パラレルパニック! わたしがアイドル!?
国久野 朔
偶像の次元
なんというか、今日は満月だから大人しくしていようと思った。
満月の日には、異界との境界が曖昧になるらしい。
そんな話を聞いたわたしは、ちょっと思うことがあった。ヤバイじゃん、それ。
ただでさえ、他次元に飛ばされやすい『体質』を持っているわたし。
138億年で初めて寂しさを感じた宇宙は、わたしに意思の一部を託した。わたしを通じて、他の宇宙とコミュニケーションを取りたいらしい。
どういうこったよ。
満月の日うんぬんは、たとえおとぎ話だしても、警戒するに越したことはないない。
というわけで、学校をサボって家でゴロゴロしているのだった。大丈夫、ちゃんと学校には、わたしが電話で『戸叶アキラの母でございます。娘が風邪をひいてしまって……』と、電話済だ。もう慣れたもの。どうせ、お母さん家に居ないしね。
いや別に、サボりたかった訳じゃない。違うよ? ただ、ちょっとこの頃次元絡みのトラブルに巻き込まれすぎただけだい。
そんなわたしは、とりあえずなにか食べようと階下に降りる。冷蔵庫を開けると、はて、何も無いぞ。戸棚を漁っても乾麺の類すらない。やばいなぁ。お腹すいたぞ。時刻はもう正午近く、起きて学校に電話してから、ずっとゴロゴロしていたんだ。「うーん」
どうしよう。お外出たくない。純粋に、着替えて外に出るのめんどくさい。でも、何も食べないのもなぁ。
しばしの逡巡のあと、わたしは部屋着のスウェットの上にコートを羽織るという、コンビニギリギリの格好ででかけたのであった。
で、落ちた。しっかりと。家を出たとたんだった。どこに落ちたかって?
次元のひずみだよ!
落ちる。そして浮遊感。大丈夫、これ。ちゃんと生きていける次元に着地できるんだろうね!
酸素がありませんでした、じゃあ済まないんだよ!
心の中で毒づくも、こうなっては仕方が無かった。もう諦めた。
どうせわたしは、平穏な人生とは無縁なんだからね。ま、どーにかなるだろう。なるよね?あーもう、なるようになれ!
とか思っていたら着地した。街中。結構な都会だった。交差点のど真ん中じゃん! 歩行者信号が青で助かった。周囲の人はわたしをジロジロ見ているが、特に何も言って来ない。
無関心な都会バンザイだ。
「ふぅ……」
とっとと渡ろう。さぁ、どうしよう。財布とスマホは持ってるけど、ちゃんと日本円使えるだろうな。スマホは多分無理だろうな、この次元じゃ契約してないだろうし。
わたしは急に背中がゾワゾワした。
なーんか、周囲から視線を感じるなぁ。気のせいかな、うん。
「あ、あのう」
頭を抱えたい気分に陥っているわたしに、おずおずとした声がかかる。振り向くと、知らない女の子。高校の制服、見たことない。
「戸叶アキラさんですよね?」
へぇっ? 確かにわたしは戸叶アキラだ。だけど、この子に見覚えは無い。正直に言ったものかどうか。よく見ると、女の子と同じ制服に身を包んだ子達が数人、遠巻きにこっちを見ている。
「違います」
とわたしは咄嗟に答える。トラブルの予感を嗅ぎつけた。
「あっ、そ、そうですよね。すみません」
女の子はペコリと頭を下げ、友達のところへ戻っていく。
「違ったー!」 と、きゃいきゃいしている子達を尻目に、わたしはそそくさと退散する。
と、その時だった。
ビルにかけられた大型ビジョンから声が響いた。「渋谷のみなさん、こんにちはー! 戸叶アキラでーす!」
はぁっ!? わたしはもうほとんど反射的に声がした方を見た。
画面の中には、水色のアイドルっぽい衣装を身につけた、『わたし』のそっくりさんが嘘くさい満面の笑みを振りまいていた。
は、はあぁぁー!?
マジかよ! この次元のわたしめ! アイドルなんかやってるんじゃない!
