天下無双

霜月かつろう

最高の時間

 住宅街の一角。周辺の家の灯りも消え初め。聞こえてくるのはモニターから聞こえてくる音声だけ。あまり大きな音を出すと周りに迷惑がかかる時間帯。

 ひとり布団の上で直立したまま待機する。

 ワイヤレスでつながったイヤホンを耳へと装着する。運動しても落ちないやつ。電気屋さんではランニングしている女性の写真広告と、ともに飾ってあった。おこづかいをはたいて思い切って購入した。

 装着するとあたりの音が遮断され、モニターから漏れていた音は間近へと移動する。ノリのいい音楽が脳内で響きわたる。

 自然と身体がビートを刻む。

 布団の上でかかとを上げて下ろしてを繰り返す。

 ぽすっ。ぽすっ。と音が鳴る。布団に体重を乗せた音。

 わざわざ布団の上で待機していた理由はこのためだ。こんな時間だ。あまり大きな音を立てるわけにもいかない。苦肉の策で用意した布団だ。案外、役に立っていると思うとうれしくなる。

 なんでこんなことまでしてリズムに乗っているのかと言えば。今日あった授業のせいだ。

 ダンス。強制的に踊らされるその授業は運動が苦手な身からすると苦痛な時間。けれど、今日は違った。自分が好きな音楽に合わせて踊る。と言う経験を初めてしたのだ。それがあんなに気持ちがいいものだと知らなかった。同時にその快感のとりこになった。

 そのせいでおこづかいは大きく減ってしまった。けれど後悔はしていない。

 こんなにも楽しい時間が自分で作ることができるなんて思っていなかったからだ。

 それから夢中になってリズムに乗った。ビートを刻んだ。

 授業中にも言われたのだけれど。決して上手ではない。それどころか下手だと思う。けれども、ずっと踊っていたいとそう思わせるだけの力があった。

 音楽ってすごい。そう思いながら、毎日のように踊り続けた。

 誰に見せるわけでもない。授業で好きな音楽が流れることもなかったから、その時間は相変わらず苦痛だったりもする。

 けれど、布団の上でダンスを踊っている間は天下無双だった。

 いつまでもそうしていたいと思えるほどに。

 そんなことをいつまでも続けていたらなんだかもっと踊ってみたくなった。好きな音楽とともに、一体感を目指したくなった。気づいたらステージにいた。

 知らない人たちと関わるようになった。

 あこがれていたあの人とコラボするようになった。

 けれど、今見ている景色は布団の上で踊っていたころとなんら変わりないとも思う。

 あの頃のまま。好きな音楽に合わせてビートを刻むだけ。

 それが最高だった。

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天下無双 霜月かつろう @shimotuki_katuro

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