恋を愛せよ!アシェンドラ‼︎
和歌宮 あかね
第1話 ナイスガイな青年の名は
休日のテーマパークはやはりと言うか、よく混んでいる。
ここ、サットサンガ園も例外に漏れず、多くの老若男女で溢れていた。
そんな中で、一際甲高い声が響き渡っている場所がある。
「ねぇねぇ、タッチして〜」
「僕、ぎゅってしたい!」
小さな子どもがさまざまな要望を口にし、跳ね回る。
周りの大人たちは頬を緩ませ、スマートフォンをしきりに光らせている。
ピカピカとしたその空間に、子どもたちの可愛いお願いに答える影があった。
その影は要望通りハイタッチをし、ハグをする。
このナイスガイは一体何者か。
そうだ。その正体は、この園の人気キャラクター、マハートマ君だ。
彼はモフモフとした肌触りで明るい色彩を羽に纏う、鷲がモチーフのキャラクターだ。
凛々しさと気品を纏いつつも、どこか愛嬌のある仕草で、動き回る。
そんな彼は、気づけばこのテーマパークの看板息子?にまで上り詰めていた。
故に、子どもから絶大な人気を得て、連日取り囲まれてる。
まだ、子どもの人だかりの熱狂は冷めることがなく、暑くなっていく。
そんな彼を遠くから見つめる者がいた。
その者は、彼を取り囲む状況を見て、クスクスと笑っていた。
そして、じっと見つめてポツリと呟いた。
「人気者は辛いですねぇ、ですが、どこか疲れているように見えますね。まったく...」
はぁっ、と大きくため息をつきマハートマ君の所へ近づいて行く。
この者の名は、ハルシャダと言い、この園の従業員をしている青年である。
彼は、彼の中彼の中の者を心配し、そして叱咤する為にグングンと距離を縮めて行く。
子どもは相変わらず纏わりつき、離れようとしない。
「これは、離すのが大変ですね」
やれやれと思いながら大きく首を回して笑顔を顔いっぱいに貼り付ける。
手首をグルグルとしながら、深呼吸をする。
あと数歩の距離まで来て声を張り上げる。
「マハートマ君、お家に、「うぉっ!コイツがマハートマかっ!だっっさっwww!」」
「ちょっと、そういうこと言うのやめてよっ」
突然、言葉を遮り、ハルシャダの前を悠然と塞ぎ、子どもを押し除けながら、マハートマ君に近づく男が出てきた。
近くにいる女は必死に引き留めようと腕を引くが、力の差があるからか、止めることが出来ないようだ。
男は誰も止めないことに気を良くしたのか、ニマニマと笑い着ぐるみの背中をドスドスと叩いた。
マハートマ君は嫌がるように離れようとしたが、それに気づいた男はさらに強く叩き、殴りつけた。
ただならぬ気配を感じ、危険だと判断した周りの大人たちは、スタッフを呼んだり、子どもたちがあちらに行かないよう、足早に去って行く。
ハルシャダは子どもが親の所へ行くように促していた。
男は状況に満足して、愉快そうにケタケタと笑っている。
女は必死に男の腕にしがみつくが、振り回されている。
誰も助けを差し伸べられない。
そんな最中、
「やめろよっ!ジジイっ!」
そう言いながら、小さな男の子が男の腹めがけて体当たりをした。
「ゴフッ、......っ、いってぇなぁ! このクソガキ!」
直接鳩尾に衝撃をくらった男はむせ、元凶の男児を見た瞬間、怒りで顔を真っ赤にし、ワナワナと拳を震わせた。
「情けねぇことしてんじゃねぇよっ!」
男児は怯む事なく男に刃向かった。
それが男の堪忍袋の緒が切れた瞬間だった。
男はキッと男児を睨むと、男児に近づき、言葉を発することもなく、右腕を大きく振り上げ、男児に向けて振り下ろした。
「やめろっ、」
ハルシャダは叫び、男と男児の間目掛けて走り出した。
呼ばれた他のスタッフたちは、家族連れの悲鳴や波に飲まれてなかなかこちらへ来れない。
ブワンッ、と唸る速さで振り下ろされ、硬く握られた拳は関節が浮き出ている。
男児は動けずに、身を小さく固めて震えている。
目からは溢すまいとした涙が溜まりすぎ、溢れていた。
どかっ。