ふと、周囲ざわざわしているのに気づく。 なんと、ちょっとした人だかりができている。マジかよ。追っ払ったつもりの女子高生たちも、まだこっちを見ながらヒソヒソ喋っている。
まっずーい。さっさとここから離れよう。それで、ええと、マスクとサングラスする? かえって怪しい? っていうか、こっちのわたし、ずいぶん人気じゃないか。うっとおしいな!
「うあ、ダメだ……」
わたしは呟いた。人だかりが、もう人の壁になっている。抜け出せない。みんなわたしにスマホを向けて、カシャカシャピロリンと写真撮ってる。最悪!
今までにないパターンのピンチに、わたしはもう頭が真っ白だ。うわーん、誰か来てー! わたしが頭の中で、いるわけもない助けを求めたときだった。
「ちょっとどいて! 道を開けなさい!」
人壁の向こう側から、おっきい声。それはとっても高圧的で、甲高い。ああ、やだな。こういう声を出す人と、わたしは関わり合いになるのか。
声の主は、人波をかきわけ、ついにわたしと対面する。
「アキラ!」
髪を後ろで束ねた、メガネをかけたスーツ姿の女性だった。30歳くらいかな。大人の年齢よくわからん。
「アキラ! 探したのよ。さぁ、こっちへ」
そう言ってわたしの腕を引く。さぁ、どうしよう。人違いと弁明するか、このまま大人しくついて行くか。さいわい、周囲の人ごみは、スーツの女性に威迫され、たじたじ道を開けている。
よし、とにかくここを切り抜けて、後で逃げればいいんじゃない。
そう思ったわたしはね、女の人に着いてった。まんまと逃げおおせたわたしは、黒いセダンに乗せられた。運転席には運転手さんもいた。女の人はわたしのとなり。口を開いた。
「アキラ、どういうつもりなの。この後イベントがあることは、あなただってわかっているでしょう。あら……そのダサい服はどうしたの?」
うるせえな!
「あ、あのう。助けてもらってなんですが、人違いなんです。わたし、戸叶アキラじゃありません」
本当は戸叶アキラだけど。ややこしいから黙っておこう。女の人は肩をすくめて、ため息ひとつ。「なにをバカなこと言ってるの。あなたのデビューから見てきたわたしが、あなたを見間違うわけないでしょう。……あら」
女の人は、わたしの顔を覗き込む。
「そういえば、どことなく垢抜けない感じがするわ」
ほっとけ! 23区外在住で悪いか!
と思ったが、ここは口に出さないでおく。偉いぞわたし。
「そういうわけですので、わたしはここで。さようなら」
そう言って、車のドアに手をかけたわたし。反対の腕を、ガっと掴まれる。
「ひぇ、な、なんですか」
女の人はメガネをクイッと直し、わたしをジーッと穴が空くほど見る。
「あなた、本当にアキラに似てるわ。いけるかも」
いける? 誰が? どこに?
「お願い!」女の人がガバッと頭を下げる。
「今回だけ、替え玉頼めるかしら!」
「いやです。さようなら」
わたしは車のドアを半分開けた。またもや掴まれている腕をぐっと引っ張られる。いたいなぁ!
「そこをなんとか! お金をあげるわ」
お、お金? た、たしかに、この次元で生きていくには先立つものが必要だ。それに、ここから離れたところで行くあてなんかないんだ。
もらえるものは、もらっておく?
「それは、おいくらほど……?」 わたしの言葉に、女の人は隠しきれない笑みを浮かべた。この子、押せばいけそうね、と。
事実だけど。
「そうね、3万でどう?」
3万か。まぁ、いいか。でも、吊り上げられるものなら釣り上げたい。
「ドルで?」
「そんなわけないでしょ!」
いけない、いけない。交渉下手だな、わたし。しかし、ここは慎重に。3万円が、本当にわたしの次元の3万円と同価値か?
