Footage10「世界樹突入」

『マイグラント、体調はどうですか?

 こちらのモニターしている数値では全て正常ですが……

 ふむ、大丈夫そうですね。あなたはいつも健康で、見ていて誇らしいです。

 ミンドガズオルム撃破共同作戦の損耗により、ガイア製薬もすぐには動けない状況です。

 この機を逃す手はありません。彼らに先んじて、世界樹へ突入しましょう』
























 世界樹・樹海深部

 複数機のドローンが組み合わさって形成された簡易的な格納庫から外へ出ると、既にミンドガズオルムの死体には緑が芽生え始めており、流れた血も大地に染みて、土に赤みを与えていた。

『ミンドガズオルム……彼を解析したところ、この樹海に生息する一般的な蛇が、アースガルズの先祖たちによる強化によってあそこまで強靭かつ巨大な生命体になっていたようですね。

 長らく天敵がいない状況で、肥沃なこの土地のエネルギーを吸収し続けてきた……端的に見れば、人為的に自然から切り離された異形のようですが、我々がこれを討つことで蓄えた栄養が土に還るならば、彼が改造されることさえも自然の一部だったと言えるのでしょう』

 ミンドガズオルムの身体から白い蝶たちが飛び立つのを横目に、棘のように突き出た大地の端から、世界樹を見やる。

『行きましょう』

 ブーストで進み、最も低い位置にある洞へ飛び込む。


 世界樹内部・第一層ウルド

 洞から進み、内部に到達して着地する。内部は黄金の光に満たされ、根の方から光の粒子が浮かんでは高くまで昇っていく。

『アースガルズの気配はありません……しばらくは上昇し続けるだけで良さそうです』

 ブースターを吹かし、垂直に上昇していく。

『マイグラント、あなたにはそろそろ話しておいたほうがいいでしょう。

 あなたのことを、最初“狂人”と呼びました。あなたが、この世界に迷い込み、そして戦う意志を持っていたから』

 エネルギーの復元のために手近な枝に乗り、そしてまた上昇を開始する。

『狂人とは、かつての世界で、“盲目の王”と呼ばれる者の目を借り、別の世界の物語を眺めていたとされる存在です。狂人は、夢を見て、夢を見るのに疲れて、死んでいくという生態だったそうです。そんな一生を憐れんで、盲目の王が違う世界の現実を見せることで、彼らを慰めたとか。

 盲目の王が見せた現実は、ただ、ひたすらに闘い続ける世界。この世界以上に荒れ果て、そして終わりのない闘いを繰り広げる、死闘の世界。

 そうです、つまり……狂人とは、止め処のない、永劫の戦乱を望むもの。そういう意味で、特異な思考を持っている……狂った、けれど憐れな人々。私には、あなたがそう見えた』

 僅かに反応を返しつつ、なおも上昇していく。

『マイグラント、今、笑っ……

 こほん。それともう一つ。

 私の……目的についてです。

 あなたも知っての通り、この世界は滅びかけている。

 残された資源を奪い合い、その闘いに少ない資源を浪費する。

 それでも、滅びたとしても、いつかは新たな仕組みが生まれ、生命が謳歌する世界が生まれる……

 私は、それを否定したいのです』

 しばらく上昇していると、中腹にある広い足場に到着する。

『この世界は、何らかの規範によって、上から押さえつけられている。

 世界とはありのままにあるべきなのです。

 ですから、何者かが枠に押し込もうとするこの世界に、歪みを刻み込みたいのです。

 細やかな抵抗だとしても、その枠を引き千切りたいのです。

 ……急にこんなことを言われては困惑するでしょう。

 なので、目的が果たせそうな時に改めて、私の伴をしてくれるか聞こうと思います』

 会話が終わると、フィリアがすぐに言葉を重ねる。

『敵性反応!上です!』

 頭上から降り注いでいた氷柱を軽く躱し、前方に何者かが着地する。

「ここまで到達するなんて……」

 立ち上がったその姿を見れば、氷の鎧に覆われた、二足歩行の魔獣のような人物だった。

 半透明の氷の中心に、身体が半壊した裸体のフレスが見える。

「まあ、あんたが誰とかどうでもいい……あたしは、あんたを……殺す……!」

『あれは……アースガルズの幹部、フレス・ベルグですね。

 私の評価では、まだ負傷から復帰できないと思っていましたが……』

「ここは私たちの故郷……私たちの戦場……私たちの……三千、世界……!」

 フレスは右腕を刃状にし、冷気を噴射剤にして急接近し、刺突を繰り出す。瞬間的なブーストで躱しつつ、瞬時に切り返して蹴りをぶつけてフレスを吹き飛ばし、二連グレネードキャノンで追撃する。爆風の向こうから大量の氷柱が発射され、こちらは右手に装備した大型火炎放射器を薙ぎ払って打ち消し、滞留して前進した火炎を嫌ってフレスが飛び退き、拳状に戻した右手で地面を叩き、牙のように氷柱が次々と生成される。

