石動葵は天才である

柚城佳歩

石動葵は天才である


私の同室、石動いするぎあおいは天才である。


一度見たもの、言われた事は忘れないから、テストは天下無双と言ってもいい。

実際、全国模試で全教科満点の一位を取ったなんて嘘みたいな事実もあるらしい。


大体の事は何でも卒なく熟すし、テストではいつも他を圧倒的に引き離してトップをキープ。

成績だけじゃなく、顔もスタイルも良いとなれば必然噂の的になるわけで、校内では有名人だ。


ある方面では無敵の葵にも、致命的な弱点がある。

そう……、絶望的な運動音痴なのだ。

生まれる前にパラメータを振り分けられるんだとしたら、葵は頭脳面に全振りしたんだと思う。


咲希さき〜!助けて!」

「今度は何があったの?」


高校入学時から同室になって二年目。

私から見た葵の印象は“布団の住人”だ。

可能な限り授業はオンラインで受講。

休みの日は部屋に引きこもってゲーム、読書、ネットにアニメ鑑賞で忙しく、食事時以外はほとんどベッドから出ない。

ほっとくとご飯すら忘れてしまうので、毎度私が食堂まで引っ張っているくらいだ。


うちの高校は一言で表すなら“自由”な学校で、服装はもちろん、部活動や同好会はメジャーなものからマイナー過ぎるものまであるし、授業だって担当の教師によっては対面でもオンラインでも受講が可能になっている。


実技系の授業は流石にオンライン参加というわけにはいかないけれど、器用な葵だから、美術や音楽では優等生振りが遺憾無く発揮されている。


葵は、単位だけで言うなら進級するのに全く問題ないくらいには足りている。

そんな葵が私に助けを求めているのは他でもない、体育の授業で「落第」の宣告をされたからだ。

負けず嫌いなところもあるから、体育だけダメというのは本人の中で許せないらしい。


「葵も頑張ってるんだけどねぇ」

「先生にも言われた。“一所懸命やってるのは認めるけど、合格点を与えるには少し足りない”って」

「それはそう、だね……」


ここでお世辞でも否定してあげられないのは、葵の運動音痴っぷりをずっと隣で見てきたからである。


「でも!一発逆転の救済措置を提示してもらったの!これ見て!」


葵が勢いよく見せてきたのは一枚のチラシ。

そこには“ダンスコンテスト”の文字が並んでいた。


「救済措置って、これ?」

「そう!このコンテストで何かの賞を取れたら、今期は良い成績をあげてもいいって!」

「いやいやいやちょっと待って。そもそも葵、ダンスとか出来たの?」

「ラジオ体操くらいならやった事ある」

「それダンスではないから!あとここ読んで。“振り付けはオリジナルのもの”って書いてあるよ。出るとしても振り付けはどうする気?」

「そこは大丈夫。イメージはあるから、イラストと3Dモデリングで咲希に伝えるよ」

「ほんとそういうとこは器用だよね……」

「だからお願い!一人で出る勇気はないから一緒にコンテストに出て!」

「それはいいけど、私もダンスなんて未経験だし賞なんて取れる保証はないよ?」

「ここで咲希もやる気が出そうな情報を教えましょう。なんとこのコンテスト、賞金が出ます」

「え、賞金出るの?」

「優勝したら十万円。準優勝なら五万円。その他に審査員の気紛れMVPが一万円」

「一万円ならワンチャン狙えるかも……」

「でしょでしょ!さぁ一緒に頑張ろう」


斯くして単位と賞金目当ての不純な動機コンビが結成したのである。

ちなみにユニット名は、私たちの部屋番号そのまま“2210”となった。




「また背中曲がってる!あと手が逆!足の動きまで止めないで!」

「一気に言わないで〜!頭ではわかってるんだけどね、体がついていかんのよ……」

「ほらもう一回頭から通すよ。ゆっくりやるから私の真似してみて」


振り付けを考えるところまでは順調だった。

ただ、肝心のダンスの練習は想像以上に困難な道程となった。

頑張っているのはものすごく伝わってくる。

でもこのままだと出場すら危うい。

なんだか今なら体育の先生の気持ちがよくわかる気がする……。


そんなこんなで本番前日ギリギリまで振りの練習をしていたため、私たちはもう一つの肝心なものをすっかり忘れていたのである。


「衣装!全然考えてなかった!もう明日だけど今から買いに行く時間もないしどうしよう!」

「いっそジャージで出る?統一感はあるよ」

「それは最終手段。取りあえず誰かそれっぽい服持ってないか聞いてみるよ」


ダンスコンテストなんて、みんな衣装までバッチリ決めているに違いない。

そんな中、ジャージの二人組なんて悪目立ちし過ぎるだろう。

ジャージで出場を避けるために、普段あまり交流がない人にまで片っ端から聞いてみた結果。


「私の方はなんとか揃えられたけど……、葵、ほんとにそれで出るの?」

「うん。“布団の住人”としてはちょうど良いかなって」


結局、背の高い葵に合わせられる服はなく、普段ほとんど外出しないため手持ちの服もラフなものしかなかった。

その中から葵が選んだのは、部屋着として愛用しているもこもこ素材のパンダだった。


「絶対目立つやつ……」

「これが一番マシだって咲希も言ってたじゃん」

「消去法で仕方なくね!今度一緒に服買いに行こう」

「外出ないからいいよ」

「そんな事言ってるから今こうなってるんでしょ!」


わいわい言い合いながら会場へ行き、恐らく気のせいじゃない視線をいくつも感じながら迎えた本番。

緊張だけじゃなく、わくわくした気持ちでステージに立っていた。


「私、ダンスがこんなに楽しみに思えるなんて初めて」

「ここまできたらもう思いっきり楽しんじゃお!」


曲が掛かった瞬間、自然と体が動いた。

前へ、右へ、後ろに回ってくるりとターン。

考えなくても足がステップを踏む。

最初、とてもダンスとは言えない奇妙な動きを連発していた葵も、今は笑顔で踊っている。

楽しくて、曲が終わるのはあっという間だった。


「やり切ったー!」

「今日で一年分動いたかも」

「葵、ほんとによく頑張ったよね。やれば出来るじゃん!」

「咲希も、根気強く付き合ってくれてありがと」


参加の動機こそ不純な私たちだったけれど、今はそんな事がどうでもよくなるくらい満たされた気持ちだった。

さて、結局私たちはどうなったかと言うと。


「先生!私たち賞取りました!」


なんと審査員の気紛れMVPをいただいたのだった。

葵は無事に体育の成績を、そして賞金の一万円は、打ち上げという名のお菓子パーティーに有効に使わせてもらった。


「葵、次もダンスコンテスト出てみちゃう?」

「次は体動かさないやつがいい」



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石動葵は天才である 柚城佳歩 @kahon

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