File.5 家畜の檻

 朱い月の下。


 余計な音を出さないよう腐った肉の絨毯を出来るだけ避け、隙間に足を差し入れて慎重に進む一組の男女。


(なんか化け物たちの姿が少なくなった気がするな……)


 辺りに目をやりながら男が思う。


(家屋の中から覗いてた数を含めれば相当な数居るはず……)


(実際、門のとこで囲まれた時は逃げ切れると思えない数だった……)


「(——ぇ——ねぇ? ねぇ! ——くん!)」


 動きながらも思考に没頭していた男に若い女が身を寄せ小声で呼びかける。


「(あっ、悪い。ちょっと考え事してた。どうした?)」


「(なんか、話し声? 人の声聞こえない?)」


「(ん? …………っ! 本当だ……)」


 女に言われ耳を澄ました男。


 その耳にも僅かに障害物越しのくぐもった声のような音が聞こえた。


「(どうやら、この家からのようだな)」


 物陰に隠れ進んでいた二人がちょうど脇を通っていた家屋、その薄い壁を越えてその声は聞こえてきたようだ。


(村の住人……、化け物同士で何か話しているのか? なにか有益な情報が得られるかもだが……)


「(どうする? ——くん?)」


「(そうだな……。現状打つ手はほとんど無い。危険は承知で探ってみるしかないな)」


「(うん、わたしもそう思う!)」


 男の判断に否は無い。


 二人は注意深く辺りを探りつつ、民家の表に回りゆっくり物音を立てないよう扉を開き室内に滑り込む。


「……っっ………っ」

「っ——はっ…………ぁ」


 家屋に入ると聞こえてくる声の音量が上がった。


(どうやらここで正解のようだな……)


「(二階かなー?)」


「(そのようだ、ゆっくり進むぞ!)」


 ギシッと軋む床を注意深く歩き二人はゆっくり室内を移動する。


「はぁっ……ぁ……っんん!」

「はぁ、はぁ、くっ……っ、ははは、こりゃすげぇ……」


 進むにつれてハッキリと聞こえてくる声。


(おいおい……、これは……)


「(ね、ねぇ。——くん。この声……)」


 響く声は明らかに嬌声きょうせい


 そのことに気が付いた男がなんとも言えない表情を作り、若い女の頬には朱が差す。


出歯亀デバガメみたいで嫌だな……。いやしかし本当に人間なら脱出の協力できるかもしれないからな)


 そう心で言い訳を並べ声の発生源と思われる部屋のふすまをそっと開けた。


「(わぁ〜〜)」


 その部屋では乳牛のように豊満な胸を持つ女と見知らぬ男がまぐわっていた。


「はは、はぁはぁ、とってもきれいだよ」


「んっんっんっ……っん。はぁ、うれしい……ねぇもっと……、激しく……して、いいですよ……っ」


 見知らぬ男が豊満な胸の女の体を揺らし常人離れした大きさのソレがバルンバルンと激しく揺れる。


「(わぁ〜……、すご〜……ぃ)」


「(お、おい、あんま身を乗り出すなよ?)」


 若い女が口に手をやり興味津々といった様子でその情事を垣間見ていた。


(コイツらこんなところでよく……。いや、生存本能ってやつか? こんな状況だからこそなのか? ん? 本能……!?)


(いや、待て! そうだ、あの女は門前で奉納がどうと言っていた女。来た時にも見たこの村の女だ!)


 男が何かに気付く。


「ぅうっ! ……はぁはぁはぁ」

「んんっ…………っ! ああ、暖かい……」


 それと同時に終わった情事。


「(ふわぁ〜〜)」


 そして感嘆を吐息を吐く若い女。


 覆いかぶさっていた見知らぬ男が豊満な胸の女に寄り掛かり動きを止め、豊満な胸の女が下腹部をおさえ頬を紅潮させた。


「最高だったよ」


「ええ、私もです。新鮮なたねをありがとうございます。おかげで無事、仔を授かりました」


「子!? ははは、気が早いなぁ」


「いいえ、私は仔を孕みやすいのです。しかしいつも一体も残らない……」


「えっ? ……え?」


「今宵は貴方アナタみたいな、盛った雄が来て下さって助かりました」


「一体、も? の、残らないって……?」


 豊満な胸の女の独白のような言葉に見知らぬ男が狼狽ろうばいする。


「(……? どうしたんだろ?)」


「(少し下がれ、ヨミ。嫌な予感がする)」


 睦言むつごととはかけ離れた雰囲気の漂いを感じた男が若い女の腕を引き己の後ろに隠す。


「だけどそれも仕方のないことなのです。そうしないと私が食べられてしまうので……」


「え? 食べ? ちょっ、何を言って?」


「ふふふ、大丈夫、安心して。貴方は私の愛する夫。その血肉全て私のモノです……。村の者には一片たりとも渡しません……」


 そう言って豊満な胸の女が見知らぬ男の背中と腰に腕と脚を絡ませさらに引き寄せた。


「ソウデス、貴方は私ノ……」


 知らぬものが見れば愛深い男女による情欲の行為、しかしこの村においては———


「ダレにも渡すモノデスカ」


 決して逃がさない。


 豊満な胸の女からそんな意志を感じ取りつつも本能に突き動かされるのが男のさが


「ちょ、どうしたの? もう一回す———っひ!?」


 この女はもう一戦したいのだと好意的に捉えた見知らぬ男の声が引き攣る。


 今まで愛し合っていた女の顔が狂った目をした牛に変化したのだから当然の反応だ。


「うわぁ!! は、離せ!!」


「ワタクシ、アナタを食ベチャイマス」


「や、やめ、はな、———痛っ!!」


 見知らぬ男の頭が牛顔の女の顎に挟まれメキメキと音を立て形を変える。


「あ、あがぁっ……、が、あぁぁぁぁぁ……————っ」


 パグシャ————


 それはまるでくるみ割り人形の如く男の頭を砕き、そこに詰まったタンパク質に舌鼓を打っていた。


 一部始終を見ていた男が顔を青く染めつつ女の手を引いて急ぎ家屋から逃れる。


(男の方は普通の人間だったのか……)


