リナの過去


 

 戦場には、血の匂いが満ちていた。

 地面には無数の兵が倒れ、剣と槍が折れ、炎が立ち昇っている。

 

「次、行くぞ!」

 

 ハロルドは剣を構え、敵兵に向かって突撃した。

 

 剣技Eの力が、敵の動きを読ませる。

 相手の槍が突き出される瞬間、わずかに体をずらし、その軌道を見極める。

 

(——右から来る!)

 

 すれすれで回避し、剣を振るう。

 鋼の刃が敵の喉を裂き、鮮血が飛び散った。

 

「ぐ……!」

 

 敵兵が崩れ落ちるのと同時に、ハロルドは次の敵へ向かう。

 

 その隣ではロバートが豪快に大剣を振るい、二人の敵兵をなぎ倒していた。

 

「おいおい、調子がいいじゃねえか!」

 

「黙って戦え!」

 

「ハハハ! 言われなくてもやるさ!」

 

 ロバートの笑い声が響く。

 だが、ハロルドは笑えなかった。

 

(……数が多すぎる)

 

 バジルス軍の兵士はまだまだいる。

 この戦いは、簡単には終わらない——。

 

 

 

 一方、後方ではリナとオーウェンが戦っていた。

 

 リナは短剣を握りしめ、敵兵を見据えていた。

 

「くそっ、こっちにも敵が!」

 

 オーウェンが焦りながら剣を振るうが、ぎこちない動きだった。

 明らかに戦場に不慣れな兵士。

 リナはそんな彼を一瞥し、静かに息を吸う。

 

(……大丈夫。私はできる)

 

 短剣を逆手に持ち直し、敵兵の懐に飛び込んだ。

 

「なっ——」

 

 驚く間もなく、喉元に鋭い一撃を入れる。

 

「——ッ!」

 

 敵兵は呻き声を上げ、血を噴き出しながら崩れ落ちた。

 

 その動作は、あまりに洗練されていた。

 ためらいも、迷いもない。

 

(……まだ、覚えてる)

 

 リナは短剣を振るいながら、心の奥底に沈んでいた記憶が浮かび上がるのを感じた。

 

——「お前には才能がある」

 

 かつて、そう言われたことがある。

 スラムで生きるため、彼女は”殺し”を教えられた。

 

(……私は、生きるために戦う)

 

 冷たく、静かに、リナは次の敵を見据えた。

 

 

変わるリナ、怯えるオーウェン

 

 リナの動きを見て、オーウェンは言葉を失った。

 

(リナ……お前……)

 

 まるで、何か別の生き物のようだった。

 

 彼は知っている。

 リナがスラムで虐待されていたことも、彼女が”特別な役割”を押し付けられていたことも。

 

(でも……こんなの……)

 

 目の前で、リナが敵兵の首を刈り取る。

 その動作は、まるで——殺しに慣れた者のようだった。

 

「さ、次よ」

 

 リナが冷たく言い放つ。

 

 オーウェンは、ごくりと唾を飲み込んだ。

 

(リナ、お前は……いつからこんなふうに……)

 

 彼女の目の奥にあるのは、黒い闇。

 

(——このままじゃ、リナは変わってしまう……!)

 

 オーウェンはそう思ったが、それを止める術はなかった。

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