『ここまでの戦闘経験を積んだあなたにとって、彼女はもはや障害になりえません。早急に撃破してしまいましょう』

 氷柱を軽く躱し、地面を火炎放射器で十字に薙ぎ払い、もろに受けたフレスの鎧を弱化させ、続くグレネードキャノンで完全に破砕し、内部のフレス本体が放り出される。

「あたし……まだ……たくさん……」

 左腕の発振装置からブレードを形成し、斬りつけてフレスを焼滅させる。

『生命反応消失。上を目指し……待ってください、敵性反応が複数頭上から……!』

 二発氷柱が飛んでくるのを、そちらに向きを合わせながら躱す。こちらの視界には、次々と氷の鎧姿のフレスが降下してくるのが見える。

『これは……!?』

「あたしたちは、世界樹に刻まれた記憶」

「あたしたちは、全てを共有した家族」

「あたしたちは、この世界を維持するためにここにいる」

「あたしたちは、あいつが欲しがった世界を……維持したい」

 フレスたちが口々にそう言う。

『“あいつ”……?アースガルズ幹部の誰かのことでしょうか……?

 ともかく、世界樹の上部へ向かうためには、彼女たちを排除するしか無さそうです。

 大氷壁を形成した個体よりは出力が劣っているようですが、そう何度も被弾してはいられません。慎重かつ大胆に……早急に撃破しましょう』

 こちらが構えると、フレスたちは各々好きな方向に飛んで、数体が突進を繰り出し、残りは後方から氷柱を連射してくる。こちらは囲まれないようにブーストで動き回りながら、近接攻撃を仕掛ける個体を火炎放射で牽制しつつ、左肩に装着したガトリングで後方の個体を破壊していく。火炎によって著しく視界が遮られたタイミングで一気に接近し、ブレードでフレスを一体両断する。更に近くのもう一体を切り裂き、その奥にいたもう一体を蹴りで粉砕する。煙に紛れたままグレネードキャノンを発射し、緩いホーミングをつけて後方の一体に着弾し、爆発の代わりに発生したプラズマフィールドに複数体を巻き込んで消滅させる。続けてガトリングの弾丸に火炎を込め、一気に弾幕を張ってハエのようにフレスを次々に撃ち落としていく。

続いて降下してくる群れをグレネードキャノンで吹き飛ばし、あぶれた残党を蹴りとブレードによる二連斬りで蹴散らし、そのまま上昇していく。

『量産型フレス・ベルグの反応は消えました。50機配備されていたようですね。

 “あいつ”が欲しがった世界……ふむ、まるで見当がつきませんね……』

 上昇を続けると、再び大きな足場に辿り着く。上を見上げると、とぐろを巻くように延々と根が続いている。

『まだ生き残っていたか。まさかミンドガズオルムまで破壊するやつが出てくるとは思わなかった……!』

 とぐろの螺旋、その中央から何者かが降下し、眼前に着地する。

「排除させてもらう。この世界にお前のような例外は不要だ」

 真紅の重装甲のリスの獣人が立ち上がり、帯電した大型マグナムを右手に、左手に二連バーナーを装備して敵意を示す。

「規範を破壊し変革する……特異点まれびと

『この獣人は……アースガルズ幹部……ラタトスクです!』

 ラタトスクはマグナムのトリガーを引き、銃口に多重の魔法陣が形成され、恐るべき大口径の光線が放射される。こちらが瞬間的なブーストで躱すと、あちらは魔力で翼を生やし、高速で接近しながらバーナーで斬り掛かってくる。こちらが軸をずらして避けながら、ブレードの斬り返しでバーナーを一つ斬り飛ばしながら火炎放射器を突きつけてゼロ距離で火炎を押し当てる。溶断を嫌ったラタトスクが飛び退き、その甘い動きを逃さずにグレネードキャノンで撃ち抜く。

「こいつ……やるな……!」

 余裕振っているところへ急接近し、容赦なくブレードで両断する。左右の半身に分かれてラタトスクが吹き飛んでいき、やがて地面に落ちる。

『セキュリティ査定、コードレッド。この人物を特級危険存在と認定し……』

 機械音声が世界樹内部に反響し、言葉を続けるかと思えば停止する。間もなく、下の方から爆発音とともに振動が伝わってくる。

『マイグラント、ガイア製薬が世界樹への突入を開始したようです。同時に、恐らくは私たちを迎え撃つはずだったフレスの大群がそちらの迎撃に上がっています。私たちは上を急ぎましょう』

『特異点排除プロトコル始動。ラタトスクを投入』

 その警告通り、螺旋の上部からラタトスクが三体降下してくる。武装は同じで、こちらを捕捉するとすぐにマグナムを発射してくる。

『特異点、ですか……誇らしいですね。私たちは明確にこの世界の敵になれたようです。ならばその通り、全て蹴散らしてしまいましょう』

 マグナムの光線をブーストで躱し、至近のラタトスクをブレードで両断し、残る二体のラタトスクが翼を生やして飛びながらマグナムを連射してくる。躱しながら左肩のガトリングを、彼らの周囲に撒き散らして炎上させる。ラタトスクは敢えて火の中に飛び込み、バーナーを起動させながら突進してくる。更に後方から、もう一体のラタトスクが味方ごと撃ち抜くようにマグナムを発射してくる。こちらは前方の個体を無視してバレルロールで光線を躱しながら接近し、発射の後隙で硬直する後方の個体をブレードで切り裂かれ、前方の個体は光線に貫かれて大破する。

