中島は考えた。廃墟に行けばバズるはずだと

鞠目

心霊スポットにいく

 その心霊スポットは心霊スポットと言うより「荒れ果てた一軒家」という表現がぴったりだった。




 夏休みに大学のゼミのメンバーで旅行に行くことになった。旅行の犠牲者は彼氏彼女がいないおれを含めて三人。企画担当の中島はさておき、ザ・マイペース男の木村、つい最近彼氏にふられた三木、それからおれ。

 先週のゼミ終わり、中島がいきなり旅行に行きたいと言い出した。独り身でないゼミメンバーは「旅行」の単語が出た途端いそいそと退散していった。

「車はおれが出すし宿も四人分ちゃんと一人部屋予約するからさ! まじでお願い!」

 中島にゼミ室で土下座されたおれたち。ゼミのメンバーは仲が悪いわけではないが、わざわざ旅行に行くほど仲がいいわけでもない。正直言って面倒くさい。おれはすぐに断ろうと思った。しかし、「中島がこんなに言ってるんだから行ってあげてもいいんじゃないの? もし行かないならゼミ室の掃除をちょっとお願いしようかな……」と、うちのゼミの教授である竹本先生がにやりとしながら言った。

 ゼミ室には授業で使ったプリントや専門書、よくわからない封筒の束、謎のファイルが散乱していた。掃除をちょっと? いやいや、絶対にちょっとじゃないだろ。これを綺麗にするのはかなり時間がかかるぞ。木村と三木の顔を見ると小さく顔を横に振っていた。こうしておれたちは旅行に行かざるをえなくなった。

「お土産よろしくねー」

 言ったのはもちろん竹本先生。にこにこ顔のバーコード頭の教授をこの日おれたちは心から憎んだ。いつの日かそのバーコードにガムテープを貼りつけて勢いよく剥がしてやる。おれは卒業するまでに教授の頭皮を焼け野原にすると心に誓った。


 旅行は一泊二日。集合場所は大学で、行き先は当日のお楽しみと中島に言われた。いちいち面倒くさいやつだ。

 旅行当日、朝早くから大学に呼び出さたおれたち三人は不機嫌だった。こんなに楽しみでない旅行は生まれて初めてだ。

「おはよー! じゃあ行こう!」

 一人元気な中島は、乗ってきたハイエースにおれたちを乗せると楽しそうに車を走らせた。助手席には中島の荷物があったので一番後ろの列に木村とおれの男二人、真ん中の列に三木が座った。

 不思議なもので車に乗っていると何故か少しずつテンションが上がってきた。中島が流す音楽のセンスもよく、いつの間にか車の中はカラオケ状態になっていた。

 高速道路にのって車のスピードが上がると車内の熱は更に上がった。流れる音楽がおれたちの高校時代に流行った曲ばかりだったので、みんなで合唱して盛り上がった。

 旅行に来てよかった、そう思い始めたた時だった。雲行きが怪しくなったのは。


『既読がつかない。きっと今頃あなたはあの子のところ……』


 さっきまでずっとアッパーな曲が流れていたのに、突然彼氏に浮気されている女性を描いた曲が流れた。これも大ヒットした曲だったが少し微妙な空気になった。気を遣った中島が、次は何がかかるかなあなんて言いながら場を濁す。しかし……。


『二番目でもいい。だから私にもう一度笑いかけて……』


 今度はふられた女性を描いたしんみりとした失恋ソングが流れた。

 ますます空気が重たくなり見るからに三木の顔に影がさす。中島がさりげなく曲を飛ばす。なのに……。


『たばこは嫌い。だけど君が好きだったあの銘柄の煙はたまに恋しくなる……』


 女性シンガーソングライターの弾き語りが流れる。中島が慌てて曲を飛ばす。


『悪いのは誰? 私? それともあなた? 気がつけば二人の間には……』


 ぽつぽつと語る女性の歌声がスピーカーから流れ、中島がまた曲を飛ばそうとした。が、遅かった。

「ごめん。音楽止めて」

 三木の鋭い一言が音楽を切り裂く。中島が言われるがままに音楽を止める。

 沈黙。沈黙。沈黙。

 車の中は通夜のように静まり返った。時折聞こえるのは三木がすすり泣く声だけ。やっぱり旅行なんて来るんじゃなかった。おれは車窓から外を眺めた。

 車窓から見える景色はいつの間にか市街地から山へと変わっていた。特にやることがなくぼんやりと景色を見ていると、すすり泣きの合間に小さな寝息が聞こえるようになった。そっと隣の席に目をやると、隣の席でザ・マイペース男の木村が口を半開きにして寝ているのが見えた。おれは初めて木村の性格が羨ましいと思った。




