ダンスシューズの紐を縛る。天下無双は過去の事

蘇 陶華

第1話 夢は、乙女。スペインダンスの靴音は、悲しく響く

僕は、眠り続ける。

もう、目覚めたくない。

何が起きたのか。

思い出したくもない。

戦い続けた。

剣一本で、何人を倒したのか、数えた事もない。

幼い時から、戦場に居た。

戦場で生まれた、母も有名な戦士だった。

妹を産む時は、故郷に戻ったが、僕だけは、父について、戦っていた。

十七の時に、両親は、戦死した。

すっかり、その頃、僕は、天下無双と言われていた。

10代で、築き上げた地位に、僕は、有頂天だった。

「怖い物?ある訳がない」

今、思うと、僕は、調子に乗っていた。

みんなに、煽てられた。

戦場での戦いの経験は、確かに、多かったが、人として、僕は、まだまだ、未熟だった。

「危ない!」

飛び出してきた少女を避けようとして、僕は、落馬した。

頭から、落ちたらしい。

僕は、闇の中に吸い込まれていった。

「終わりか・・・」

みんな悲しむだろう。

誰も、僕には、敵わないと思っていたはずだ。

僕が、亡くなったら、誰が、戦うのだろう。

闇に落ちる瞬間、僕は、皆の表情見てしまった。

その中には、あの少女が居た。

僕に、お礼を言うのかと、思っていた。

「君が助かったのなら、いいんだ」

そう言うつもりだった。

だが、

僕が最後の瞬間に見たのは、薄く笑う皆の顔だった。

「え?」

誰も、僕を悲しんでいる人はいなかった。

「どうして?」

声を上げようとしたが、僕の、体は、もう、反応しなかった。

あの少女は、僕を落馬させる為に、仕組んだんだ。

僕は、気づかなかった。

僕も父も母も、戦争の道具だった事に。

あの少女に妹の姿を見た僕は、バカだった。

僕は、この世を去った。


パルマが聞こえる。

フラメンコの手拍子だ。

激しい靴音。

耳元で、聞こえるので、僕は、両手で、薄い布団を握りしめた。

「起きろよ。客だよ」

無理やり、布団を剥がされる。

顔を出すと、そこには、汚い女将がいた。

「出番だよ。早くしな」

立ち上がろうとして、枕元の鏡を見て、僕は、愕然とした。

「え?」

「何を驚いているんだい。さっさと準備しな」

「え?いや・・僕」

「僕?何を寝ぼけているんだい。お役が待っているって、言っただろう?」

僕は、女将に尻を叩かれながら、支度に取り掛かろうとした。

僕は、女性になっていた。

スペインダンスのダンサー。

スペインダンス。つまり、フラメンコの踊り子だ。

「いや・・・待って、僕は、戦士だったはずだ」

「何言ってんだい。その戦士を癒すのが、お前の仕事だろう!」

女将が葉っぱをかける。

あぁ・・・なんて事だ。

記憶にないのに、僕の体は、リズムを覚えており、靴音激しく、踊り出す。

「マリー、今日も素敵だよ」

僕の名前は、マリーと言うらしい。

並んでいる男達の顔を見ると、そこそこ、人気のあるダンサーのようだ。

さて、どうして、僕は、ここで、ダンスをしているのか。

「良かったよ。道で、倒れていたお前を保護してさ。こうして、稼いでくれるようになって」

女将の話によると、僕は、裏通りで、倒れていて、下働きで、僕を雇ったらしい。働きながら、見よう見まねで、僕は、踊れるようになったらしいが、そんな記憶は、全くない。

僕の体には、血の匂いが染み込んでいるんだ。

「あぁ・・・マリー。また、曲に魅入られていたね」

女将は言った。

「スペインダンス。まぁ、フラメンコの歴史は、古い。戦い死んでいった人達の歌だからな。マリー。昨夜は、早くから、布団にくるまっていたから、何か、夢でも見たんだろうね」

女将は、僕に小さな短刀を投げて横した。

「お前さんは、この辺じゃ、フラメンコの天下無双を築いた。改めて、戦う必要はないんだよ」

僕は、女将の顔を見た。

あぁ・・・そうだ。誰かに似てると思った。

あの飛び出してきた少女だった。

僕は、短刀の鞘を抜いた。

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