首を隠しきれない程度の長さに抑えてある。今にも竹刀を持って熱血指導なるものをしてきそうな雰囲気だ。


 正直怖い。


「このアカデミーに入学した者が目指すものはただ一つ!JGRCの頂だ。だが、すべての生徒が出られるわけではない」


 最初よりもトーンを落として説明を続ける。


「知っての通り、JGRCには参加枠が存在する。一つのアカデミーにつき、1枠だ。つまり、JGRCに参加するメンバーはアカデミーを背負って出場することになる」


「参加できるのは各コースから一人ずつのみだ。参加生徒はアカデミー内で行われる模擬戦を通じて決定する。」


 新入生たちの心がざわめく。理解していたことだが、JGRCへの参加ですら難しいものになる。1コース百数十人ほどの生徒から選ばれるのはたった1人なのだから...。


 教室内の空気を察したのか高橋はニヤッとした表情を見せ話を続けた。


「なに、案ずるな。まだまだ時間はある。模擬戦が始まるのは1年生末からだ。大会に出るのは2年からになる。しかも、2年生でいきなり参加できたやつを私はまだ見たことがない。」


 アカデミーは4年制を採用している。つまり、在学中に大会に出られるチャンスが訪れるのは3回だ。JGRCに出場できなかったとしても、卒業後、ステップアップ向けのカテゴリーへの参加を優遇してもらえる。必ずしもJGRCに出る必要は無いのだ。


「だが、目指して損はない!」


 声のトーンが一気に上がる。


「JGRCで好成績を収めれば卒業後、トップカテゴリーのプロチームに育成ドライバー、メカニックとして採用されるのも夢じゃあない!」


 無駄に大きな動きと声で熱弁する。あまりの音圧に教室のガラスが割れても誰も疑問に思わないだろう。


「したがって諸君、取り組むなら全身全霊で、だ!本気を見せてみろ!」


 そう叫んで締め、高橋は教壇を後にした。


「初日だが授業はあるぞ。しっかりと授業開始時間までに準備するように」


 そう言いながら颯爽と去っていった。


「ひえー、なんかすごい先生だったね...」


 目を丸くした彩花は振り返りながら莉緒に話す。


「当たり前でしょ。狭き門をくぐろうって言うんだから半端な精神じゃやっていけないわよ」


 莉緒の表情は真剣そのものだった。同じ新入生同士でも既にこれだけ覚悟の差があるのだと彩花は感じた。

 自分も負けていられない—闘争の炎は小さくだが揺らぎ始めていた。




 先程のホームルームの熱が冷めやらぬ中、最初の授業が始まった。

 教壇に立つ高橋が、ホワイトボードをバンと叩く。叩き壊してしまいそうなほどのパワーからは総務課の悲鳴が聞こえてきそうだ。


「よし!ラリーとは何か。オタクのやつもそうでないやつも基本を叩き込んでやる!」


 あまりの音圧に彩花は耳を塞ごうかと迷った。衝撃波が発生したのかと錯覚するほどだ。しかし、莉緒はペンを握り、真剣な眼差しだった。


「ラリーは一般公道を使う。移動は一般公道だが、閉鎖コースであるSS——スペシャルステージは腕の見せどころだ!」


 高橋が声を張る。彩花や莉緒には基本中の基本として頭に入っている。


「数日間、SSとリエゾンを繰り返す。サービスパークで整備するが、それ以外は現地修理だ。走れなきゃリタイアになる!」


 教室がざわつく。え、マジ?、自分で直すの!?、と新入生の声。彩花や莉緒にとっては常識だが、どうやら他は違うらしい。


「マシンには二人乗る。ドライバーとナビゲーターだ。」


 ドライバーは車を操る。ナビゲーターは道を教える。シンプルな構成だ。


「ペースノートは協力して作るんだ。ドライバーの好みによって同じコースでも全く違うノートになることもある」


 彩花は「ペースノートの指示って暗号みたいでカッコいいよね!」と目を輝かせるが、莉緒は「当たり前すぎて…」と少し呆れ顔だった。


「SS本番で、ナビゲーターがこれを読む」


 高橋が拳を握る。


「揺れる車内で正確に、ドライバーが欲しいタイミングでだ!先が見えなくても全開で攻められるのは、ナビゲーターの的確な声があってこそだ!」


 莉緒がペンを握る手を強め、【それが私の役目】とノートに小さく記入する。

 ドライバーとナビゲーターのコンビネーションが、ラリーの殆どを握っている。


「そして忘れちゃならないのがメカニックの存在だ!」


 30分ほど同じ声量で話し続けている。喉の剛性基準はFIAのレギュレーション並だ。


「車は機械の集合体だ!マトモな整備無くして優勝無しだ!」


 彩花は昔見た動画サイトで大破したマシンが僅か30分足らずで綺麗に修復されるビデオを思い出した。タイムラプスかと思うほど素早い作業で修復されていくマシンに当時は目を輝かせた。

