海というものは

taiyou-ikiru

第1話

 海というものは怖いものです。23のときにして初めて思いました。私は小さい頃から海で過ごしていたもので近くに存在するものだったのですね、海は。ですので小さい頃の私は海に恐怖なんて感情は沸かなかったのです。なぜならば良い記憶が多いものですから。父と釣りに行って、魚を焼いて、そして友達と泳いで。そりゃまぁ面白かったですよ。でもそれも23歳のいつかの日を境に近寄れなくなってしまったのです。別に津波だとかそのようなことではありません。津波は自然であり、受け入れるものであると心の中に刻まれていますから。ではなぜ海に恐怖を覚えるようになったか。それをお話いたしましょう。 

 

 あれは夜の暗い日でした。夜は暗いものでありますが、それはまた一段と暗かったのですね。私はそのとき学生をしていましたから、夜遅くまで友達の家で過ごしていました。飲んで騒いで大合唱。その時は多分秋であったと記憶していますが、鈴虫の鳴き声が私たちの音でかき消されるのですね。そしたら鈴虫もそれに負けじとさらにさらに大きな声で鳴くのです。それを酒の友にしながら私たちは飲んでいました。まったく酒というものは人をダメにするのです。そのあと帰ろうとドアを開け、帰りのチャリ(自転車)に乗りふらふらながらもできる限りの正確さを考えて進んでいました。そのときに気温のぬくもりを足で感じたのです。あれは恐らく木の近くだったので自然現象であると、不気味な感覚に身をよだらせながら結論付け、早く抜け出そうとできる限り素早くチャリを漕いでいました。そしてやっと不気味なぬる温かさがなくなったころ、ガタンッっと音がし、転げかけたのです。なんだろうと急停止をしながら下を眺めました。そう、自転車が壊れていたのです。それもタイヤの部分が。シューっと小さな音が耳を通り抜け、ただならぬ絶望感が体全体を襲いました。なんせ海があるということは日本でいうとなかなかに田舎でありますから友達の家は遠く、まだまだ自宅まではつかないのです。仕様がないので自転車を引きながらとぼとぼと気持ちの萎みを放って、歩いていました。すると段々と息が荒くなり、疲れで動けないほどの疲労感が体を襲ってきたのです。周りは暗闇で私は独りで発狂したくなるほどの高揚感にも似た気持ちを必死に理性で抑えながら冷静に考え、自転車を置いていくことにしました。そして自転車をものの近くに置き、そのまま道のりに歩いていました。するとまた新しい問題に直面するのです。なんだかすごく寂しいのです。自転車に触れ、進むという行為は自分の心の友のようなどこか安心感を勝手に(?)抱いていたのでしょう。ですが歩かなければ家には着きません。泣き出したくなる気持ちを整え、歩きました。歩きました。歩きました。すると段々寒さを感じてくるのです。酒の力で感じていない寒さを感じてきたのでありましょう。寒さを感じると人間ははっと現実に戻されるのです。私も例にもれずその一人でありますから、そのときもはっと脳が現状を把握し始めたのです。脳がフル回転している感覚というものはあまり感じないものですが、あの時はすごくそれを感じました。そしてまた一歩一歩と拙くも、はっきりと歩き出し、何とか砂浜につきました。なぜかは分かりません。もしかしたらそういう運命だったのかもしれません。もう無理だ私はそう思い砂浜に体育座りで海を眺めていました。すると段々と眠気が襲ってきて、疲れも重なり、目を閉じ、深い眠りの初めに着いてしまうのでした。

 すーすーと自分の吐息が聞こえ、眠ってしまっていたということを理解し起きようと目を開けようとしたそのとき。

(起きてよ、ねぇ起きてよッ)

 そんな声が聞こえ、恐らく朝一番できた子供が変に思って話しかけているのだろうと思い、目は開けませんでした、無視をしているわけではなく疲れで動けなかったのです。するとまた声が聞こえてきました。

(ねぇ起きてって___)

パンッ

 鋭い痛みが私の体に響きました。私はぴくッと最後の元気を振り絞るかのように(いや本当に最後の元気だったのかもしれません)飛び起き目の前の現状を理解しようとまた必死に頭を働かせました。目の前にいる子供だと思っていたものは子供ではなく。人に形に似たまた別のなにかであったのです。私はそのとき目の前の不可解で乖離的な生物に理解を働かせようとしました。それも空の滴るような黒の色に気が付かないほどに。二人の、子供に模した生物の右の子が言いました。

「あ、やっと起きたぁ」

 左の子も言いました。

「ぅわぁ、、おきた、、」

 その生物(?)はいわゆる河童のような見た目ではありませんでした。そのときの私の目にはすごく、ぐろい、そう言い換えれば汚い、、、つまるとこ肉の破片を無理やり凝縮させたよう な、、すみません。あまり覚えていないもので。ただその生物(?)は一目見れば全身の毛が逆立つような見た目だとは思います。

