東雲遥香は天下無双の名探偵

山野エル

1、東雲遥香は布団の中で震える

 東雲しののめ遥香はるかが倒れた。


 叔父さんからの報せを受けて、僕と四宮しのみや涼音すずね先輩は大学から遥香の家に直行する。電車を乗り継ぐ間、涼音先輩は気丈に振る舞っていたが、常に視線を彷徨わせ、その白い肌は青ざめていた。


「きっと大丈夫ですよ」


 僕は気休めにそう言ったが。それはむしろ僕自身を落ち着かせるためだった。


 僕の家に妖精が現れるという映像を観て以来、遥香はずっとおかしかった。僕に見えないものを見たり、荒唐無稽な陰謀論をノートにまとめたりしていた。あまり寝ていないようで、目の下には隈が目立ち、頬もこけて見えた。


 彼女がノートに残した一節を読み返す。



     ・ ・ ・



 あの夢を見たのは、これで9回目だった。


 惚れ惚れするような光を身に纏った妖精が私を導くその行く先を、私は知っている。


 久遠の時を生きる妖精たちの住む世界だ。


 際限のない光と温かさに満ちたその場所は、訪れた者すべてに幸福を与えるという。


 今だけでなく、過去の苦しみからも断ち切られ、真の自由を享受できるのがその場所だ。


 決して私を孤独にしないそんな国──私も、そこへ行きたい。


 いつか妖精の国へ行ったのならば、この世界との乖離に心乱すこともないだろう。


 叶わないと思いながらも、ずっと探していたのかもしれない。


 奇しくも、私のワトソン──ゆうがその端緒を作ってくれたのだ。



     ・ ・ ・



 もっと早く遥香のことに気づいてやれていたら……悔やんでも悔やみきれない。


戸森ともりくん、私は何をすればいい?」


 目的地が近づく中で、涼音先輩が僕に不安げな表情を見せる。いつも超然としている彼女からは考えられなかった。


「とりあえず、遥香の様子をまずは確認しましょう。後のことはその時に考えた方がいいです」


「戸森くん、私はこんな事態を経験したことがないのよ」


「とりあえず、オカルト研究会のみんなにはディベートを延期するって伝えた方がよさそうですね」


 涼音先輩は微かに口を歪める。それはなにか皮肉めいた表情のようだった。


「ますます私は肩身が狭くなるわね」


 そういえば、僕は涼音先輩が他のオカルト研究会のメンバーと親しくしている様子を見たことがない。彼女はどこか孤高の存在で、それが周囲の人との間に距離を作らせているように感じる。そう考えると、彼女の異名である「オカルト研究会の呪い人形」というのは、ちょっとエスプリが効きすぎていないか?



     ◇◆◇◆◇◆



「遥香」


 彼女の家に到着し、叔父さんに挨拶を済ませると、一階の日の当たる和室に通された。


 畳の上、敷かれた布団の中に遥香の姿があった。仰向けに寝ていた遥香がさっと掛布団を引っ張り上げて顔を隠す。


「体調は大丈夫か?」


 そう尋ねると、引っ張り上げた掛布団を掴む遥香の手が震えているのに気づいた。


「今日は大学の先輩の四宮さんにも来てもらったよ。お前に言いたいことがあって……」


 涼音先輩が正座のまましずしずと遥香の方へ進み出る。


「東雲さん、初めましてでこんなことを言うのは忍びないのだけれど──」


「ぷっ!」


 布団の中から声がした……気がする。

 涼音先輩は深刻な瞳を僕に向け、そして、先を続けた。


「あなたに謝らなければならないことがあるの」


「……わ、分かって……いるぞ……──!!」


 掛布団が激しく震える。何かがおかしい。


 僕は意を決して思い切り遥香の掛布団を剥ぎ取った。


「おい、遥香」


 遥香が身体を丸めて笑いを堪えていた。


「くっくっくっ……、遥香、もう、お腹痛い……!!」


 どうやら病的な腹痛ではないようだ。


「詳しく訊かせてもらうぞ」

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