 優秀なメカニック...これも探さないとね。彩花は小さく呟いた。


 最初の授業が終わり、彩花が再び莉緒に話しかける。


「ねぇねぇ、さっきの考えてくれた?」

「だからお断りだって言ってるでしょ...」


 呆れた様子で莉緒が答えた。


「あ、あの...ちょっといいかな...」


 二人が押し問答を繰り広げていると、右から声がした。一斉に顔を向けるが、誰もいない。


「あれ?今誰かに話しかけられなかった?」

「私も聞こえたわ」


 二人は首を傾げる。すると、今度は下から声がした。


「あ、あの、ここです...」


 視線を少し下げると、そこには小動物のように小柄な少女の姿があった。身長にして140cmも無いだろう。


 長めの黒い髪に白いカチューシャが目に入った。前髪はやや長く、もう少しで目が隠れてしまいそうなほどだ。うるうるとした黒い瞳を少し上に上げ、こちらを見上げている。


「かーわいい!ハムスターみたい!」


 彩花が声を上げる。初対面の相手に対して失礼なやつだと莉緒は思った。小動物が続けて口を開く。


「私、メカニック志望の森下 葵(もりした あおい)と言います...」

「葵ちゃんね!覚えたよ!」

「で、一体なんの用?」


 莉緒がぶっきらぼうに返す。


「実は私、ラリーのことよく知らなくて...さっきの授業も分からないところが...あの...それで...教えてくれると嬉しいなって...」

「メカニック志望なのにラリーのこと分からないなんて珍しいね」


 彩花が意外そうな顔をする。


 なんとなくのドライバーのイメージや、年俸に憧れを抱いて知識の無いままアカデミーに入ってくる生徒は確かに存在する。しかし、どちらかと言えばオタッキーなメカニックでラリーの知識が無いというのはかなり珍しかった。


「よくそんなの―」


 莉緒は言いかけた言葉を飲み込む。彩花みたいな人間相手ならともかくとして、こんなかわいい生物にそんなキツい言葉を浴びせてはいけないと感じ取った。恐らく動物愛護法かなにかに抵触するだろう。


「こほん、それで何について知りたいの?」


 改めて莉緒が問いかける。


「私、実家が整備工場で車の知識はあるんだけど、ラリーについてはちょっと...それでSSとか...サービスパークとか...全般的にさっきの授業の説明じゃちょっと分からなくて...」


 申し訳無さそうに葵は答えた。

 彩花が共感するような表情を浮かべながら答える。


「まぁあの先生、どちらかと言えば勢い重視だったもんね...」


 よくこれで生徒からクレームが出ないものだと3人は思った。


「次の授業まで少し時間もあるし、復習がてら説明してあげるわ」


 莉緒が答えると、葵の表情がパァッと明るくなった。


「うん!ありがとう...!」


 葵がお礼と共に頭を下げる。


「よーし、それじゃあまずは基本ルールのおさらいね!」


 ここぞとばかりに彩花が説明を始める。


「ラリーっていうのは基本的には時間で勝負する競技なの」

「SSっていう公道を閉鎖したステージでタイムアタックをして、その合計時間が一番短い人の勝ちってことだね!」


 彩花と莉緒がすでに息ぴったりの説明を始める。先ほど知り合ったばかりとは思えない。


「あれ、さっきの説明の印象より大分シンプルなんだね...?」


 葵は授業の説明では専門用語が多く、相当に複雑な競技なんだと頭を痛めていた。


「一番の本筋の部分はね。でも、SSは一つだけじゃなくて、色々な場所に設けられているわ。SSからSSへ移動するのは自走だからその間は一般公道を走らないといけないの。」


「その移動パートをリエゾンって言うんだよ!」


「でもSSも一般公道なんだよね...?リエゾンだと何が違うの...?」


 莉緒が順序立ててノートを使いながら説明を始める。


「SSは閉鎖された一般道だけど、リエゾンはそうじゃない。普通の開放された一般道なの。法律も守らないといけないし、経路も決められているわ。」


 葵が真剣にノートへ記入する。先ほどの授業の内容に加えて補足するような書き方だった。


「えっと...じゃあナビゲーターっていうのは...?」


「SSでは全開でアタックするんだけど、練習走行ができない上に道も複雑だから先がどうなってるのか分からないんだよね...」


「だから私みたいなナビゲーターがコースの先がどうなってるか声でドライバーに指示を出すの。右か左か、出口は開けてるか、直線は何メートルなのか、みたいにね」


「ナビゲーターの指示があるからコースの先がイメージできて全開で踏めるの!映像なんかで見るとすごいんだから!ほっそーい道を直線で200km/hくらいで走ったり、先が全然見えない霧の中でもアクセル全開なの!莉緒ちゃんも走る時はよろしくね!」