 恐怖で息が荒くなるのをできるだけ抑えながら伝わるように言いました。

「ッき、みたちは、、誰なん、だ、、、。、、、助、けてくれない、か、、、」

 これはあのときの自分に言える精一杯のセリフだったのです。そしてその子は互いに視線を合わせ(まずは右の子からだった)なんだか少しの間をおいてから言いました。

「私たちは海の妖精だよ!ッ」

「?妖精?なにを、、言って、いるんだい?」

 言葉が震え、頭の中に疑問符が沸き上がります。が、その 間髪を入れずにまた喋りだしました。

「わたしはりっか!」

 右の子が言いました。そして、「ん」と左の子を指さします。それは恐らく人間が指差すことと同じジェスチャーだったのでしょう。指を指された左の子はぴくッと反応し言います。

「、、えっわたしも?、、えっと、、わたしは陸み、、、」

 左の子は視線をずらしながら右の子よりも小さな声で喋りました。

「それで!なにをたすけるの?」

 今思えば子供特有の理解からの言動だったと思うのですが、そのときは必死に助かることだけを考えていたもので焦りと恐怖からすぐに頭の中に出てきた言葉をすぐに言ってしまったのです。

 「助け、、て、、、、たす、、けて」

 左の子は右の子に耳打ちをし、右の子はかしげていた首を元に戻し、ちょっと待っててねと手を私のほうに掲げ、とことこと後ろに下がり、左の子と話しだしました。それもひそひそ声だったので聞こえはしませんしませんでしたが、恐らく「助ける」ことの内容について話していたのでしょう。ただあのときの私はどうにか逃げれないかと、残った体力に相談をしていましたのでその内容を考えることはありませんでした。ただ恐怖からかほとんど手も足も動かず、ただひたすらに虚無な時間が過ぎ去っていくのを感じることしかできずその子達が助けてくれる未来に淡い希望を抱くことぐらいしかできなかったのです。するとその子たちはまた私の近くに戻ってきて、言いました。

「たすけてあげるよ」

 あの時の私は愚かにも安堵していました。人間はいつまで経っても言葉の奴隷であり、商人なのですから仕方がないことではありますが。そしておもむろに足を掴んで右の子は右足、左の子は左足と、「えいやー」と掛け声を挙げながら私を海のほうへと連れ込んでいくのです。私は恐怖などは通り越して、すぐに命の危機を肌で感じていました。もちろん海に連れ去られたくはないので必死こいて姿勢を変えて自分の手で砂浜を掻くように埋め込んで必死の抵抗をしていたわけですが、それも遊びの一環だと思ったのかさらに力強く二人は引っ張るのです。しかもキャッキャと声を挙げながら。私は本当に本当に最後の力を引き絞って。

「お~~~~い」

と大声で声を挙げました。二人はなにを思ったのか、お~~~~~~~いと声を挙げました。そして、二人の笑い声が空間に吸い取られ、それが私にはうざったらしくて仕様がないのですが、そんな私の感情など無下にするようにまた力を強くし引っ張るのです。こわいこわいこわいと感じることしかできず、自分とその子が描く砂の模様を見ながら本当の絶望感に浸っていました。そしてついに足が水につきました。ヒヤリという生易しい感覚ではありません。人間の奥底すら壊してしまうほどのゾッとする寒さです。段々と足から胴体にかけて、水が服の中に入り込んでくると、体に激痛が走ります。冬に近い夜の水というものですからそれは痛いでは済まされない温度です。そして胴体も終わりに差し掛かり頭に水が触れかかります。しかしながら恐怖という感情がなんだかなくなっていることを不気味に思いながら、このときだからなのかこのときなのになのか分かりませんが、私はこのとき父さんと一緒に釣りに来た思い出を思い出していました。軽い現実逃避なことは理解していたのですが、脳が勝手に(?)見せてくるのです。そしてなんとなく自分は海の底に沈むのだという予測した未来に畏怖してしまって恐怖と現実逃避に加えてストレス反応で感情がぐちゃぐちゃに絡み合ってパニック状態に近い状態でした。そして、「やめろ、やめろおッッッ」と、陸からかなり離れた場所で足と手を乱雑にバタバタと抵抗しました。すると子供たちは進むのを止めてしゅんとした表情で話しかけてくるのです。ただそれは可愛らしいものではなく気持ちが悪いと分類できる表情なのです。左の子が言いました。

「ごめんね でもなんでばたばたするの?」

「そうだよよくないよ」

 恐らく私は唖然とした表情をしていたのでしょう。怪異のような未知の存在に恐怖が強くなる一方で、冷静にならなくてはという気持ちも確かに存在するのです。必死に恐怖を押さえつけて最善手を思考していました。この子たちは子供であろうから、ちゃんと伝わる言葉で自分の望みを伝えなくてはいけないのだと。そして、すぐに思考を整え言いました。