「ど、どうしたの? ——くん。さっきの悲鳴、何があったの!?」


 男が背に隠したことで惨劇を見ずに済んだ若い女が男のことを心配そうに見た。


(わざわざ怖がらせることを言う必要はないな、とりあえずここは……)


「い、いや。女の方が突然キレ出してな。男を殴りだして……」


(いやいや、苦しいな……)


「そ、そうなんだ……。わたしはそんなこと絶対しないから! 安心してね」


「ん、あ、おお。ありがとう。じゃあ行こう彼らとは協力できそうにない」


 激しい男女の情事を間近で見た若い女は自分の放った問題発言を理解しておらず、


 容易く苦しい言い訳を信じたことに驚いていた男も若い女の問題発言を聞き逃した。


 冷めきり青く染まった男と茹で上がり朱が差す女、相反する顔色の二人が再び村の出口を目指して隠れ進む。




(相変わらず住人共の姿が見当たらないな……。まぁいなけりゃいないで大いに結構なんだが先程の男———)


「「きゃーーーー!!」」


「なんだ!?」

「女の人の声!?」


 突如として村に響いた甲高い悲鳴に驚いた二人が同時に反応を示す。


「——くん!」


「ああ、行ってみよう」


(まさか、さっきの男以外にもこの村に人が来てたのか……? いったい何人……)


 聞こえてきた悲鳴の方向へ進むにつれガヤガヤと雑多な音や声が聞こえてきた。


(この裏手の路地か……? この家の中からなら見下ろせそうだな)


 女に視線で合図を送り、住人が出ていったであろう開けっ放しの扉から家屋にその身を滑り込ます。


「(あれは……)」


「(すごい数……)」


 家屋の二階、見下ろした路の辻の真ん中で人の体に動物の顔を持つ化け物たちが二人の女性を取り囲んでいた。


(さっきの牛女とは違い、隠す気ゼロだな)


「やめてっ、やめてよ。助けて!」

「怖い、怖いよ!」


 衣服を破り捨てられ羞恥と恐怖で体を丸めるようにひざまずき涙声で懇願する女性。


「えっ……」


 そこに後方から一体の化け物が近付きその女性の上体を起こすように持ち上げ———


「いや、いやぁ、いっ————」


 グギャゴッと離れた室内には聞こえるはずのない音がその光景を見ていた者の脳内で再生される。


「あ、あぁ、あ、ぁぁあ……」


 まるで鶏を絞めるかの様に首をあらぬ方向へ捻られ絶命した女。


 その姿を家屋の中から一緒に見ていた女が言葉を失いその場にへたり込んだ。


「ヨミ! くっ、目を逸らせ!」


 今更遅いかもしれない、しかし広場にはまだ一人残っている。


 再び起きる惨劇を見せないよう男が女の目を己の手で覆った。


(何てことだ……)


 隣で起きた悲劇に茫然自失していたもう片方の女も程なく同じ結末を辿る。


 そして二つの死体は担がれ、化け物の集団と共に視界の外へと消えていった。


「——くん……」


「大丈夫か?」


「だいじょうぶ……。じゃないかな……、ごめんね……」


(顔面蒼白、無理もないか……。自分だって隣にヨミがいなけりゃ泣き喚いて狂っていたかもしれない)


「あの人たちも……、わたしたちと一緒なのかな……?」


「おそらく、自分達の後……。この赤い夜が始まってから来てしまったんだろう」


「もしかしてさっきの男の人も……?」


「……ああ」


 先程聞いた見知らぬ男の悲鳴の理由とその結果に思い至った女が男の返事を聞き顔を伏せる。


(最初から住人の様子はおかしかったが路も空も普通だったし、自分達もしばらくは襲われなかった)


(住人達が本格的におかしくなったのはやはりこの赤い夜が始まってから……)


「そういえば、さっきの化け物が奉納が何とか言っていたな」


「ほうのう? って神さまにお願いすることだよね?」


「お願いとは少し違うがおおむねそうだ」


(たしか奉納ってのは神をなぐさ供物くもつたまわり祝福を賜ること、だったか?)


(そして門の前でヨミのことを見ながら化け物が言っていた“奉納"。つまり今回神へのにえに選ばれたのは———)


 思考の途中で隣で震える女に目を移す。


(つまりこの赤い夜は収穫祭、自分達は神からの恵みの糧……か)


「ねぇ……、これからどうするの?」


「目的は変わらない、出口を探す」


(今、考えたことが正しいなら、もしかしたらヨミを神様ってやつに捧げればこの夜は明けるのかもしれない……)


「どうしたの……?」


「何でもない」


 不安げに見上げる女の頭に優しく手を乗せる。


(それこそあり得ないな。いま自分が平常心でいられるのはこいつのおかげだ。こいつだけは必ず帰してやる。それが———)


「——くん?」


「あ、わるい。さぁ行くぞ、立てくれ」


 決意を固める男が差し出した手を女は躊躇ためらいなく掴みギュッと握り締めた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る