 グイッと彩花の顔が莉緒の方を向いた。


「こんなのの案内をするのはゴメンだわ...」


 呆れたように莉緒は答えた。


「じゃあペースノートっていうのは事前に配布されるんですか...?あれ、でもそれだとさっき先生が言ってたドライバーの好みっていうのと矛盾するような...」


 葵の疑問に莉緒が素早く答える。


「各SSは一回だけ下見ができるの。全開では走れないけど、サッと通しで通過することはできる。」


「これをレッキって言うんだよ!ドライバーによってカーブの角度とかは感覚が違うから、好みに合わせてナビゲーターに記入の指示をだして、一緒にペースノートを作るの!一回でコースは覚えられないから大事な作業だね!」


「な、なるほど...でも私みたいなメカニックの出番は一体どこに...?お留守番とか...?」


 疑問に対して今度は彩花が明るく答える。


「ふふ、心配しないで!競技中はサービスパークっていうのが設けられてるよ」


「一定のSSごとに車を整備できる場所のことね。メカニックが待機してるから本格的な整備ができるってわけ。」


 葵は自分の出番が無いのではないかと一瞬不安になったが、二人の説明を聞いて安心した。


「じゃあ、SSが終わったらここに来て整備すれば良いんだね...!」


 葵は腕を披露するのが楽しみと言わんばかりにワクワクした視線を二人に向ける。


「それがそう甘くもないわ。」


 莉緒がやや鋭い視線で答えた。


「サービスパークは、行けるタイミングが限られてるの。ラリー競技は順番にどこに行かなきゃいけないか決まってて、順番が来ないと整備も受けられないわ。」


「つまり、SS1→SS2→SS3→SS4→サービスパーク→SS5みたいになってたら、SS4を終えるまではサービスパークに行けないってことだね。」


 ノートに記入しながら彩花が答えた。葵は不安そうに疑問に思ったことを口にする。


「もし車が...その例で言うとSS3とかで壊れちゃったらどうすればいいの...?」

「応急処置もできないようなダメージだったらリタイアになっちゃうね...」


 少し暗い顔で彩花は答えた。莉緒も続けて答える。


「だから私達みたいなナビゲーター、ドライバーも壊れた車両の応急処置ができるくらいの技術は必要ってわけね。サービスパークまではどうにか持たせないといけないから。」


 ふと彩花はある話を思い出し、明るい調子で葵に説明する。


「でもね!昔のラリーで車輪が一個取れちゃった車がいたんだけど、なんとかバランスを取ってサービスパークまで走らせたこともあったんだって!面白いよね!」


 莉緒も同じ話を聞いたことがあったため、頷いた。


「す、すごいね...」


 葵は3輪で走る車の話など聞いたことがなかったので目を丸くして驚いた。ノートを書く手が一瞬止まったほどだ。


「チームによって対応力に差が生まれたりするのもラリーの見どころの一つよね。」


 二人は初めて共感した。


「じゃ、じゃあサービスパークに辿り着きさえすれば安心なんだね...!」


 葵が少し柔らかい顔で二人に話す。あまりのキュートさにそのまま飼ってしまいたいと思う二人だったが、ぐっとこらえた。

 少しトーンを落として彩花が答える


「それがね、サービスパークでは整備にかけられる時間が決まってるんだ...」

「修理も含めて...?」

「そうだね。でもプロの人達はすごいよ!ボロボロの車を30分くらいで綺麗にしちゃうの!」


 彩花は目をキラキラさせながら答えた。

 厳しい戦いなんだと葵は思いながら、言葉を発する。


「私達みたいなメカニックにも技術と素早さが求められるんだね...」


「そういうこと!だからラリーはチーム競技!全員が力を合わせないといけないんだよね!」


 得意げに彩花は説明を終えた。


「二人とも本当にありがとう...!おかげでよく分かったよ!」


 葵は丁寧に頭を下げながらお礼の言葉を述べた。二人はいやいやそんなといった様子だ。

 莉緒はふと教室の時計に目をやり、ギョッとする。


「ちょっと、授業までの時間迫ってるじゃない!」


 彩花の腕を掴みながら慌てた様子で話す。


「次、体育館だっけ?」

「そうよ!移動時間含めたら急がないと!」


「それじゃあ葵ちゃん、お昼は一緒に食べよーね!」


 葵に向けて手を振った彩花は、莉緒に引きずられながらもすっかり友達として葵を認識していた。葵は笑顔で手を振りながら二人を見送り、メカニックコースの授業場所へと移動を始める。


「あの二人の担当になれたらいいなぁ...」


 葵は小さく呟き、ノートをぎゅっと握った。

 窓から爽やかな風が吹き、彼女の前髪をそっと揺らす。新たな青春がすぐそこまで来ているような気がした。

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霧峰ラリーアカデミー ぺじゃう @bbo3321

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