Footage8「ユグドラシルの天辺で」

『マイグラント、次のミッションです。

 フレスが生じさせた“大氷壁”……城塞に匹敵するほどの超巨大な氷の壁であり、テュールの復帰とともに一気に攻勢をかけようとしていたガイア製薬にとって、目下最大の障害となっています。

 なお、私たちの強襲により、フレスが緊急的に起動したために、想定の七割程度の耐久力となっているようです。

 ガイア製薬はこれに対し、城塞を改造し、自社の持つ大陸間レールキャノンを配備することで、真正面から破壊しようとしています。

 今回の私たちの役目は、このレールキャノンの発射準備を妨害せんとするアースガルズの手勢を、城塞に到達させることなく撃破することです。

 なお、今回はこちらからガイア製薬にコンタクトを取り、テュールの僚機として作戦参加に成功しています。彼からのメッセージが届いていますので、再生します』


『まさかお前から連絡をしてくるとは思わなかったな、山猫。

 まあいい。

 お前が何かしらの目的のために、どちらにも味方していることは把握している。

 そのうえでこちらの作戦を支援したいというのであれば、喜んで引き受けよう。

 ……尤も、こちらとしてはお前を野放しにして暴れられたら困る、というだけだが。

 ともかく、お前と肩を並べて戦うこと、楽しみにしている』


『とのことです。

 へレノールといい、テュールといい、あなたをどちらの勢力にもつく存在とわかった上で平然と接してくるのは、それだけ場数を踏んで有用な存在への対応を学習しているのか、それとも彼らの胆力が常軌を逸しているのか……

 それにしてもマイグラント、あなたは不思議な人です。あなたならば私の目的を、願いを叶えてくれる……そういう、確信を最近は覚えています。

 では行きましょう。私の……私たちの願いを見届けるために』
























 世界樹・樹海中部 城塞街道

『大氷壁の破壊は、それを魔力によって維持するフレスの肉体に強烈なダメージを与えるはずです。そうなれば間違いなく重体となり、しばらく作戦には参加できないでしょう。つまるところ、このミッションの成功はアースガルズの戦力を大幅に削ぎ落とすことが可能であり、大氷壁を越えて樹海深部に到達してしまえば、アースガルズも最高戦力を投入せざるを得ない状況に追い込まれるはずです』

 城塞の格納庫から飛び出し、作戦開始地点まで飛ぶ。街道に展開しているガイア製薬の部隊の中で、既に待機しているテュールの横に着地する。

「来たか。定刻通りに来るとは……山猫、お前も随分と律儀なやつらしいな。それとも……飼い主が礼儀を弁えているのか?」

『マイグラント……言葉を返したいのなら自由にして構いませんよ?』

 フィリアの声に従い、テュールの言葉に頷きで返す。

「無口なやつだ。お前が強いからこそ許される態度だな。まあ……お前の言う通り、飼い主が礼儀正しいということにしておくか。

 山猫、作戦の内容はわかっているな?」

 テュールが城塞へ向き直り、見上げる。こちらもそれに従い、城塞を貫くように急造された、歪なレールキャノンを見やる。

「大陸間レールキャノン……本来はこの程度の距離の目標を撃つのに使うグッズではないが……研究室の連中に言わせると、あの氷壁を破砕するにはこの威力が必要らしい。

 俺たちの役目は、あれの準備が整うまでここを死守することだ。見た目通り、あれは脆い。設計からして破綻してるものだが……あいにくと、これまでの戦いでこちらは殆どの兵器をへレノールに破壊されているのでな。あんなものでも、俺たちの目的への貢献度は高い」