「あの、都会って自販機のジュースいくらくらいですか。あー、わたし、い・な・か・も・の! なんでわからないんです」
垢抜けないとか言われたことへ、ちょっとした皮肉を込めた。女の人も、ちょっとさっきの発言はまずかった、みたいな顔をしている。
「180円くらいじゃない」
え、たっか。高いけど、まぁ、最高値だとそんなもんか。わたしの地元だと160円くらいだけど。んじゃあ、貨幣価値はほぼ一緒、と考えていいかな。「3万8200円では……?」
と、わたしが思うギリギリを攻めてみた。が、女の人はニンマリ笑っていった。
「いいわ。だして」
『だして』は、わたしじゃなくて運転手さんに言ったっぽい。この余裕な感じ、もうちっと吹っかけられたな。くやしいよう。何やるかも聞かされてないのにな。
「あのう」
と、わたしは女の人の袖をくいくい引っ張る。
「何?」
うーん、冷たい反応。替え玉を受けたらもうこんな感じか。ま、いいけどさ。もらえるもんもらえれば。
「大人は信用出来ないので、前払いでいいですか」
と言ったわたしに、女の人はちょっと驚いた顔をした。みるみるうちに、その表情に憐憫の感情が宿った。
「今は持ち合わせがないの。でも、必ず約束は守るわ」
「あるだけでいいんで」
わたしは食い下がる。めっちゃ守銭奴みたい。でも仕方ないじゃない。今後、どうなるかわからないんだから。
「仕方ないわね」 女の人はフッと笑って、財布からお札を数枚取り出した。
「はい」
と、わたしに渡してくれる。
「どうも」
と受け取って、紙幣を見てみた。2枚の一万円札。知らん人の肖像。
なんとかさんじゃないんかい。あ、名前忘れちゃった。ああ、そうだ、渋沢さんだ。
紙幣にかかれた人物は、この次元特有の人か、わたしが知らないだけなのか。おそらく後者だろうけど。
「わたしは佐伯ケイ。よろしくね」
スーツの女性は、わたしを横目で見ながら自己紹介してきた。
「戸叶アキラです」
反射的に答える。しまった。偽名名乗るくらいすれば良かった!
ケイさんはちょっと目を丸くしたあと、わたしの方を見てちょこっと笑った。
「そう、いいわよ。アキラになりきっといてね」 わたしもアキラですが。
それよりもなんかもう疲れたよ。
「あと、どれくらいで着きますか」
「20分くらいかしら。なにをするのか聞かないのね。普通なら――」
「じゃちょっと寝ます。ぐぅ」
ケイさんの「はやっ!?」という反応を尻目に、わたしは夢の世界に跳んでいった。
わたしは肩をゆすられて目を覚ます。
「すぐ寝ちゃうなんて、よっぽど疲れていたのね」
表情と声色に哀れみが混じっている。
多分わたし、家出少女と思われてる? それはともかく、もう目的地に着いたようだ。
「さ、降りて」と促され、車を降りた。
「もう、時間が無いわ! 垢抜けないちゃん早く!」
と言いながら、ケイさんが走り出す。
「クソみたいな呼び方!」
着いた場所はCDショップ。事務所をお借りして簡易的な楽屋の雰囲気に。そこにメイクさんが待機していた。わたしは早速座らされ、メイクを施される。
「いい? 今日のイベントは、CDのお渡し会よ。CD引き換え券を持ってきたお客にCDを渡すだけ。かんたんでしょ?」
「かんたんなもんか!」
わたしはがなった。やったことねぇんだよ!「あ〜、ちょっと動かないで〜」
独特な口調のメイクさんにたしなめられる。これは素直にごめんなさい。
「う〜ん。ちょっと〜、アキラちゃん今日オーラないっすねぇ〜 」
ほっとけ。やっぱり、人には生まれつき向き不向きがあるのだ。ああ、どうしてこんなことに……。わたしのメンタルはガリガリ削られて行く。
メイク、ヘアメイクを終えて、衣装に身を包んだわたしは、鏡でもって全身チェック。衣装は大型ビジョンで見た、水色の衣装では無く、どッピンクのそれはキツいものだった。
えっ、やだ、これがわたし? げろげろ〜。 思わず吐き気が込み上げる。ああ、本当にわたしは、こういう世界に向いていないんだな。すごいな、こっちのわたし。
そして、その後わたしはというと……。
「いい、お辞儀しながらCDを渡す! お客の目を見て、はい! 笑顔!」
「ひーん」
めっちゃスパルタでお渡し会対策をしていた。 えーん、早く帰れる次元のひずみを探さなきゃいけないのに、いつになったら帰れるんだよー!
この次元での受難は、まだまだ続くのであった。
パラレルパニック! わたしがアイドル!? 国久野 朔 @kunikuni04
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