第5話
ーー完全なる敗北。
対抗意識さえ湧いてこなかった。
あんなに可愛い
付き合いが長ければ、絆が深まると思っていた自分がバカみたい。
男は新しい女のほうがいいに決まってる。
しかも、あんなに若くて綺麗な
真っすぐに寂しいアパートへ帰る気分になれず、かといって一人で飲みに行くような気力はなかった。
大体、こんなすき焼きの材料を手にさげて飲みになど行けるはずもない。
誰かに聞いて欲しかった。慰めて欲しかった。
勤務先の同僚である早希に電話をした。
早希は同じ医療機器メーカーに勤める職場の同僚で、入社のときから同じ部署にいる。
サバサバしていて、仕事もテキパキとこなす早希は、時に冷たく感じるところもあるのだけれど、とても冷静で何事にも的確なアドバイスをしてくれる。
すぐに感情に左右されるわたしとは、全く違うタイプ。
もう、かれこれ5年の付き合いになるから、お互いの私生活もほぼオープンになっている。
優しく慰めてくれるようなタイプではないのだけれど、今は早希から辛辣なことを言ってもらったほうが、早く立ち直れそうな気がした。
「ふーん、なるほどね。よくあるパターンってヤツですね」
買ってきたすき焼きを調理しながら、案の定、早希はひどく冷めた口調で言った。
「完全に戦意をなくすくらい若くて可愛い
答えがはっきりと出ているにもかかわらず、わたしは早希に名案を求めていた。
「諦めるっていうか、もっといい男を選びなさいよ。見ちがえるような美人になってさぁ。それが最高のリベンジでしょ」
「別にリベンジがしたいわけじゃないんだ。尚也の心を取り戻したいだけ」
早希に相談してみて、尚也のことを少しも諦めていないことに気づかされる。
早希が作ってくれたすき焼きは、いい匂いがしていたけれど、さすがに食欲はわかなかった。
「とにかく、他の男に振り向かれるようなオンナになるしかないよね。男は見栄っ張りなんだから。いい女を連れて歩くことが彼らのステータスでしょ」
早希の言葉はストンと腑に落ちた。
「……そうかもね。尚也がわたしと外出しなくなったのは、みっともないオンナを連れて歩きたくなかったからなんだ」
惨めで情けなくて、涙がドッと溢れた。
「梨沙は元々は美人なんだから、少し痩せてスキンケアすれば、いい男はいくらでも寄ってくるって。大丈夫だから」
早希はそう言って、ポンポンとわたしの肩を優しく叩いてくれた。
「うわぁ、早希からこんな優しい言葉が聞けるなんて思わなかったよ。泣けてくるからもっとキツイこと言ってよぉ〜 うわーん!」
思いもよらず励まされて、涙が止まらなくなる。
「なによ、酷いわね。みんな私のこと鬼みたいに言うのよね。さすがに失恋したばかりの人にキツイことは言えないわよ。だけど、このすき焼きメッチャ美味しい!」
生卵に肉を絡めながら、早希は美味しそうにすき焼きを食べていた。
「いいなぁ、早希は痩せの大食いで」
「違うわよ。私はちゃんと考えて食べてるの。筋トレもしているし、お菓子なんてほとんど食べないよ。あ、そうだ、梨沙、この化粧品使ってみない? わたしも前に肌荒れで悩んでいたとき、知人に勧められたんだけどね、びっくりするくらい早く治ったんだ」
早希は隣の寝室からメイク道具入れを持ってくると、中から洗顔フォームと化粧水、美容液の3点を取り出した。
「これあげるから、使ってみなさいよ」
「えーっ、でも、ここの化粧品はすごく高いでしょ? いいよ、悪いもん、自分で買うよ」
こんなちっちゃな美容液が13000円もするんだ。
手に取った美容液の値段を見て驚く。
「ダメダメ、梨沙はたぶん買わないはずよ。化粧品に高いお金は払いたくないって前に言ってたもの」
「だって、化粧品って単なる気休めじゃない。原価はメチャクチャ安いんでしょう? 安物で良くない?」
「バカね、梨沙は。今はすごく研究が進んでいるのよ。こんなに情報が溢れてて、口コミなんかで評価される時代に、効果のないものに大金を出す消費者なんていないわよ。とにかく騙されたと思って、これ使ってみて。効果があったら、そのうち美味しい食事でも奢ってもらうからさ」
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