 テュールがこちらを向き、こちらもそれに合わせる。

「援護は任せておけ。お前が討ち漏らした敵は、俺と配下の兵で処理する。

 ……お前はちまちまと防衛するよりも、前方で暴れた方が性に合っているだろうという、俺の独断だ。

 任せたぞ、山猫」

 頷きで返し、お互いに前へ向き直る。そしてブースターを噴射し、前方へ飛び立つ。それに合わせてテュールが飛び上がり、四脚を展開して浮遊する。

「総員配置に付け!大陸間レールキャノン、“ギャラルホルン”発射準備完了まで、一匹たりとも土着の害獣どもを通すな!」

 テュールの号令の後、彼の下へ通信が入る。

『こちらも準備に入った』

「了解した、第二隊長ヘイムダル。雑魚の処理は任せておけ。お前は狙いを外さないことだけ集中していろ」

 ヘイムダルの声は低く、年季の入ったように聞こえる。

『まさか。俺が狙いを外したことがあったか?』

「言ってみただけだ」

『相変わらずナメた態度のお坊ちゃんだ』

「今度縫い付けてやろうか、お前の口を」

『裁縫なんてしたことねえくせによく言うぜ』

 通信が切れる。

「耄碌爺め」


……――……――……

『マイグラント、今回は単騎で広範囲をカバーできる兵装を私が用意しました。左肩の武装をご確認ください』

 ブースターを切って慣性で滑ってから着地し、左肩へ意識を向けた瞬間にテュールから通信が入る。

『山猫、アースガルズの害獣どもが現れた。死ぬ気で仕留めろ』

 通信が切れ、レーダーに敵の反応が映る。

『では改めて……左肩の武装をご確認ください』

 左肩に装着されたレドームのようなポッドから、小型のドローンがばら撒かれる。

『これは私が開発したレーザービットです。試しに……敵へ殺意を向けてみてください』

 言われたとおりに眼前に映る幾人かの獣人たちへ意識を向けると、ビットたちが素早く距離を詰めてレーザーを発射し、容赦なく殺害していく。

『では、残りの獣人たちを排除していきましょう』

 ビットが飛び交い我先にとレーザーを撃ち込んでいく中を、こちらもブースターを吹かして高速で飛び回りながら、右手のバーストアサルトライフルで討ち漏らしを的確に射殺していく。

『敵が流れてこないぞ。働きすぎだ、山猫』

 テュールからの小言が飛んできて、フィリアが続く。

『大陸間レールキャノン……発射シーケンスが30%完了しているようです。レーザービットのエネルギー残量に注意しつつ戦ってください。処理に影響が出るようならば、テュールたちに任せるのも一つの手です』

 レーザービットをレドームに回収しながら、左腕のブレード発振装置からレーザーブレードを形成して獣人三体を瞬時に斬り伏せ、敵の流れが止まる。

『流石、獅子奮迅と言ったところだな、山猫。こちらも順調だ。その調子で頼む』

 程なくしてアースガルズの兵士たちが現れ、杖を握った猛禽たちも群れをなして飛んでくる。

『アースガルズの魔法兵……警戒を、マイグラント』

 頷き、ビットを展開して猛禽たちを狙う。彼らはビットを発見すると各々に飛び散りながら、短い詠唱とともに電撃を放ってくる。続く兵士たちを二連四連装ミサイルで迎撃しつつ、潜り抜けた個体をアサルトライフルで撃ち抜く。

『山猫、どうやらお前の活躍のお陰で、やつらが直線距離を放棄し、迂回しながらこちらに向かってきているようだ。敵を排除しつつ、俺の下まで後退しろ』

 その言葉に従い、最も近い敵をブレードで両断しつつ、残る敵を軽くアサルトライフルで撃ち殺して後退していく。戻りながらも目視した敵を過たずに殺傷しつつ、間もなくテュールの下まで戻る。

「よく戻ってきた、山猫」

 テュールは浮遊したまま特殊ショットガンを撃ち、撒き散らされた子弾が獣人たちを薙ぎ払い、不規則に飛び回る猛禽たちの翼を貫いて墜とす。配下の二足歩行兵器たちも獣人たちと戦いながら、消耗しつつも撃退しているようだ。テュールが樹海の上空に向けてデトネイトバズーカを発射し、そちらから五体の大鷲と、それにぶら下がった騎士たちが見える。バズーカ弾頭が大鷲の内の一匹に直撃し、騎士ごと連鎖爆発で消し飛ばす。特殊ミサイルと特殊ショットガンで迎撃するが、大鷲は荒く旋回して躱し、騎士たちをかなりの高度から落とす。続けて大鷲たちは魔法によって炎を纏い、弾丸のようにレールキャノンに特攻を仕掛ける。

