ビビりな死神(メスガキ)ちゃんの怪異譚

イカ酢男

File.0 社畜の少女

 この世界に存在し——


 この世界のどこでもない空間——


 その空間を漂うようにその部屋はあった。


 大した広さの部屋ではない、一般的なワンルームマンションほどの広さだろう。


 その部屋にはファンシーな調度品、床にはパンクでファンキーなぬいぐるみが雑然と転がっていた。


 ——リリリリーン、リリリリリリーン——— リリリリーン、リリリリリリーン———


 部屋に似つかわしくない黒電話が数分前よりけたたましく鳴り続いている。


 見たところ電話線は繋がっていない。


 だがそれは、掛け手の意志を代弁するかのように執拗に鳴り続け部屋の主人を呼び続けていた。


「ん゛〜〜……」


 ファンシーな部屋の角にあるファンシーなベッド、その上でもっこり膨らんだファンシーな布団の下から唸り声が響く。


———リリリリーン、リリリリリリーン——


 やがて鳴り続ける電話にごうを煮やしたのか、布団からニョキっと白く細い手が生え黒電話へと伸びる。


 ガチャ———ガチィィン。


 そして細腕は受話器を掴み上げ、即落とし、再び布団の中へと戻っていった。


 リリリリーン、リリリリリリーン——


 無下むげな扱いに抗議するかの様に再び鳴り始めた黒電話。


「ゔ〜〜……」


 再び唸り声と共に伸びた細腕が受話器を掴み上げ布団の中へと引き摺り込む。


「ただいま、るすに、して、お、り、ま、す〜。ピーっという、音を、聴いて、おとといきやがってくださ———」


『—————っ!!!』


「ぴぇっ!!」


 抑揚のない声で適当な言葉を並べていた布団の中身が電話口から聞こえてきた怒声に驚き飛び上がった。


 飛び出してきたのは人形のような少女だ。


 寝癖でボサボサの長い灰色髪、寝ぼけまなこの紫の瞳、ファンシーな寝間着パジャマを着た小柄な少女がベッドの上で正座する。


『————!!』


「お、おはようございます! え? 寝てません! 起きてました! 本当です。課長!」


 少女はサラッと嘘を吐く。


「はい、はい……! もちの、ろんです! え? え〜、今から? 現場、直で、ですか? あ〜……、今日はちょっと……。星の巡りが悪くて〜」


『————!!』


「死神免許ライセンス、はくだつぅ! それはまずっ、行きます、行きたいです!」


『————?』


「そんなことないですよぉ〜! パルカお仕事だぁ〜いすきぃ。すごぉいすごぉ〜い、ありがと〜、課長ぉ〜」


『————』


「ええ、はい。日本ですね! ◯◯県……。はい、どこかよく分かりませんが了解です」


 ぺこぺこと見えぬ相手に会釈する少女、やがて会話を終えたのか受話器を掴む手と逆の手を伸ばして———


「うっせぇ! こちとら寝とんのじゃー! 自分でいけや。こぉんのぉ、ハゲーーー!!」


 しっかりと黒電話の上部を押し込み、通話を切ってから受話口に叫ぶ。

 

「あ〜、だるだるぅまぁ〜。二度寝した〜い」


 悪態を吐きながらのそりとベッドから降り洗面所に向かう。


「でもぉ〜、免許返納はつらたん、勉強しなおしつらたん」


 鏡の前に立ちくしで己の髪をかす、絹糸の様な髪が光を受け輝いていた。


「ったく、怪異なんかホッとけばいいじゃ〜ん。アホ神かボケ妖魔かしらんけどぉ〜」


 悪態を吐きながら髪をわえツーサイドアップにし、黒いヘッドドレスを乗せる。


「でも今の仕事好きだしなぁ〜。ざぁこどもバカにできるし〜、現場判断で気に入らないヤツぶっ殺せるし〜」


 そして寝間着パジャマを脱ぎ捨て乱雑にベッドへと放り投げ彼女の仕事着、黒ゴシック衣装へと換装する。


「現場入り〜の、現場バラし〜だしちゃっちゃと終わらせよ〜」


 少女が厚底の靴に細い足を突っ込み扉のノブに手を掛け、


「そうだ! ナニガシに手伝わせてやろ〜っと、どうせな〜んもすることなくてふらふらしてるだろーし♡」


 何かを思い付いたようにクスクスと笑いながら扉を押し開けた。


 そこは少し前も見通せぬ赤いもやが満す世界。


 臆すことなくその中へと踏み出した少女の背中は間も無く見えなくなっていった。

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