シークレットガーデン……みたび【KAC⑦ 5】
関川 二尋
シークレットガーデン……みたび
久しぶりにあのページが更新された。
ページと言っても紙の本ではない。
わたしたち家族がずっと追いかけている、とあるブログのページのことだ。
ブログの書き手の名前は【コノハナ】さん。
もう紹介は不要だろう。このブログの書き手は、可愛い孫にして、軽度の中二病に罹患している『サクヤ』である。
🌸
「お義父さん、例のブログ更新されてましたね」
「ああ、今朝更新の通知が来てたね」
休日とはいえ、ガヤガヤとした雰囲気の朝のドットルコーヒーの店内。
わたしは小森君とやたら狭い二人席に向かい合って座り、定番のホットドッグを朝食にコーヒーを飲んでいた。
「なんかこのブログが更新されるたびになんか不安になるんですよね、ボク」
「気持ちは分かるよ、なんか選ぶ言葉が重いからね、悩みでもあるんじゃないかとつい心配になるんだよな」
「そうなんですよね。でも解読してみると大した話じゃなくて」
小森君はそういいながら、またスティックシュガーを一袋コーヒーに入れた。ここのコーヒーは彼には少々苦いらしく、いつも砂糖とクリームをたっぷりと入れている。悩みがあるときはその量も倍になる。濃いコーヒーは胃に響くものだから。
🌸
「それにしても、今回の詩も難解だね」
わたしはポケットからスマホを取り出す。そして登録ずみのアドレスに飛んで、件のブログページを開く。
【🍃コノハナのシークレットガーデン🍃】
少女文字で書かれた可愛らしいタイトル文字。グリーンをふんだんにあしらった、爽やかで、センスのいい装丁になっている。しばらくすると画面に桜の花びらがひらひらと降ってくる。
そこまではいい。
しばらくすると桜の花びらが枯葉にかわり、画面が暗くなり、枯葉は骸骨に変わり、その骸骨がゆっくりと画面下にたまってゆく。可愛らしかったタイトルはいつか墓標に刻まれた文字になり、そこでようやく最新記事のリンクが現れる。
「このリンクが出るまでが無駄に長いんですよね」
小森君もスマホでわたしと同じ画面を見ている。
「最初はシンプルなブログだったのに、かなりアレンジ加わったよね」
「ホント心配になりますよ……」
🍂
「おっ、やっと開いた」
【💀狂脳溺毎💀】
「出ましたね。そもそもこの詩のタイトル、なんて読むんでしょう? 狂った脳で溺れるって、なんかもうそれだけで怖いんですが……」
イタタ、と小森君は早くも胃を押さえ、コーヒーにクリームを増量する。
「これは簡単じゃないのかな? 今日のできごと、ってことだろう?」
「あ。そういうことですか……でもなんだってこんな漢字を選んで」
「まぁそういう年ごろって事なんだろう。そういうのに惹かれる時期があるものさ」
「はぁ。年ごろの娘ってなんでこんなにめんどくさいんだろう……」
「まぁまぁ。それにしても、今回の詩もやっぱりよく分からないね」
「ハイ。僕にはまったく理解不能ですよ」
二人してため息をつく。
今日何度目になるか分からないが、改めて画面を眺める。
その詩はこんな風に書かれている。
🌸
【💀狂脳溺毎💀】
渇望せしは欲望にまみれしパンドラの箱
この世界で我が渇望叶うことなく、怠惰と惰性へ流れゆく
私は夢想する、魔法は誰の手の中にもあるはずと
夢想が容易く崩れようとは、幼子はまだ知らずに
覚醒は暁を告げるかのトリの降臨より早かった
創造者が目覚める前に、終焉せねばならぬから
白き聖女は定刻通りに鳴きその存在を高らかに歌った
そっと横たえた身体に、祝福の粉が降り、漆黒をまとう
聖女に寄り添うは黄金の騎士
炎の試練にその甲冑は焼け爛れてしまう
その姿は悲壮、しかし騎士の魂が死ぬことはない
続いて寄り添いしは異形の赤き騎士
切り刻まれし試練に耐え、熱波の中で死のダンスを踊る
その姿は奇怪、しかし騎士の魂が死ぬことはない
続く天下無双の騎士たちは夢想の中にその生誕を待っている
だがわたしの渇望も脆弱なる意志の前に屈してしまう
乙女よ二人の騎士とともに安らかに眠れ
我が贖罪の言葉はため息とともに消え果てよう
我が欲望もまたパンドラの箱の中に。
明日からは褥にて暁を待つとせん
🌸
今回もまた難解な詩だった。
毎度のことながらなんのことかよく分からない。
「ちょっとファンタジー風味だね、今回は」
「そうですね、騎士とか聖女とか登場してますね」
「あとはパンドラの箱とか。あんまり心配する内容じゃないと思うけど?」
