第10話 素直に「かわいい」と言ってしまう
「……!」
「実は教室で表現したモールスでも同じことを言ってたんだけど……」
思わず口から「ほ、ほんとに⁉」と声が溢れ出るところだった。
さっきまで疑うのは嫌だと言っていた男が、思っちゃいけないことなのは分かっているが、それでも驚きは隠し切れない。
だって、これは銀狼姫という彼女の異名を完全に打ち消してしまうものだからだ。
電車で見かけた銀髪少女の頃から、空野琥珀という名前を知って隣の席になってからも流れた時間はそんなに長くはない。
だけど、彼女が多くの人を睨みつけていることは知っていた。
一方で、言葉を交わす前からだったり、こうやって友だちになった過程でだったり、空野さんが孤高を愛すような人でないことは何となく伝わってくる。
今、故意に人を睨んでいないことが分かった以上、空野さんは人との壁を作りたくて作っていたわけではないということになる。
ちょっと容姿が良すぎるけど、ただの不器用な女の子でしか無かったんだ。
そう考えると、銀狼姫って単語ムカつくな……?
何となく空野さんの孤独を煽っているような気もする。
ネーミングした人、そこまで考えてなかったと思うよ案件ではあるだろうけど。それはそれとして、ちょっとイライラする。
「や、やっぱり信じられないよね……」
思わず色々と考え込んでしまったせいで、何かリアクションを示すのを忘れてしまった。
「いや、そんなことない。ただ、ちょっと思うところがあって」
「思うところって……」
不思議そうに首を傾げる空野さん。
ただでさえ、受け入れられるのか不安なのに「思う所」とか言ったら、そりゃ気にもなる。
「ぎんろ――」
「……?」
「ごめん、何でもない」
素直に思ったことを言おうと思ったが、あることに気づいてしまった。
空野さんが銀狼姫の異名の由来、その大元の方だ。
銀狼って言うのは、空野さんの容姿にも由来しているはず。
降り積もった雪のような白銀の髪。見るものを捉えて離さない金色の瞳。そんな彼女のかわいくてカッコいい容姿からも取られている。
それを安易に否定するのは、良くない。
というか、空野さんの銀髪が好きな俺が言っちゃいけない。
そんな面倒くさい自分の中の葛藤を取り除いて、思ったのは――。
「いや、なんか可愛いなって、思って……」
「か、かわっ!?」
空野さんの白いほっぺたが一瞬にして赤く染まった。
それを見て俺もハッとする。
や、ヤバい! 脊髄で話しちゃった。今日初めて話したのに、「可愛い」は距離の詰め方を間違いすぎてないか?
「ご、ごめん。ちょっと思ったことが素直に出すぎた……」
「う、ううん。わ、私も言われて嬉しいから……い、いいよ」
瞳を逸らしながらそんなことをそんなことを言われる。
そんな可愛いくて火照った顔を見せてくれるとは思っていなかったから、思わず見惚れてしまう。今まであんまり注目してなかった長い睫毛とか、形が整っている目鼻だとか、濡れている唇だとかにも目が行く。
いいよって言われても……ど、どうすればいいんだ。
もっと可愛いって言うべきか……?
いや、そうじゃなくて、もっと癖の話をするべき?
ただ、二人して見つめ合っているせいで、視線が外れないせいか、目の前の少女のことばかりを意識しまくってしまう。
そうやって固まっているとチャイムが鳴り出す。これ幸い過ぎる。
「も、戻ろうか、空野さん」
「そ、そうだね」
その後は目を合わせられずに、俺たちは教室へと戻った。
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