布団でダンスで天下無双。

西奈 りゆ

不思議な三重奏

 電車は心地よく揺れ、次第に明かりが近づいてくる。

ああトンネルはいいな。落ち着くな。もうちょっとで外。まだ、いたかったな。

 ここはどこだっけ。何しにきたんだっけ。なんか、美味しいもの食べに来た気がするし、他の何かをしに来た気もする。ま、どれでもOKだけど。

 光がだんだんまばゆくなる。暗くて丸い、トンネルは好きだ。でもそろそろ、終わりの時間。また帰りに、通れるのかな。あ、出口。


 トンネルを抜けると、そこは布団の中だった。

 あたしは寒いと、寝ている間に布団を体中に巻き付ける癖があって、どうやら今日は息苦しくて目が覚めたらしい。アホか。


 それにしても、昨日は踊った。推しの初ライブ。衝撃だった。もう、ぐでんぐでんになるまでみんなで踊ったよ。ダンス・ダンス・ダンス。みんなでジャンプした瞬間、会場がバウンドするのが分かった。この一体感。これが、ライブってやつなんだと、初めて知った。三十歳になるまでこの感覚を知らなかったなんて、あたしはずいぶん損をしていたんだと思う。限定チェキも買ったし、推しに直接「ありがとう」なんて言われた日には、その場でまた踊りだしそうになった。

 

 思わず、「今日のダンス、めっちゃエロかったです」と口走りそうになったけれど、大急ぎで舌を噛んで黙らせた。だって、ネットじゃみんな言ってることだから。 

 でも、リアルで言うのはNGだよね。おかげで変な声が出てしまったけど、人生に消せない汚点を残すよりははるかにいい。セーフだ。


 新曲の名前は、「Harp《ハープ》」。さすが、推し。命名まで、どこまでも、どこまでも美しい。ああ、推しよ。永遠にとは言わない。どうか、末永くあれ。

 あれ、同じ意味?


 そんなわけで、その日は外に出れば、確かにもともと肌寒い日だった。けど、布団を巻き付けるほど寒かったのは、汗をかいたまま寒空の下を歩いて帰って、疲れ切って、そのまま眠ってしまったからだろう。きっと、身体が冷えたんだ。で、手探りで布団だけを巻き付けた、と。無精だ。


 でも、綺麗な汗をかいたようで、さっぱりした。

 あたしは洗濯物カゴに服を放り込みながら、この日曜日の過ごし方を考えていた。



 ぶらぶら歩きが好きだ。それも、バスとか電車とかで、ちょっとしたお金で行き来できる範囲の知らない場所に降りて、知らないところでご飯食べたり。


 特技も趣味もないあたし。そんなあたしのSNSのアカウントは、そういうぶらり食べ歩き的なポストで、地味にフォロワーを増やしている。趣味と言えば、これかな。 

 身バレ防止に、ランダムで遠くに行くことも、そのときに「遠くまで来ました」なんてわざわざ書かないことも、忘れない。お店の名前も、あえて書かない。ほら、割りばしの袋とかに、お店の名前書いてるようなとこ、あるでしょ? ああいうのも、絶対に映らないようにしてる。あたしの中の決まり事。


 けれどその店は、あたしの今まで守ってきたルールを吹き飛ばすインパクトがあった。撮りたい、痛切に、そのままを撮りたい!! 位置情報がバレてもいいから、アップして、盛り上がりたい!!

 

 古民家というより、はっきり言ってボロ屋。どう見ても、木造。染みの入ったのれん。がらがら横に開けるタイプの、茶色と黒の中間の色をした引き戸。軒に置かれた大きな植木鉢にはひびが入り、枯れかけた何かの植物が植えられていた。

 そして極めつけが、その引き戸に貼られた、ぼろぼろになった一枚の紙だ。


「そば 天下無双」


 ここは、あれなんだろうか? そば屋と見せかけて、元ラーメン屋の息子が命名して、店を継いだとか、そういうあれなんだろうか。それとも、こう見えてバズって客寄せをしようという、今風のネタなのか。

 そんなことを考えていると、音を立てて扉が開いた。出てきたのはしわくちゃのおばあさんで、店の前にいるあたしに気づくと、「お客さんかい?」と言った。

 

 あたしは迷わず、頷いた。



 結論。ちょっと、いい話だった。けれど、言いたいこともある。

 順を追って話そう。


 まず、このそば屋はおばあちゃん一人で切り盛りしていて、メニューはかけそばときつねそばだけという、超シンプルなものだった。昔はおじいちゃんも厨房に立っていて、その頃はメニューはもう少し多かったのだけれど、今は腰を痛めて療養中だという。「それでもお客さんはくるけん、まあ、よかろうに」と、おばあさんは綺麗な歯を見せて笑った。


 せっかくだからと、数あるメニューから生き残ったきつねそばをいただくと、もう何というか、滋養の塊だった。昆布とお揚げの出しが染みた汁が、撫でるように喉から胃へと通り過ぎていく。たまらず、熱々のそばをすすれば、どこか土を連想させる、けれどほのかに甘い香りが、鼻孔からそよ風のように抜けていく。

 もう、止まらなかった。あたしはあっという間に器を空にし、「いい食べっぷりだねぇ」と、おばあちゃんからサービスでおにぎりまで出してもらった。


 表の張り紙の謎は、食後にそば茶をいただいているときに判明した。


「お孫さん・・・・・・」


「そうたい。前に孫がねぇ、ばあちゃんのそばはテンカムソーっていうたもんやけん。なん、ゲームかなんかで覚えたらしいんけどね。なんねそれ?っていうたら、こうやって書いていったけん。やけん、貼っとるとよ。 あんた、知らんかい?」


 あたしは、引きつりそうになる頬を堪えて、曖昧に笑った。


「孫も、最近顔見せに来んでねー。けんど、この前頭のいい中学に合格したっていうて手紙くれてね。来月、顔見せに来るったい」


 そう言って、おばあちゃんは熱いほうじ茶を美味しそうにすすった。


 ね? いい話でしょ? うん、いい話だよ。ツッコミたくはなるけどね!


 でもお孫くん、ホントに早く来てあげたほうがいいかもね。あたしはしないけど、誰かが見つけてもしバズっちゃったら、おばあちゃん大変だよ。


 おばあちゃんが待ってるのは、物珍しさの見物客じゃなくて、いつものお客さんと、あなたなんだから。


 はあ、お腹いっぱい。ごちそうさまでした。











 

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布団でダンスで天下無双。 西奈 りゆ @mizukase_riyu

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