「さっきのところに戻して欲しいな。助けてほしいっていうのは海に連れていくことじゃなくて、陸の、、奥に行くことなんだ」

 震えを抑えつつできるだけ分かりやすく喋りながらも海の寒さに焦りを隠せずにいました。

 右の子供が少しの間をおいて喋り始めました。

「でもいいところだよあそこは」

「うんそうだよ」

「綺麗でふわってしててあったかくて」

「行きたくないの?」

 悲しそうな顔をして言うのですが、私には関係ないのです。こちらは命の瀬戸際で闘っているのですから。しかもやはりというべきか全くの愛嬌もないので余計に私の恐怖と焦りを煽るのです。これがどうしようもなく精神を削りとり、泣きたくなるような理不尽に晒し上げられます。たとえ泣いたって海によるものなのかと自分に言い訳ができるのですがしかし私は泣いてなどはいませんでした。なぜならまだ一抹の希望があったからです。まだ話せば分かってもらえるのではないかという一抹の希望が。心は泣きじゃくっていましたがそれをひた隠して、言いました。

「じっ、実は僕はそこに行くとし、、いなくなっちゃうんだ。なんていうか消えちゃうのさ、泡になってね、、、だから、、さっきのところに戻してもらえないかな?」

「え、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、じゃあなんで泡になっちゃうの?どうやって?、、、、、、てゆーかあそこって知ってるの?どこか知ってるの?言ってよ、」

 、、、このぐらいの年の子は生意気で変に頑固でしかもよく分からないところで鋭いのです。いくら子供といえど詰められるということはきついものです。姿もおぞろしいですし。私はすっかりテンパってしまい、本当のことを言ってしまいました。

「嘘、ごめん泡にもならないけど死んじゃうし。その場所も知らない、、、ごめん嘘ついて」

 私は昔からこうなのです。素直だとか言われますが嘘をつけないだけなのです。

「、、でも、本当にいいところなんだよあかるいし、ねぇ」

「えっうん」

「でも本当に。お願いだよ。嫌だよ海の中は」

「、、、うん」

「ごめんね、、、、でも戻してよ陸にさ」

「、、、、、、、、、、、」

「、、ダメ、、、かな」

「本当に、、、切実に頼むよ戻してよ陸のほうに。お願いだよ」

 私はこのときどんな表情をしていたのでしょう。

「頼むよ、、お願い、、、頼むよ」

 もう頼むことしか私にはできませんでした。

 すると右の子の目がゆっくりと揺らいでいくのです。そして、ゆっくりとしかし大きく泣き出すのです。

 うわぁぁぁん ひっ ひっ  と。

 左の子はすぐさま駆け寄り言いました。

「、、、だいじょうぶ?」

「いい、いいっ」

 そう言いながら手で左の子の手を振りほどくのです。そして私はなんだかよく分からない感情を感じていました。この年になると大体の感情は経験しているもののですが、初めての感情でした。胸の中が靄つきざわめく様な変な感覚でした。そして私も左の子も互いになにも言えぬまま右の子が泣く音だけが海を、そして私の体をこだまします。すると唐突に。

「もう知らないッ」

 そう言い右の子は左の子の腹を蹴りました。左の子はいそかし驚いた様子で腹の部分をゆすりながら、右の子が私の両足を掴み水の中に引きずり込む様子を見ていました。私は左の子の様子をみながら抵抗する隙もなく、星が反射し輝く深い海に引きずり込まれていくのです。私は驚いて「やめて」と言ったつもりでしたが、「や」といったときには口が完全に引きずり込まれて、自分が出す泡でぼやけている左の子が追ってくるのを目にしながら自分の最期の感情の整理に勤しんでいました。それは思っていた程の辛さも焦りも恐怖もなく、ぼんやりと受け入れの姿勢に入っているのです。そんな自分に少しの嫌気がさしましたが、これは恐らく自分の心の奥底でもう助からないと結論付けているのであるのでしょう。そう、心の中で自分を納得させるのです。そんなことを考えてると目に痛みが伝わってきました。海水ですから。最期に見た景色はあの女の子の追ってくる顔でした。そして目をすぐに閉じるのです。さらには口の中にも許可なく水が入り込んでくるのです。奇怪なことはこんなときでもしっかりとしょっぱい味だと感じ取れることでした。そして最後に息ができなくなり鼻の中にも水が入ってくるのです。そして冷たさを感じなくなり、水の音が消え、筋肉が動かなくなりました。そうやって段々と衰弱していくのです。あのときの感覚は今でも、思いだしたくないものであります。思い出すと鳥肌が立ち、息が荒くなり、、、吐き気もします。なにもかもが信じられなくなります。そして気が付いた時には白くすこしばかり汚れた天井としにくい呼吸に全身の痺れ、そして複数の人間が周りに立っていました。その後に気が付きました。ここは救急車の中だと。

 

 そしてその翌日、先生方や家族、発見者から話を聞き私は寝ていた所の8キロ先の海岸線で見つかったそうです。この話をすると皆酒のせいだと口を揃えて私を信じ込ませるかのように言うのです。でも私はあれは現実であり、起こったことであるとそれに重ねて言います。そして私はあの生物(?)が人間なのかはたまた機械だったのかそれとも本当に妖精だったのかは分かりませんし、興味もありません。それからというもの私は海にも近寄れませんし酒も飲まなくなりました。そういうお話です。

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