「ちっ、下らん真似を……!トール!害獣どもが防衛線を越えた!」

『了解した』

 テュールの言葉にそれだけ返し、城塞から紅い噴射炎を出しながら内部からオレンジ色の光を放つ漆黒の二足逆関節の兵器が飛び立つ。視界に収めておくのが困難なほどの速度で上昇し、既にチャージされていた右手の大型プラズマキャノンから極太の光線を吐き出し、大鷲の群れを一撃で粉砕する。

『目標を殲滅』

「済まない、トール」

『作戦の続行を』

「ああ」

 テュールが特殊ショットガンで騎士たちを牽制しながら、こちらがブレードで防御に使われた槍ごと騎士を両断していく。

『今のがガイア製薬第一隊長トール……ガイア製薬側の最大戦力、何の疑いもなくエースと言っていい存在です』

 防御魔法で硬質化し、こちらの弾丸を弾きながら向かってくる騎士にデトネイトバズーカの弾頭が直撃して連鎖爆発を起こし、防御魔法の耐久力を一気に剥ぎ取り、そこへこちらの蹴りからのブレードで両断し、なおも大量の騎士たちが降下してくる。その度に大鷲たちが特攻し、凄まじい光線が空を轟音とともに切り裂く。

 間髪入れずに地鳴りが起き、眼前の樹海を翻しながら複数体の樹竜が姿を現す。

「この流れで樹竜まで来るか……!山猫、樹竜の相手を頼めるか!?」

『マイグラント、今回の武装はそれほど火力に寄せているわけではありません。樹竜の弱点である頭部を破壊してください!』

 城塞から続々と四脚機兵が増援に現れ、騎士たちと正面からぶつかっていく。それを横目に、こちらは一気にブーストして樹竜へ突貫する。真正面の樹竜が右前足を叩きつけて大量の根を突き出して迎撃するが、瞬間的に上昇して躱し、急接近からブレードで脳天を切り裂き、積層した苔と樹皮を剥ぎ取り、そのまま刺突で貫いて絶命させる。その左横にいた樹竜がこちらに敵意を向けて構え、攻撃を行う前にテュールの放った三連光線に刺し貫かれて斃れ、こちらはそのまま飛び立って右側の樹竜に攻撃を仕掛ける。

『レールキャノン、発射準備完了です!マイグラント、耐衝撃体勢を取れるように……』

「山猫!退け!」

 テュールの言葉を遮って生命エネルギーによる衝撃波で樹竜の頭部を押し潰して斃し、急いで離れて着地する。レールキャノンから凄まじい光が漏れ出し、高まる力で空気が震え、一瞬の無音の後、轟音とともに筆舌に尽くし難い威力の光線が吐き出されて、大氷壁を力任せに引き裂き粉砕する。

『レールキャノン、大氷壁に命中……ミッション成功です……』

 大氷壁が音を立てて崩れ、視界の果ての大半を覆っていた氷が消滅していく。しばらくその場にいた全員が呆然としていたが、アースガルズの勢力は樹竜も含めて猛然と向かってくる。

「元から命を捨てに来ていたか……!」

 着地したテュールがデトネイトバズーカを構えるが、その必要は無いとばかりに上空から極太のプラズマ光線が薙ぎ払われ、一瞬で騎士と樹竜たちが消し炭になる。

「トール……」

『作戦は終了した。帰投しよう、第三隊長』

「ああ。承知した」

 テュールは構えを解き、こちらを向く。

「山猫、作戦終了だ。ご苦労だったな。

 報酬は飼い主に渡しておく」

 頷きで返すと、彼は配下の兵を連れて城塞へ帰投していった。

『マイグラント、ランデブーポイントを設定しました。そこまで移動をお願いします』
























『改めて……

 お疲れ様でした、マイグラント。

 大陸間レールキャノン“ギャラルホルン”により、大氷壁は粉砕、術者であるフレス・ベルグに壊滅的なダメージを与えたためか、破砕位置以外の部分も消失し、障害は完全になくなった状態です。

 テュールから渡された報酬は、どうやらガイア製薬の新兵器に関する情報のようです。試験的なスペックからして、社外秘のワンオフ機体に使われるものだろうとは思いますが……

 こちらに関しては、私が解析し、あなたの武装に還元できるよう尽力します。

 マイグラント、あなたはよく休んでください。

 次回からは遂に樹海の深部……世界樹を目前に控える区画へ足を踏み入れる予定です』

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