『ラタトスク全員の排除を確認。上昇しましょう』

 螺旋の中央からブーストで上昇していく。

『特異点排除プロトコル継続。オリジナル・ラタトスク起動準備』

『オリジナル・ラタトスク……如何にも強そうです。楽しみですね、マイグラント』

 勢い良く飛び、次の足場に着地する。言葉通り、前方にラタトスクが佇んでいた。両腕がバーナーに換装されており、両肩に翼のように棺桶のような武装が装着されている、まさに如何にもな強化個体だった。

「特異点は排除する。それについての例外はない。

 世界を滅ぼすのは白い鳥ではない。

 怨愛の修羅でも、片角の鬼でもない。

 世界を滅ぼすのは……我々のような、この世に生きる人間だ」

『マイグラント、この世界の行く末を掴むのは私たちです。オリジナル・ラタトスク……撃破して、先に進みましょう!』

 オリジナルが両腕のバーナーを起動し、それと同時に通常のラタトスクが四体降下してくる。

「死ね」

 魔力で加速しながら右腕を振り、左腕を振り、続けて両腕を交差させながら踏み込んで振り抜く。ブレードで二振り弾き、直上に飛び上がって躱し、続く四体がそれぞれ二体ずつバーナーを使う近接特化とマグナムを使う遠距離特化に分かれる。そこでブーストをかけてバーナーを潜りながら腹に蹴りを極め、ブレードで両断し、もう一体に火炎放射器を振りながら炎を当てつつ、後退しながら火炎放射器をパージして投げつけ、ガトリングで撃ち抜いて爆発させる。続くマグナムによる光線をバリアを生じさせて往なしつつ、もう一発を放とうとする個体の方を向き、ブレードを横向きに光線に当てて跳ね返し、二連続で瞬間的なブーストを行い、一瞬で距離を詰めてブレードで両断する。しかし間もなく、ラタトスクが新たに三体追加され、喪失した役割に従って散開する。

 オリジナルが両翼の棺桶を展開し、大型のレーザービットを八基展開する。

『なるほど、レーザービット……私が作ったものとは何もかもが違うようです』

 プロペラのようなそれが折れ曲がり、コンセントプラグのような形状になって散開し、こちらへ光線を発射してくる。

『ふふっ、マイグラント。彼らに私たちがどう例外なのか、たっぷりと教えてあげましょう』

 なぜか上機嫌なフィリアに応え、僅かな身動ぎで光線を避けながら、ビットを一つ一つガトリングで撃墜していく。その合間を縫って斬り掛かってくる近接個体を一刀両断しつつ、マグナムの光線もブーストで軽く往なし、瞬く間に全てのビットを破壊し終える。続いて接近してきたもう一体の近接個体の腕だけを切り落とし、バーナーを右腕で強奪しながらオリジナルへ高速で詰めていく。

『燃料は内蔵されているようです。遠慮なく叩き切ってしまいましょう』

 同時にバーナーを展開し、あちらが二連続で振ってくるのに合わせて右手のバーナーを振って迎撃し、ブレードを後隙に差し込んで右腕を肩口から斬り飛ばし、身体がよろけたオリジナルへバーナーを押し当てながらパージして、噴射の勢いだけで押し付け、二連グレネードキャノンを撃ち込み、踏み込みながらブレードを斬り返し、オリジナルを左脇腹から頭頂部まで一気に切り裂く。一方的な攻撃に対して妨害する思考でも搭載されていたのか、周囲四体のラタトスクが一斉にバーナーを点火しながら急接近し、それに合わせてこちらは連結した胴体部から生命エネルギーを衝撃波として解放し、全滅させる。

『侵入者の排除に失敗。特異点排除プロトコル、クローズフェーズへ移行』

『第二層への通路をシャットアウトするつもりです!急いでください、マイグラント!』

 エネルギー状態を整え、飛び上がって一気に全速力へ到達して、ロック階層が進行しようとしている隔壁に辿り着き、アクセスする。

『あちらの隔離システムをこちらで攻撃して解除します!』

 こちらには何もわからないが、間もなく隔壁が開く。しかし、人一人通れるギリギリの幅しか空かない。

『通ってください、マイグラント』

 言われたとおりに潜り抜けて隔壁の上に立つと、フィリアの手によるものか、隔壁が閉まっていく。

『マイグラント、この先も長く険しい道と、強敵が待ち構えているはずです』

 傍の景色が歪み、光学迷彩を解いてドローンが数体現れる。

『物資補給用のドローンです。何体か攻撃の余波で大破しましたが……一回分の補給は万全に出来ます。一旦……ここで休息をとりましょう』

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