第2話 想い人

 学校に到着すれば、下駄箱で早速初恋の相手である吉田君と遭遇した。


「吉田君、おはよう」


「あ、小鳥遊たかなしさん。おはよう」


 吉田君は、さわやかでも何でも無い地味目な男子生徒。成績も特段秀でているわけでもなく、スポーツができるわけでも無い。話しても普通だったりする。


 ただ、他の人と違うところが一つある。


「朱音さんは、今日は髪型いつもと違うんじゃね」


「へへ……分かっちゃった?」


 わたしと朱音の違いを判別できる特殊能力があるらしい。


 それが、興味を惹かれたキッカケだった。それから少し話すようになって、何となく居心地が良いことに気が付いたのだ。


 それ故、成り代わる際は全てにおいて気をつけなければならない。見た目は勿論、言葉遣いから仕草まで。


「じゃあ、また教室でね」


「うん、また後で」


 吉田君に手を振る朱音に、わたしは言った。


「今、自分で渡せば良かったんじゃない?」


「そんな、こんな人の多いところで渡して受け取って貰えなかったらショックでしょ」


「まぁね。それはあるかも」


「でしょ? だから、彩音。お願い!」


「はいはい。プリンの為に頑張りますよ」


◇◇◇◇


 昼休憩。


「中々、1人にならないね」


 3時間目と4時間目の間に、朱音と髪型をチェンジして、わたしは臨戦体制に入っている。


「吉田君は、ご飯の後は図書室に行くのよ」


「お姉ちゃん、よく知ってるね」


「毎日見てるから」


 そのドヤ顔に、若干苛立ちを覚える。


 同じ顔だけに、わたしもドヤ顔には気を付けようと思った瞬間だ。


 どうでも良いことを考えていたら、後ろから声をかけられた。同じクラスの藤井君だ。


小鳥遊たかなしさん、ちょっと良い?」


「あたし?」


「うん、朱音ちゃんの方」


 言い方がアレだが、仕方ない。


 藤井君は、吉田君とは真逆のタイプ。クラスの一軍にいるような、そんな存在。


「どこ行くの?」


「ここじゃちょっと……」


人気ひとけのないところに朱音を呼び出すなんて、朱音の方がモテるじゃん)


 と、内心羨ましく思っていると、校舎の裏手で藤井君は止まった。そして、振り返って勢いよく言った。


「あのさ」


「うん」


 最初の勢いはなくなって、藤井君は小さな声になった。


「彩音ちゃんって、誰かにチョコあげるんかな?」


「彩音? あげないと思うけど」


「そっか……」


 藤井君は、落胆したような、それでいてホッとしたような顔をした。


「じゃあさ、彩音ちゃんって、好きな人とかおらんのかな?」


「んー、いないんじゃない?」


「俺のことは? 嫌いとか言ってなかった?」


「どうだろ。藤井君のことが嫌いとかは聞いたことないけど」


 強いて言うなら、どうでも良い。


 そんなことより、プリンが逃……じゃなかった。吉田君にチョコを渡さなければならないのに、時間がなくなってしまう。


「話ってそれだけ?」


「あ、うん。俺、今日チョコ買って来たんよ」


「逆ヴァレンタインってやつ?」


「うん、それ」


「へー、やっぱ陽キャは違うなぁ。頑張って」


 普通に感想を言えば、藤井君は爽やかな笑顔で言った。


「おう! 彩音ちゃん、どんな顔するかな」


「は? 藤井君、彩音のこと好きなの?」


「入学した時から片想いしちょるんよ」


「へ、へぇ」


 わたしの顔は、茹蛸のように真っ赤っかだ。


「サンキュー、小鳥遊さん。昼休憩潰れてしまってごめん」


「いや、それは良いけど」


 わたしは、これから藤井君に逆ヴァレンタインされるのかと思うと、ドキドキが止まらない。


◇◇◇◇


 深呼吸して平常を装ってから、吉田君を尾行している朱音の元へと戻った。


「彩音。藤井君の話、何だったの?」


「告白された。いや、これからされるみたい」


「は?」


「本当、『は?』だよね。わたしも、一瞬固まっちゃたよ。本人目の前にいるんですけどーって、言いたくなっちゃった」


 照れを隠すように笑い飛ばせば、朱音は真剣な顔で聞いてきた。


「で、どうするの?」


「何が?」


「彩音は、藤井君の告白に、なんて返事するの?」


「えー、藤井君とわたしなんて釣り合わないでしょ」


「釣り合う、釣り合わないじゃなくて……」


「あ、吉田君一人になった。行ってくるね」


 わたしは、吉田君の元へと足早に向かった。


「吉田君!」

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