我が家の朝【KAC2025】

空草 うつを

7:45

「いやっ、まだねんねっ!」


 そう言って布団に籠城するのは、ようやく人間らしい言葉を話し始めた三歳になるケイタだ。現在イヤイヤ期真っ盛り。起きて、といえば、こうして布団を被って真っ暗だからまだ夜だと屁理屈を言って起きようとしない。

 困ったものだ。だが私にはとっておきの秘策がある。

 7:45。ケイタがいる寝室の隣のリビング、そこにあるテレビをつけた。

 ぱんぱかぱんぱんぱーん、というラッパの音と共に可愛らしい動物達が画面をぐるりと行進した。思わず口ずさみたくなる軽快な音楽の後、番組のタイトルが画面いっぱいに現れた。

 そのオープニング曲にケイタは反応し、むくりと起き上がった。布団を放り投げて駆け足でテレビの前に陣取った。


「みんなー、おはよう!!」


 画面には、元気に手を振る若い男女が映っていた。その周りにはケイタと同じくらいの子ども達が集まっている。

 ケイタも負けじと画面に向かって小さな手をぶんぶん振って返していた。

 どれだけ泣いていても、怒っていても、機嫌が悪くても、この曲とおにいさんおねえさんの毎朝の掛け声を聞けばケイタは必ずテレビの前に来て手を振る。


「ユウキおにいさんは、毎朝とっても元気だよ!」


 歌を担当しているユウキおにいさんは今日も爽やかだ。何を隠そう、私はユウキおにいさん推し。ケイタが生まれた時からおにいさんとして番組に出ていたので、3月のこの時期になると番組を卒業してしまうのではないかとハラハラしてしまう。


「メイおねえさんも、元気いっぱい!」


 同じく歌を担当しているメイおねえさんは、ケイタの推しだ。メイおねえさんが出てくるとキラキラと目を輝かせている。あこがれの年上の女性なのだ。今も、メイおねえさんの言葉に大きく頷きながら拍手している。


「3月3日はひなまつり。今日はこの歌から始まるよ」


 ひなまつりの曲からスタートした番組は、番組オリジナルの歌や人形劇と続く。ダンスをメインとした曲もあり、今月はロックテイストの曲になっていた。その曲名は『天下無双のロックスター☆』。


♪僕は天下無双のロックスター☆

泥んこまみれもへっちゃらさ

水たまりだってジャンプしてばしゃーん!


 親としてはたまったもんではないが、子どもはまさに無敵だ。ケイタも公園では必ず土まみれになる。虫だって平気で触るし、まだ小さいのにジャングルジムの高い所まで登ろうとする。危なっかしくて冷や冷やしているのだが、ケイタはそんな親の心配などお構いなし。公園でのケイタは天下無双、という言葉がしっくりくるかもしれない。

 いや公園だけではない。家でもクレヨンで壁に傑作を書き残しているし(消すのに苦労した)、パパを馬にして廊下を闊歩しているし(床が固いので膝がやられる)、祖父母はケイタの言いなりだ(孫が可愛すぎる)。なかなか無双しているなと苦笑いした。


 歌を歌いながら踊るおにいさんおねえさんをお手本に、ケイタも見よう見まねでダンスしている。

 手を振ったりお尻を左右にふりふりする簡単なダンスだが、一生懸命にお尻をふる様を後ろから眺めるのが私の癒しのひとときでもある。ジャンプをすれば、まん丸のほっぺがぷるるんと震えるのにも可愛さが過ぎて悶えてしまう。

 ひとしきりダンスをした後、おにいさんおねえさんのお絵描きコーナーをはさんで体操の時間になった。

 体操担当のおにいさんおねえさんにバトンタッチし、曲に合わせて簡単な体操をする。体操、といってもダンスであることに変わりはないのだが。


「今日も一日、元気に遊んでね! ばいばーい!」


 おにいさんおねえさんが手を振る姿を映して、番組は終了する。ケイタも全力で手を振り返して答えていた。


「ママー」


 振り向いたケイタは、さっきまでの不機嫌顔が嘘かのようににっこりと笑っている。どうやら起きたようだ。朝ごはんを準備しなければ。


「なぁに?」

「たくさんおどって、ちゅかれた。ねんね!」


 そう言って、ケイタは再び布団に潜り込んだ。

 我が家の朝(の戦い)は、始まったばかりだ。




おわり

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我が家の朝【KAC2025】 空草 うつを @u-hachi-e2

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