 三時間に及ぶ地獄のような車移動を終え、おれたちは昔ながらの日本家屋が立ち並ぶ田舎町にやってきた。子どもの頃に旅行番組か何かで見たことがある少し有名な町だ。

「この辺りは古い町並みが有名らしい。それから町外れにある市営の大きな植物園も有名で、一年中いつ行っても美しい景色が見られるんだって!」

 中島が運転しながら教えてくれた。長時間運転をしたというのに中島は元気だった。いや、変に元気すぎた。何となく引っかかるなあと思っていると町外れの小さな家の近くで車が止まった。

「あの……おれさ、実は心霊系YouTuberになりたいんだ」

 中島が運転席から顔だけを後ろに向けて話し出した。

「中島、頭でも打った? それとも変な薬でもしたの? 悩んでるなら話聞くよ?」

 ひとしきり泣いてスッキリしたのか、少し機嫌が良くなった三木が尋ねるが、中島の耳には質問が届いていないようだった。

「ここはまだあまり知られていないけど心霊スポットなんだ。で、おれここで撮影して一発当てたいんだ」

「そっか、頑張れ。応援してる」

 マイペースな木村は興味がなさそうに言ったが、これもまた、中島の耳には届いていない。いや無視しているような気もする。よく見ると目が微かに泳いでいる。

「おれ、怖がりでさ。一緒に撮影してくれない?」

 中島が言った途端三木はゴミを見るような眼差しを向け、木村は真顔で首を横に振った。

「頼む、帰りももちろんおれが大学まで運転するし、なんなら今日のホテル代四人分おれが払うからさ。ほらここ! 今日の泊まるところ!」

 中島がグループチャットでホテルのホームページのURLを送ってきた。少し高そうなホテルだった。

「この日のためにいろいろ準備してきたんだ。頼む、この通り!」

 ずぶ濡れのチワワみたいな顔をした中島がおれたちに懇願する。しかし、三木は相変わらずゴミを見るような目で中島を見ているし、木村はもう会話に興味をなくし窓の外を眺めている。そんな状況で中島と目が合い、おれの心が折れる音が聞こえた。

「仕方な……」

「ありがとう、加藤! お前だけはそう言ってくれると信じてた!」

 言い終える前に中島が叫んだ。おれは嫌いだった自分の性格が、今さらに嫌いになった。


「さっき中島が言ってた植物園に高校の時の友だちがドライブで来てるみたい。ほら見てこの投稿。私こっち行くね。ホテルには夕方に向かうから」

 三木はおれにSNSの投稿内容を見せると、荷物をまとめて車を降りる準備を始めた。

「ちょっ三木、植物園までどうやって行くつもりだよ」

 慌てて中島が声をかけるが三木は車のドアを開けた。

「今チャットしたら友だちが迎えにきてくれるって。私幽霊とか無理なの。じゃ、あとで」

 三木はそう言って車を降りるとドアを勢いよく閉めて歩いていってしまった。

「おれ、町並み見てくる。心霊とかそういうの興味ないからさ。おれも夕方ぐらいにホテル行くわ」

 マイペースな木村は窓の外を見ながらそう言うと中島が声をかける間もなく降りていってしまった。車内はずぶ濡れのチワワ風男とおれの二人だけになってしまった。

「残ってくれてありがとう」

 申し訳なさそうな顔で言ってきた中島におれは返事をしてやれなかった。なんでおれだけこんな貧乏くじを引かなきゃいけないんだよ……頭の中は不平不満でいっぱいだった。


 目の前の心霊スポットは心霊スポットと言うよりは『荒れ果てた一軒家』という表現がぴったりだった。なんと言うか、不気味というより単純に朽ち果てている感じの方が強い。

「とりあえず今は下見をしようと思うんだ」

「下見?」

「明るいうちにどんな感じなのか見ておいて、夜に撮影しようと思って」

 中島はそう言うと玄関から家に入っていった。怖がりじゃなかったのかよ……なんで躊躇なく入れるんだよ。本当に怖がりなおれはとりあえず家の周りを見て回ることにした。

 家は平屋でそれほど大きくない。コンビニ半分の大きさもないだろう。家の周りに塀はなく、窓や襖が全て外れている木造の一軒家はぱっと見た感じかなりオープンな印象を受けた。

