第23話 朱音の告白
鏡の前で髪の毛をセットしていると、隣に朱音が並んでリップを手にとった。
「彩音、今日はリップ付けへんの?」
「う、うん。今日はそんなカサカサやないし」
朱音の唇はぷるっぷるに潤い、わたしの唇はカサカサだ。
(アカン! 練習とか言うてキスするんやなかったわ。まともに顔が見られへん)
朱音の顔が今まで以上に見られなくなったわたし。常に、目線はやや下だ。
「彩音、そんなにあたしの唇見て、またキスしたいん?」
「違ッ」
と口元を隠すが、わたしの目線は朱音のぷるぷるの唇を見つめてしまう。そして、またキスしたいとも思ってしまう。
(わたし、とうとう変態になってしもうた。どうしよ……こんなん誰にも相談できへんし)
揶揄ってくる朱音は、何故そんなに普通でいられるのか。
そこで、わたしはハッと気が付いた。
もしや、あの百合DVDを観ることで、こういったことに耐性が付くのでは? あれ以上に恥ずかしいことなんてきっとないのだ。うん、きっとそうに違いない。卒業旅行までにあれを観て、朱音のように耐性を……。
なんともアホな考えに至っていると、母の声が聞こえてきた。
「はよ準備せえへんと、バス乗り遅れてしまうよ」
「せやった。お姉ちゃん、はよ準備……って、もうおらんやん」
既に朱音は準備を終えて玄関にいた。
「彩音。おいてくでー」
「お姉ちゃん、ちょい待って」
◇◇◇◇
そして、耐性がつくまでは朱音とは物理的に接触したくなかったのだが……。
「今日は人多いわね」
「うん」
電車の中は、いつにも増して満員だった。
自ずと朱音とくっ付くことに。しかも、前向きでくっ付いているものだから、ほぼ抱き合っている状態に近い。そして、顔も近い。
今までは、なんて事ない日常だったのに、昨日キスしたこと、卒業旅行でそれ以上のことをするかもしれないと思うと、意識せずにはいられない。
「彩音。そういえば、DVDにこんなシーンあったよ」
「DVDってまさか……」
「お父さんのやつ。再現してみよっか?」
「へ……再現!?」
ニヤリと笑う朱音。そして、逃げ場のないわたし。
「声出したらアカンよ」
「うそ、マジで!?」
ギュッと目を瞑れば——。
(あれ? 何も起こらへん)
「彩音、おりるよ」
「え、あ……うん」
いつのまにか、目的の停車駅に着いていた。
急いで電車を降り、何だかモヤモヤしながら改札を通る。
「なぁ、お姉ちゃん」
「ん?」
「何であんなことすんの?」
「あんなこと?」
わたしは、意を決して言った。
「さっきみたいな、エッチなこと言って揶揄ったり。昨日だって……」
「キスは同意の元でしょ?」
「でも、お……おっぱいも触ったりとか。卒業旅行でやるとか言ってたゲームとか、姉妹でこんなこと……やっぱ変やって」
これで、いままで通りの生活に戻れる。妙な百合漫画を互いに読んでしまったばっかりに影響されすぎたのだ。本来あるべき姿に戻らなければ。
階段を降りれば、同じ高校の制服を着た学生が沢山歩いている。いつものようにその中に入って行こうとすれば、朱音が立ち止まった。
「彩音と姉妹や無かったら良かったな」
「え……」
「彩音と双子の姉妹なのがこんなに嫌なんてな、初めてや」
「お姉ちゃん。何言うて……」
朱音は、無理矢理笑顔を作って歩き出した。
「なんてな。あたし、彩音が好きやねん」
わたしも急いで隣に行き、同じ歩幅で歩く。
「わたしだってお姉ちゃんのこと……」
「その好きとはちゃうねん。エッチなことしたいくらい好きやねん」
「……」
冗談には聞こえないから、何と応えたら正解なのか分からない。
「はは……言ってもうたわ。気にせんとって。彩音がしたくないなら、もう何もせーへんから」
「お姉ちゃん……」
「あ、藤井君や。揶揄ってこよ」
朱音は、寂しさを誤魔化すように藤井君の元に行った——。
「えっと……」
暫し、今の会話を思い返す。
『彩音が好きやねん』『エッチなことしたいくらい好きやねん』
それが頭の中で何度も何度も繰り返される。
ボンッ!
これが漫画やアニメだったなら、頭からそんな音がして湯気が出ている。それくらい顔が真っ赤になった。
わたしは真っ赤になった顔を両手で押さえ、俯いた。
「お姉ちゃんが、わたしのこと好き?」
これは、LikeではなくLoveの方。
「って、ことやんね? どうしよ……」
一人立ち止まっていたら、突然背後から声をかけられ、ビクッとする。
「大丈夫? 体調悪いん?」
「え、吉田君!? な、なんでこんなとこいるの?」
「何でって、ここ通学路」
「あ、そう、そうだよね」
気が動転しまくっている。一旦落ち着かなければ。
深呼吸をして、いつもの光景を眺める。何ら変わりのないいつもの光景。
「はぁ、ちょこっと落ち着いた」
「ほんと、大丈夫?」
「うん。てか、吉田君のせいだからね」
「え? 僕?」
キョトンとする吉田君。そんな吉田君に責任転嫁する。
「吉田君があんなリップをプレゼントするからさ」
だから、朱音とギクシャクしてしまったのだ。そう言おうとする前に、吉田君は勘違いして言った。
「え、まさか……違う人とチューしたん!?」
「は?」
「じゃけん2人、喧嘩しよん?」
「喧嘩って程じゃないけど」
「違う人なら僕としてくれたら良かったのに。そしたら、そのまま押し倒して……って、違うよ。僕は2人じゃけん応援しよるんよ。他の男に取られるなら、僕は引かんよ」
早口だし、言っている意味がよく分からないが、このままだとまたややこしくなる気しかしない。
「吉田君、違うから。チューは、お姉ちゃんとしたから」
それを言うと、ホッとされた。
「良かった。他に僕に出来ることあったら言ってね」
「う、うん。ありがとう」
「早く学校行かんと遅刻するね」
「だね」
そのまま、吉田君と足早に学校へ向かう。
しかし、どうしたものか。普通の恋愛ならともかく、こんなこと相談出来る相手もいない。相談なんてしてしまったら最後、周りに知れ渡り、親にまで噂が入って、朱音とバラバラになる未来が待っている。
でも、誰にも言わなくても朱音とわたしの心はすれ違ったままだ。
吉田君は、わたしの心を読んだかのように言った。
「自分の気持ちに素直になるのが1番だよ」
「え?」
「小鳥遊さんって、自分の気持ちに蓋しがちじゃろ?」
「そ、そうかも」
「周りのことなんて気にする必要ないけん。双子じゃけんどうとか、女の子じゃけんとか……今の時代、そんなん古いけん。多様性」
なんだろう。急に肩の荷がおりたような気がした。
わたしの気持ち。
わたしは、朱音のこと————。
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