九度目の夢を
メイルストロム
夢の使い道
あの夢を見たのは、これで9回目だった。
訪ねてきたのは、私の弟子である
日も昇りきっていない薄がりの中、私は彼女を視た。平均よりも少し低い身長に、草臥れた衣類。泥まみれの靴。艶のない髪。そんな酷い風体だったが、その目だけは輝きに満ちていたのを覚えている。
──そんな彼女は今、紆余曲折を経て一つ屋根の下で生活している。勘違いの無いよう釘を差しておくが、彼女はただの住み込みの弟子だ。また彼女にも恋人は居る様子だが、あまり上手くは行っていないらしい。最近になってまた、酒の量が増えていた。
「師匠はさ、同じ夢を見ることってありますか?」
「極々稀にありますが。それが何が?」
「なんか最近同じ夢を見る事があって、ちょっと気になってるんです」
「同じ夢ですか。差支えなければ、その内容を聞いても?」
ほんの少しだけ意外そうな顔を見せた後、彼女は件の夢について話始める。
とはいえ、所詮は夢の内容。あまり面白いものでもないだろうと、私は勝手に高を括っていた。しかし話を聞いてみれば、存外に魅せられるモノを孕んでいるではないか。
「っていう具合でさ。夢の中で死んで、まったく別の場所で、死ぬ直前の肉体で生まれるんだ」
「面白い夢ですね」
「面白く無いっすよ師匠。夢の中とは言え、もう八回も死んでるんですから」
むくれっ面の彼女を宥めつつ、夢の中での死因を聞いてみる。しかしこれについては要領を得ない返答ばかりであった。
「それに刺された痛みとか、そういうのも嫌に現実味があるっていうか」
「ヨルは刺された経験があるのですか?」
「いやねぇっすけど……つか師匠、私が刺されるような人に見えます?」
「さぁ? 人は知らず知らずの内に恨みを買うこともありますし、ねぇ?」
「そこは嘘でも否定するところじゃないんですかね、師匠……」
「そういうものなのですね。では次からそう致します」
「…………なんか、師匠は誰かに刺されてもおかしくない気がしてきました」
なぜそのような事を言われるのか、皆目見当もつきませんが──もしも仮にそうなったところで、大して意味はありません。
今の私が死んだ所で、またすぐに次の私が動き出すだけですから。
「そうそう、一つ気になっていたのですがヨル。死因の中に老衰というものはありましたか?」
「…………老衰は一度もない、かな」
「ではいつか、老衰で死ぬ夢を見るかもしれませんね」
「なーんか経験したくないんだよなぁ、それ」
「──ではいっそ、不老不死にでもなりますか?」
そうなれば、私も退屈せずに済む。同機が居るとは言え、基本は同じモノから生じた者達です。性格の差などあってないようなもの。故に同じ時間を歩めるものを作る事もありました。その出会いは運命に委ねたものであり、私が選んだものではありませんが──それらがどうなったかは、秘密です。
リーヴラィズ・エルテナとしてあの夢を視たのは、今回で九度目。八度目までは運命に委ねていたが、今回はどうしてみましょうか?
別にこの機会を捨てたとして、何ら問題はないのだけれど。
──永い道行きには、愛玩動物の一つでも欲しくなるというもの。
「──師匠、冗談のセンスだけは成長しないっすね」
暫しの間を挟み、彼女は笑いながらそう答えた。それが彼女の答えならば、潔く受け入れましょう。老いによる死はいつか味わっていただくとして────その時までは傍に居てくださいね、
……その為に私は人形の技術を磨き続けて来たのですから。アルメリアも、キャシーも、日和子も、蓮華も、アルマも、晴義も、クレイグも、ショーンも最期まで気付かなかった。きっと貴女も最期まで気付けないのでしょう。
えぇ、大丈夫。大丈夫ですとも。何度だって、夢オチにしてあげますから。ですから、老いて衰えるまで傍に居てくださいね。
「────残念です。不老不死は、ヨルのお気に召さないものでしたか」
九度目の夢を メイルストロム @siranui999
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