 家の裏には木が生い茂り、緩やかな上り坂になっているようだった。おれは外観をぼんやりと眺めながらゆっくり歩いた。そして家の角を曲がったところでおれの足は止まった。家の壁一面に書かれた落書きが目に飛び込んできたのだ。

 ハングルや中国語のような漢字の羅列、それからアラビア文字みたいな見たことのない文字がたくさん書き殴られていた。読み取れないものばかりだが決してポジティブな内容ではないだろう。

 日本語の落書きもたくさんあった。『帰れ』『汚い』『穢れ』など、口にしたくもないような酷い言葉が溢れている。負のエネルギーが壁一面を這いずり回っている、そんな印象を受けた。

 しかし一方で場違いのような言葉も見つけた。女の子が書いたようなかわいい相合い傘のマークにかすれて読めなくなった誰かの名前だったもの。丁寧な字で書かれた『待ち合わせ』『もうすぐ着く』みたいな内容もあった。家の壁一面に書かれた混沌とした落書きを見ていると、おれは気分が悪くなってきて眩暈がした。

「おーい加藤、お前も入ってこいよ。別にどうってことないぞー」

 中島の呼ぶ声が聞こえた途端、すっと気が楽になった。おれは慌てて立ち上がると中島の声のする方へ走った。


 空き家の中は外観と同じように朽ち果てていた。

 玄関から中に入ると居間にぶち当たった。床には物が散乱し、壁には所々ひびや穴が見え、畳は擦り切れめくれ返っているところもある。

 物音がした。

 隣の部屋からだ。そっと覗くと中島が倒れた箪笥の中を漁っていた。箪笥の横には仏壇らしき物も倒れていてる。

「何をしてるんだ?」

「何って面白そうなものがないか探してるんだ」

「やめておけよ。ここに住んでいた人のものだぞ」

「大丈夫だって。それにこんな昼間から変なことが起きるわけないじゃん」

 中島は倒れた仏壇を叩きながら言った。

「おい、やめろって」

「大丈夫だって。この部屋もリビングも荒れてるだけで何も変なところがないだろ?」

 中島は楽しそうな顔をしていた。確かに廃墟の中は思っていた以上に明るい。窓もなく壁のいたるところにひび割れや穴があるので、色んなところから日の光が差し込んでいるからだ。だからだろうか、心霊スポットと知っていながらも廃墟の中にいてもあまり怖いとは思わなかった。

 ぼんやり部屋の中を眺めていると白い布のようなものが視界の端を横切った。おれは慌てて振り向いたが何もなかった。白い服を着た人が通ったような……そんな感じがしたが気のせいのようだった。

「因みに心霊スポットって言ってたけどここはどういう場所なんだ?」

 ふと気になったので相変わらず箪笥の引き出しの中を漁っている中島に声をかける。

「聞こえるんだって。夜に近くを通ると真っ暗なのに人の声がするんだとさ」

「それ誰かが中で肝試しでもしてるんじゃないのか?」

「いや、それが確かめても誰もいないんだと」

「そっか……ここで何か深刻な事件があった訳じゃないのか。でも、なんでここにしたんだ?」

 心霊系YouTuberになりたいと言っていた割には……怖さ加減が弱くないか? そんな疑問が頭をよぎった。そしてそれが顔に出ていたんだろう、おれの顔を見た中島がばつの悪そうな顔をしながら俯いた。

「ビビっちまったんだ……」

「は?」

「まじでやばそうな所に最初から行く勇気がなかったんだよ!」

 真っ赤な顔をした中島を見た瞬間、思わずおれは笑ってしまった。

「笑うなよ……わかってるって自分でも。かっこ悪いことなんて」

 ふてくされる中島を見ていると、旅行に来てよかったかもしれない……少しだけそう思えた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る