「でも、渇望とか怠惰とか贖罪とかネガティブな言葉もけっこう入ってて」
ふぅ。と二人同時にため息をつく。
なんのことかさっぱりだ。
ほんと、実生活で悩みとか抱えてないといいんだけど……
「なにか心当たりはないのかい?」
「サクヤに変わったところはなかったと思うんですが……」
「女の子はそういうの分かりづらいからね、とくに男親はさ」
「そうなんですよね。なんかこう独特の距離もありますし」
🌸
「なにかこう解読の糸口があればねぇ。小森君そういう推理得意じゃなかった?」
「いや、推理小説が好きなだけですから」
「サクヤちゃんに限らずなにか最近変わったことは?」
「家の中で、ですか?」
小森君はちょっとコーヒーをすすり、腕組みして天井を見上げる。
わたしもコーヒーをすすり、小森君の次のアクションを待つ。
店内はガヤガヤしているが、不思議とこういうときって頭が冴えるものだ。
「やっぱり特にないですね」
「ないか」
「まぁ昨日、サクヤがお弁当作ったことくらいですかね……」
「弁当……それか! それだよ!」
🌸
やっぱり喫茶店は考え事にちょうどいいらしい。
この詩が弁当のことだと糸口がつかめれば、あとは小森君の推理と私の直感で事件は解決だ。ま、事件ではないんだけれど。
それからわたしと小森君で一行一行、詩の意味を解き明かしていった。
以下にその超訳を載せておこう。
🌸
💀狂脳溺毎💀
(今日のできごと)
渇望せしは欲望にまみれしパンドラの箱
(今日は理想のお弁当づくりに挑戦した!)
この世界で我が渇望叶うことなく、怠惰と惰性へ流れゆく
(というのも、ここのところママの手抜きがひどかったから)
私は夢想する、魔法は誰の手の中にもあるはずと
(なに、料理なんて簡単簡単!)
夢想が容易く崩れようとは、幼子はまだ知らずに
(……そう思っていたのを今は深く反省している)
覚醒は暁を告げるかのトリの降臨より早かった
(その日の朝はかなり早く起きた)
創造者が目覚める前に、終焉せねばならぬから
(ママが起きた時には完成している計画だったのだ)
白き聖女は定刻通りに鳴きその存在を高らかに歌った
(ご飯だけはタイマーで炊いてあった)
そっと横たえた身体に、祝福の粉が降り、漆黒をまとう
(まずはご飯を詰めて、おかかをちらして、海苔を敷いた)
聖女に寄り添うは黄金の騎士
(まずは定番の卵焼きでしょう)
炎の試練にその甲冑は焼け爛れてしまう
(でもなんか焼きすぎちゃって、焦げてしまった)
その姿は悲壮、しかし騎士の魂が死ぬことはない
(なんかぐちゃぐちゃになったけど、味は一緒だと思う)
続いて寄り添いしは異形の赤き騎士
(もう一つの定番と言えばウインナー!)
切り刻まれし試練に耐え、熱波の中で死のダンスを踊る
(包丁はむずかしかった。バラバラでグネグネになった)
その姿は奇怪、しかし騎士の魂が死ぬことはない
(なんかタコさんとは違うけど、これも味は一緒だと思う)
天下無双の騎士たちはまだまだ夢想の中にその生誕を待っている
(あとは……ハンバーグとかとコロッケとかたくさん入れたい!)
だがわたしの渇望も脆弱なる意志の前に屈してしまう
(でももう無理)
乙女よ二人の騎士とともに安らかに眠れ
(二つのおかずで限界だった。そっと蓋をしめることにする)
我が贖罪の言葉はため息とともに消え果てよう
(はぁ。ごめんなさいママ、手抜きだなんて言って)
我が欲望もまたパンドラの箱の中に。
(もう偉そうなことは言いません)
明日からは褥にて暁を待つとせん
(明日からは布団でおとなしくしてます)
🌸
「いやぁ、なんか楽しかったね」
「いつにもまして難解でしたね」
「でもお弁当のおかずを思い出してからは早かったね」
「はい。真っ黒の卵焼きとバラバラのウインナー。でも味はすごく美味しかったですよ。ちゃんとサクヤを褒めてやらないといけませんね」
「そうそう。ちゃんと感謝するのは大事なこと、それを言葉にするのもね」
「今日はお土産にミルクレープを買って帰ります」
「ぜひそうしたらいいよ、アレ美味しいからね。私も買って帰ろう」
見事推理を果たし、超訳を成し遂げた私たちは、晴れ晴れとした気分でドットルコーヒーを後にしたのだった。
~おわり~
シークレットガーデン……みたび【KAC⑦ 5】 関川 二尋 @runner_garden
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