お題が苦しいのは何処も同じ。

深海くじら🐋充電中🔌

自転車操業零細部

「さて、諸君。来るべき新入生部活動紹介の期日まで残り四週間を切ったわけだが、そろそろ今回のアレを決めたいと思う」


 教壇に立つ風花ふうか部長が厳かに宣言した。僕ら部員三名は緊張した面持ちで部長の次の言葉を待った。


「ご存じの通り我が書道部は、いまやその存続が風前の灯火となっている。明後日の卒業式で田山前部長以下五名の先輩方が名簿から消えてしまう今、『生徒規則第八章 部活動 第七十四則第二項 五名以上の構成をもって部とする』に抵触することとなり、四月中に一名以上の新入部員を確保できない限り廃部と相成ってしまう」


 ひとつ置いて隣とその向こうの窓際に座る先輩二人の顔色を窺うが、その表情からは内面を読み取ることはできない。


「そこで重要となるのが、入学式の翌週に行われる部活動紹介だ。恒常的に地味であることが約束されている我が部にとって、部活動紹介におけるパフォーマンスこそが唯一のリクルートチャンスであることは、皆もよくわかっていることと思う」


「だよね。去年は酷かったもんね」


 窓際から声が上がった。県知事賞ホルダーの榊先輩だ。


「折角の三メートル四メートルなのに、田山部長があんな言葉選んじゃったから余白だらけになっちゃって、結局新入部員はゼロだったからね」


 そうだった。新入学気分で浮ついていた僕らが体育館で見せられた書道パフォーマンスで大書された言葉は『布団』だったのだ。とてもじゃないが、あんな手抜きの部活には入ってられない。そう思って僕は入部を思いとどまったのだ。せっかく書道部のある高校に入ったのに。


「あれのせいで、武田も井上も辞めちゃったし」


 そう繋げたのはひとつ隣の橘先輩。


「私たちの時は前の三年生たちが中心になって魅せてくれた『天下無双』だったのに」


「そう。橘も私も、風花だってアレ見て入部決めたんでしょ」


 榊先輩の言葉に部長も頷く。


「県展佳作の青柳ヤギちゃんスカウトできたのも、結局二学期になってからだったもんね」


 榊先輩は僕に目を向けながらそう言った。


「田山部長は昭和の文豪に憧れていたから、一概に攻めるわけにもいかない。が、せめて画数の多い『蒲団』にすべきだった、とは私も思う」


 風花部長の言葉に、そういう問題じゃない、と先輩二人が声を揃えた。


「とにかく、今年の言葉はもっと新入生の胸に刺さるテーマでないといけない」


 黒板に向かい、力感の乗った達筆で『今年の言葉』と書いた部長は、校則に則ったカッチリした長さのスカートを翻して僕らの方に向き直った。


「そこで我々みんなで案を出し合い、最高にビビットな言葉を決めたいと思うのだ。今ここで、部員全員で」


          *


「それではこれから新入生の皆さんに、私たち書道部のパフォーマンスをお見せします」


 風花部長のMCを合図に、僕が最初の筆をおろした。男らしく力強い字で。

 次段を繋ぐのは榊先輩。流れるような筆致。

 僅かな時間差で橘先輩が続いた。もっとも重要な部分。

 最後に、マイクを置いた風花部長が大筆を振るって締めた。

 部長が筆を挙げたのと同時に、軽快な音楽が鳴りはじめる。僕と部長が大紙の左右に分かれ、下までおろしてあるバトンに紙の上辺を固定していく。榊先輩と橘先輩は墨液の大皿と筆を片付けている。そうしているうちにもバトンは吊り上がり始め、書いたばかりの文字の端から何本かの黒い滴を垂らしながら全体を露わにしていった。


 僕の書いた『タッタタラリラ』からはじまる四行詩が大きく墨書されたどでかい紙が、体育館の舞台に吊り上がった。その真下に整列した僕らは四人は、百人を超す新入生たちが見守る中、ちょうどサビに差し掛かった音楽に合わせて元気いっぱい踊って見せた。


          *


 連休を前に、僕ら書道部はめでたくも二名の新入部員を迎えることができた。どうやらあの身を切るダンスは、少なくともこの二人には刺さったらしい。


 でも、来年が大変だ。


 次期部長が確定している僕は、二人の新入生の後ろ姿を見ながら早くも胃が痛くなってきた。

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