第3.5話 表 信じる者の想い
俺はあいつの父親だ。
大切な妻と息子を守るため、必死に働いている。
本当はその日もいつも通りになる筈だった。
昼下がり。暖かい日差しを浴びていると嫌でも眠くなる。
うとうと仕掛けるたびに頬を叩いたり抓ったり、何か飲んでみたりと対策をしていた。
このテーマパークでは、最高責任者である自分が、しっかりとしなければいつか、従業員達をとんでもない事に巻き込んでしまう。
ほぼ親族で構成されているが、アルバイトで来た外の人間だっている。
油断大敵、油断禁物。
座右の銘を唱えて事務仕事をしていた。
そんな時、急に端末がけたたましく鳴り響いたのだ。
壁にひっそりと作った金庫のタッチパネルに手を押し当て、次に出てきたダイヤルを回して取り出した。
見当はついていたのだ。
通知には緊急連絡。
急いでこの家用のログイン画面にパスワードを打ち込み、内容を確認する。
あぁ、ついにこんな日が来てしまったのか。
今から10年前、自分たち一族に同じ血筋を持つ子どもが来た。
それだけなら良かったが、その子どもは王家の、しかも現在の王のご子息ときた。
俺はハルシャダから見たら曾祖父にあたる人に尋ねた。
昔になるそうだが、うちの一族は王家と近い関係性を保ってきていたらしい。
爺さんはそう説明してきた。なんなら爺さん自身先代の王と懇意にしていたとか。
全て後から知り、初めて聞いたことだ。
どこにそんな要素があるのかとんと見当がつかないが、ただただ呆然としていたのは覚えている。
坊っちゃんことリディは、数名のお付きの者と、このだだっ広い敷地の一画で生活をするらしい。俺の兄夫婦はその手助けをするよう命じられていた。
兄夫婦には子どもがいなかったから、リディのことをそれはそれは可愛がった。
それである日、リディの友達にと俺の息子、ハルシャダを彼らの家に招き入れた。
よっぽどの用がない限り訪れることのなかったそこに行くのは緊張した。
妻にいたってはずっとオロオロしていた。
家に着くと兄夫婦は嬉しそうに歓迎してくれた。
しかし、リディ本人は部屋に篭ったままで出てこようとはしないらしかった。
我々はお茶でも飲んで待ちましょうとなり、客間に通された。
どれくらい立った時だったか。
不意にハルシャダが気にかかり、あたりを見回した。
誰も気づかなかったのだ。
ハルシャダは姿を消していた。
どこに行ったのか、探しに行かねばと皆で騒いでごたついていた時だった。
泣き声が聞こえてきた。
何処からかと外に出ると、お義姉さんがリディの部屋からだと言った。
皆で急いで部屋へと向かい、扉を叩く。
返事は返されなかった。その代わりずっと泣き声が聞こえた。
埒が開かないと鍵のかかった扉を蹴破った。
ドアを開けるとその中には小さな塊があった。
その塊は泣き続けるリディと、リディを引っ付けながら困惑するハルシャダの姿であった。
事情を聴取すると、どうやらハルシャダは扉を叩いたがリディが出て来ないことが気に掛かったらしく、鍵のかかっていない窓から中へ侵入をしたらしい。
「ドアを叩いた時に窓が開いてるのがわかったんだ!
心配だったからそこから入ったんだよ!」
と自信満々に言われて仕舞えばため息しか出てこない。
そしてその後リディが泣き出すきっかけを聞き出そうとしたが、リディは何も話さない。
大人達がたくさんいて怖いのかハルシャダにしがみついて俯いている。
どうしたものかとその場の全員で頭を抱えた。
付き人達もここまで元気のないリディを見るのは初めてらしく困り果てていた。
「大丈夫だよ、リディ」
鈴のような声が聞こえた。
「寂しくなっちゃったんだね。でも大丈夫だよ。ここにいる皆んなは君が大切なんだ。
僕は君を傷つけることは絶対にしないよ。
だから僕は君のお兄ちゃんになる」
「お兄ちゃんに、なってくれるの?」
「うん、なってあげる。
だから、泣かないで。
兄ちゃんがいる限り、君は無敵だよ」
ハルシャダはずっとリディの頭を撫で続けていた。
これでやっと分かった。
詰まるところ、リディはホームシックになっていたのだ。
そんな時に自分の姉弟とよく似た歳の子どもが来たことでより寂しくなり、感情が爆発したと。
その感情にいち早く気づいていたハルシャダは、慰めたのだ。
世界一の素晴らしい息子だと思った。
自体はなんとか収まり、皆がほっと息をついた。
余談だが、その日はリディが駄々をこね、ハルシャダも我儘を言い、家に泊まらせてもらった。
記憶の海に潜り込んでいた。
それ以降、リディはハルシャダを慕い、ハルシャダはより一層リディを可愛がった。
今でこそ関係性が少しばかり疎遠に変わり始めているが、互いに信頼しあっていることに変わりはないだろう。
ハルシャダは本当に優しい子なんだ。
走りながら考えた。
ハルシャダはどうするのかと。
互いの心を分け合っている彼らは、特にリディはハルシャダを連れて、国に帰りたいだろう。
信頼しているからこそ安心できる者を側に置いておきたい。そんな極限状態を過ごしてきた。
そんな子だ。
「まぁ、考えるだけ無駄か」
自由に生きたい。
俺の自慢の息子はきっとそう願うだろうから。
携帯でハルシャダにメールを送った。
彼らに伝えるためさらに急いだ。
今日はよく眠れなかった。
いってらっしゃい。
結局何も言わなかった。止めなかった。
妻には事前に自分の考えを伝えていた。
妻もそれに賛同してくれた。
でもどうか、忘れないでほしい。
危ない事に巻き込まれて欲しくはないけど、
こちらを巻き込んでも、後悔しないでくれ。
私達はいつだってお前達を守り抜く為ならなんだってすること。乗り越えることを。
そうやっていつまでも帰りを待っていることを。
そしてどうか、絶対に死なないで。
ハルシャダの書き残した手紙を読みながら、この思いを届けるためにはどうすれば良いかと、青い空を見つめながら考えた。
細い雲が空を彷徨っていた。
『- - - - - - - - - -
最後になりますが、お父さん、お母さん。
今までありがとうございます。
どうかお元気でお過ごしください。
もしもの事がっても、自分を責めないで下さい。
僕は、これが自分自身の心からの願いだと確信していますから。』
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