天下無双・ダンス・布団の三題噺(KAC20255)

小椋夏己

古い物たちのダンス

 その光景を初めて見たのは香織がまだ5歳だったと思う。


 東北にある祖父母の家は、元々は茅葺き屋根で囲炉裏のある古民家だった。


「屋根がトタンになってから、夏は暑くなってしまったけど、昔はもっと過ごしやすかったのよ」


 とは、夏休みに帰省した時に香織の母が言っていた言葉だ。


 夏があまりに暑くなり、年を取った両親のために、母の兄弟姉妹が説得してエアコンを設置したため、香織が泊まった時にもあまり不快に感じず過ごすことができたのだが、香織はその茅葺きだった頃に泊まってみたかったなと思ったものだ。


 一週間滞在することになっていて、その二日目の夜だ、夜中にふと目を覚ました香織は母屋の方から何か音が聞こえるような気がした。

 田舎のこと、土地だけはあるもので古い茅葺き屋根の母屋に建て増しをしてあり、香織たちはそこに泊まっていた。渡り廊下を渡った先が母屋で、祖父母はそちらの寝室で休んでいる。


(おじいちゃんかおばあちゃんかな、何してるんだろう)

 

 香織は横で寝ている母に聞こうかと思ったが、あまりによく寝ているので起こすのもかわいそうで、一人でそっと部屋を抜け出した。


 エアコンをゆるくかけている部屋から一歩出ると、夏の夜のこと、北の涼しい地域とはいえ、やはり少しばかり蒸し暑さを感じる。


 香織は屋根のある渡り廊下をそっと渡り、外廊下のある母屋へと入った。


 ドンチャンドンチャン、チンドンチンドン


 なんだかそんな楽しそうな音楽が聞こえてくる。


 時刻は真夜中の丑三つ時、いくら大人だといってもおじいちゃんもおばあちゃんも夜中にこんなことするだろうか。香織はいぶかしがりながらも、母屋の中央にある「囲炉裏の部屋」と呼んでいる和室に近づく。他の部屋は色々とリフォームしてあるが、祖父母がここだけはと譲らず、改修だけはしてあるがほぼ昔のままの造りが残っている。


 ドンチャンドンチャン、チンドンチンドン


 やはりこの部屋から聞こえてくる。祖父母の寝室はこの部屋からまた廊下を渡って向こう側だ。そちらも洋室に改造して寝起きしやすいように、膝ぐらいまで高さのある「小上がり」を造り、祖父母はその上に布団を敷いて寝ている。

 ベッドを置くよりその方が抵抗がなかったようで、そのアイデアにやっと二人共首を縦に振った譲歩案の結果だ。もちろんエアコンもある。


 祖父母の部屋に行くには外廊下をさらに向こう側に回ることになる。もしも部屋で寝てるなら、今だったら多少の音を立てても起こすこともない。この部屋にいるなら何をしてるのかと声をかけるだけだ。香織はそっとふすまに手をかけて、細く隙間を開けて中を覗いてみた。


 ドンチャンドンチャン、チンドンチンドン


 見た途端、香織は口をあんぐりと開けたままその場で固まってしまった。


 中では古い火鉢、古い小箪笥、古いお釜、古い布団、それから香織には何だか分からないが古いということだけは分かる色々な物が、囲炉裏を囲んで踊っていた。


(ええっ、これなんなの?)


 香織は驚いたが自分が声を出したり部屋の中に入ったら、火鉢たちは踊りをやめてしまうのではないかと思った。何かのおとぎ話でそんなことを読んだことがあったのだ。それで黙ったままじっと隙間から覗き続けた。


 ドンチャンドンチャン、チンドンチンドン


 火鉢やお釜のような丸い物はくるくる回りながら、小箪笥は左右に体を揺らして踊りながら前に進む。布団はまっすぐに立ち上がり上辺の角と角を手を打ち鳴らすようにして、下辺は人が歩くように左右交互に出している。他の物も皆自分の形を活かすように、色々なリズムを取って踊り続ける。

 

 ドンチャンドンチャン、チンドンチンドン


 ドンチャンドンチャン、チンドンチンドン


 古い物たちは楽しそうに踊り続ける。見ているうちに香織も楽しい気分になって、思わず同じように拍子を取って手を叩き、思わず「ぱちり」と音をさせてしまったら、その途端、古い物たちはびっくりして飛び上がり、あっという間に元の場所にと戻ってしまった。


「ええー」


 もっと見ていたかった香織はからりとふすまを開けて「囲炉裏の部屋」に入ってみたが、そこにはもう古い物たちが踊っていた形跡は何もない。


「なんだったの」


 中は昼に夏の日差しに照らされた蒸し暑さが籠もるばかり。何かが動いた後の空気が動いた気配は全くない。

 月夜の夜で開いたふすまから中に差し込んだ月明かりで、かなり室内は明るかったが、どこを見ても何ももう動いていない。


 薄暗い世界の中で、ふいにセミが鳴きだして香織はビクッとする。そういえばこんな夜中にたった一人だと気がついた途端に、急に怖くなってきた。だって夜中はおばけの時間じゃないの。


 香織は急いでふすまを今度は遠慮なく音を立てて占めると、「囲炉裏の部屋」を後にして、母と弟の圭吾が寝ている離れへと急いだ。


 まだ新しい洋室の扉をそっと開けると、ひんやりと心地よい風が流れてきた。香織はこっそりと室内に入るとこっそりと布団に忍び込む。幸いにも母は目を覚まさず、よって叱られることもなかった。


「なんだったんだろう、あれ」


 布団に入るともう怖いのも忘れ、安心して不思議なダンスを思い出しながら夢の中へと入っていった。





 

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