地面に倒れ込んだ者がいた。
マハートマ君であった。フカフカとした羽の部分にはくっきりと男の拳の痕が、こびりついていた。
女は男児のもとへ駆け寄り、ハルシャダはマハートマ君のもとへ駆け寄った。
男は再度殴ろうとしたが、他のスタッフに取り押さえられ、何事かをほざいていた。
男児は大声で泣き、女に涙を拭われ、スタッフと共にスタッフ控え室へと連れて行かれていた。
ハルシャダは中の人間に対し、いくつか質問を投げかけた。
「ふざけんじゃねぇ、おい、愛子、待て。
何勝手に逃げてんだ」
男は急に、納得がいかないと言うように女に向かって吠えた。
女は名を呼ばれ、振り返った。
男はそれを勘違いし、ヘラリとしていた。
しかし、女はそれを許さなかった。
バキッ。
「二度と口を開かないで。そして私に関わらないでちょうだい。このクソ野郎っ!」
女は颯爽と男児と共に去っていった。
それに倣い、ハルシャダ達も奥へと去って行った。
「いててててぇっ! 優しくしろよっ。ハルシャダぁ」
「大人しくしてください。まったく、もう少し自分の身を考えて頂きたい。わざわざあなたが殴られることないでしょうに」
そう言いながら、ハルシャダは手当てをした。
手当てを受けている青年は、涙目になりながら言った。
「だったら誰が止めんだよ。あのちびっ子が殴られてもいいってか?」
「違いますよ。こういう面倒くさい些細なことは、
青年は信じられないとでもいうようにハルシャダを睨み、唇を噛んだ。
ギスギスとした空気が回り始めた頃、扉の外から声がかかった。
「失礼します。私先ほどの男の連れだったものですが。今少しよろしいですか?」
女のかけた声に間髪を入れず、
「はい。構いませんよ」
と、青年が答えた。
扉が開き、女が入ってきた。
が、扉を閉め切った瞬間、女は直角に近い体勢で頭を垂れた。
「申し訳ございませんでした!あなたに怪我をさせ、この場で騒ぎを起こし、迷惑をかけてしまったことを、お詫び申し上げます。
何なりと、お申し付けください。償いをさせてください」
息つく間もなく女は言い切った。
ハルシャダは頭を上げてくれと頼むが、気が済むまでこうさせて欲しいと女に言われたため、どうすることも出来ずにいた。
じっとその様子を見ていた青年はふっ、と息を吐き、椅子に座りなおすと言った。
「あの男の子とあなたに怪我はありませんでしたか? ないのならば、それだけで良いです。
この騒動で償うべきはあの男。あなたが償うべきではないですしましてや必要もありません」
女は顔を上げ、泣きながら、恐る恐る再度確認をしてきた。
青年はゆっくりと頷き返し、微笑んだ。
女は涙を溢しながら、感謝を述べ続けた。
女が落ち着きを取り戻し、部屋を出ていく時、扉の前まで見送りをしに、二人は立ち上がった。
外に踏み出した女は振り返り、二人に向かって尋ねた。
「最後にいいですか?
あなた方のお名前を教えていただいても」
差し込む夕日が女と二人の髪を明るく染め上げた。
二人は顔を見合わせて、頷き、女に向かって優しく答えた。
「私、名をハルシャダと申します。
そしてこちらの方は......」
青年は大きく笑いハキハキと述べた。
「俺の名は、リディだ」
名を聞いた瞬間女は大きく驚いた。
そして震えながら、
「もしかしてっ、あなた方はっ、王っ、んぐ」
リディは女の口に人差し指を当て、もう片方の指を立て、目を細めながら、シーッと囁いた。
夕日はとうに地平線へ沈み切ろうとしていた。
主:リディ・ギータ
従者:ハルシャダ・ギータ
彼らは巨大な島国アシェンドラ王国の王家の血筋を引く一族の者。
そしてリディは現在王である、ババグット・ギータの息子である。
この秘密は今日も、ここサットサンガ園の夕闇と共に溶けて消えてゆく。
まるでこれから起こる騒動を暗示するかのように。
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