社交ダンスをやりましょう
あざみ忍
第1話 20年振りに社交ダンスを踊るまでの軌跡
はじまりは妻の一言だった。
「ねぇ貴方、ちょっとこれ見て頂戴」
1枚のチラシを渡され、僕は思わず眉をひそめる。そこには社交ダンス大会の開催を告げる内容が書かれていた。
「久方振りに出てみましょうよ」
「本気で言ってるの?」
「モチのロン♪」
最後に踊ったのは確か、妻と夫婦になる前。つまり今から20年も昔になるわけで。あの頃と比べると、僕たちはいろいろ変わった。特に体重なんて、幸せ太りも良いところだ。
「私、この優勝賞品がどうしても欲しいのよ」
「高級羽毛布団が、そんなにも気になるのかい?」
「えぇ。だってウチの布団、だいぶ痛んでいるでしょ。だから丁度いいじゃない」
「なんか優勝すること前提で話を進めようとしているけどさ。簡単にはいかないと思うよ」
「大丈夫。私たち、かつて社交ダンス界では天下無双してたペアなんだから」
そう、妻の言う通り、敵なしだった。だがあくまで20年前の話で、今じゃない。
「久しく踊っていない以上、一から頑張らないと、とてもじゃないけど優勝なんて無理だよ」
「じゃあ、一緒に頑張りましょう」
「……」
1つのことを言い出したら、最後までやらないと気が済まない妻の性格は分かっているつもりだ。つまりこの話題を持ち出した時点で、答えは決まっていた。
「仕方ない、やりますか」
というわけで、僕たち夫婦は20年振りに社交ダンスに挑戦することになった。
♢♢♢
大会まであと半年。
やる以上は結果を出したい僕は、まずは肉体改善から始めた。朝と晩に1時間のウォーキング。そして食生活も野菜中心のものに変えた。娘からは、「どうせ三日坊主で終わる」なんて馬鹿にされたが、妻の為に僕は努力を続けた。
大会まであと3ヶ月。
社交ダンスは全部で10種目に分かれている。
スタンダード種目のワルツ、タンゴ、スローフォックストロット、クイックステップ、ヴェニーズワルツ。
ラテン種目のルンバ、チャチャチャ、サンバ、パソドブレ、ジャイブ。
昔はどれでも大丈夫だったが、如何せん僕たちは競技から離れすぎていた。だから今回は初心者でも十分通用するワルツを選んだ。
大会まであと1ヶ月。
社交ダンスはまず予備歩。そして右回りのナチュラルターンに、左回りのリバースターン。これらは基礎中の基礎である。
続いてホイスクやシャッセなどのステップも忘れてはならない。お互いにお互いの足を踏みながらも、だんだんと昔の感覚を取り戻していった。
♢♢♢
そして大会当日。
「もしかして緊張してるの?」
「まぁね」
「大丈夫よ。貴方、ここまで必死に頑張ってきたのだから」
社交ダンスを再びやることになるとは思わなかったが、始めてみると夢中になっていた。最初は懐疑的だった娘も今では「お父さん、カッコイイ」なんて褒めてくれる。それが自信に繋がる。
「きっかけは高級羽毛布団かもしれないが、お陰で僕は生まれ変わることができたみたいだよ」
「そうね。なら再び、天下無双してやりましょうよ」
「あぁ、望むところさ」
何歳からでも人は頑張れる。僕はそれを皆さんに伝えたかった――
♢あとがき♢
作者は社交ダンスに詳しいわけではございませんので、ツッコミどころがあったとしても目を瞑って頂けると幸いです(笑)
社交ダンスをやりましょう あざみ忍 @azami_shinobu
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