アフロファイアーダンスの夢を見る

めぐすり@『ひきブイ』第2巻発売決定

天下無双のお布団ダンサー

 お布団は天下無双である。

 お布団の前では誰もが倒れ伏し、意識を奪われる。

 どれほど強き者もお布団には敵わない。

 この事実だけとってもお布団が世界最強の存在であることは疑いようがないだろう。


 疑う人は不眠症かもしれない。

 ただ不眠症でも十日近く一睡もしなければ死ぬ。

 つまりお布団の敵ではない。


 古代ローマ時代では最高級羽毛布団を用意するための過酷な試練があった。

 最高級の羽毛アイダーダウンの産地であるアイスランドからアテネまで、高級羽毛布団を抱えて4241kmを踏破したお布団マラソンが行われたのだ。

 途中の睡眠で抱えている最高級羽毛布団を使うと失格になる過酷なレースである。

 そんな歴史的事実にあやかり、四年一度平和と睡眠の祭典お布団ピックが開かれている。

 これらのことは周知の事実なので今更先生に説明する必要はないだろう。


 そうお布団ピックだ。

 五つの布団とふっくらした枕のマークが有名な世界的祭典だ。

 そのお布団ピックが俺を狂わせた。

 なにせあのお布団ピックがこの東京で行われるのだ。

 今からでも出場資格が取れる競技はないか。

 真剣に考えた。


 過酷なお布団マラソンは無理だ。

 花形だが過酷すぎる。

 アイダーダウンの羽毛布団を持っていたら使って寝るだろ普通。

 百万円以上するお布団だぞ。

 開始十秒で布団を敷く自信がある。

 即失格で寝れやしない。

 お布団マラソンは諦めた。


 では眠りに入るまで高速バトル早寝競争はどうだろう。

 無理だ。

 年寄りにはかなわない。

 早寝のプロは普段から起きているか寝ているかもわからない。

 各国の代表選手は十秒を切るのが当たり前だし、世界記録は一秒を切っている。

 今から飛び込める世界じゃない。


 眠っている時間を競う快眠競走も同様だ。

 十二時間以上眠れたことのない俺に参考記録の十六時間は無理。

 不可能だ。

 出場選手は熊に違いない。

 俺も冬眠できれば狙っていた。


 それならばお布団上の格闘技寝具ラッシュバトルはどうだろう。

 階級はキングベッド、クイーン2ベッド、ワイドダブルベッド、クイーン1ベッド、ダブルベッド、セミダブルベッド、シングルに分かれている。

 俺の体格ならばセミダブルベッド級になると思うが、この階級はスピード勝負の打撃中心になる。

 知っての通り寝具ラッシュバトルは布団越しや枕での攻撃のみが有効で、それ以外は反則負けだ。

 頭互い違いで布団に寝ている状態からスタート。

 布団の外に出ても退場で負けとなる。

 昔は布団を持っての押し出し勝負だったが、近年は高度な戦術が求められるお布団ピック花形競技だ。

 それもこれも日本勢が、お布団柔術で抑え込みからの枕落としという絞め技で勝ちまくったせいなので頭が痛い。

 階級が上がれば柔道の猛者達が出てくるし、低い階級はいかに早く起き上がった勢いで枕を掴み殴りつける先手必勝の反射速度勝負になってくる。

 この戦いも厳しいだろう。


 他にも十段重ねのふっくらしたお布団の上を走り、相手よりも早く旗を取るお布団フラッグもあるが、これも駆け足の速さ以上に転げない強靭な体幹と足腰が必要だ。

 本気で勝ちを狙いに行くのは難しい。


 なにかないのか!

 必死に探している東京お布団ピックから導入されたお布団ブレイキンを見つけた。

 小学生の時から得意なダンスならば俺でもお布団ピックを狙える。

 そう信じて俺は駆け抜けた。

 そして日本代表としてお布団ピックの舞台に立ったのだ。


「ここまで各国の華麗なお布団ダンスの妙技が繰り広げられましたね。ただでさえ足を取られる二十段重ね。お布団の上から落ちると失格。一つのミスが命取りとなる。掛け布団と枕の使い方にも注目です。さて、ついに代表選手が登場しました」


 実況するアナウンサーの声。

 登場する俺。

 湧き上がる会場。


『トシオ! トシオ! トシオ!』


 巻き起こるトシオコール。

 誰だよトシオ。

 名前が間違ってるよ。

 読みも文字数も何一つかすってないし、本当にトシオは誰なんだよ。

 異様な熱気に包まれたまま俺は踊った。

 でも俺にできることなんか一つしかない。


 スタートと同時に三角倒立の要領で掛け布団を真上に蹴り上げた。

 ここで真上に飛ばず掛け布団が布団の外に落ちれば失格だ。

 練習でも数回しか成功していない大技掛け布団スカイステーション。

 成功した!


 倒立しながら頭は枕に。

 足はピンと真っ直ぐ伸ばし、掛け布団が落ちてくる前に俺は回転を始めた。

 倒立しながら足の形を変えるフリーズやパワームーブをする時間はない。

 二十段重ねの敷き布団、枕、俺、スカイステーション掛け布団。

 この四位一体の大技に小技は不要だ。

 成功すればメダルを狙える。


 さあ回れ。

 廻れ廻れ廻れ。

 旋回しろ。

 回転しろ。

 全てを巻き込んで渦を作れ。

 伸ばした爪先に宙から舞い降りた掛け布団が触れる。

 引っかかる。

 爪先から回転を伝えて掛け布団を巻き込みながら、また蹴り上げる。

 掛け布団は回転しながらまた舞い上がる。


「これはトルネード! ここで幻の大技お布団トルネードを繰り出してきた! 螺旋が伝わり、二十段の敷布団に捻じれていく! 枕とトシオは高速回転! 掛け布団回転し真っ直ぐに上下運動! これは決まった! 一切回転軸がブレることがない完璧なトルネード!」


 だからトシオって誰だよ!

 心の中で叫びながら俺はさらに力を加える。

 もっと!

 もっともっともっと回転を!

 全て捻れてしまえ!


「熱狂の渦に包まれる会場! 熱い! 熱気と熱狂に燃え上がる! ん? 待ってください! 本当に燃えていませんか? まさかトシオは枕と敷布団を摩擦熱で燃やさそうとしているのか!?」


 えっ?

 火が出ている?

 マジで!?


「燃えた! 着火した! 回転軸に沿って炎が走る! これはファイアトルネード! 火災旋風! トシオは人力で火災旋風を巻き起こした! これは世界初の大技トシオトルネードだぁぁーーーっ!?」


 だからトシオって誰なんだよ!

 世界初の技でやった人の名前がつく奴で名前を間違えんなよ!

 トシオトルネードじゃないんだよ!

 熱い。

 熱いんだよ。

 つーか実況している暇があるなら消火しろよ。

 死ぬ。

 このままじゃ俺死ぬ。

 焼け死ぬだろうが!


 そこで俺は目覚めた。


 ●  ●  ●


「そんな夢を見て今朝起きたら髪型がアフロになってました」


「そっか……長いよ。夢の話が長い。ただ力作なのは伝わってきた」


「ならオッケーですか」


「ああ。お前はアフロオッケーだトシオ」


「先生。俺はトシオじゃないっす」


 こうして俺はアフロでの登校を許可された。

 うちの高校は校則が厳しくて髪型や髪色にも制限があった。

 その校則が変わったのが昨日のこと。

 理由を先生に説明して、納得させれば好きな髪型や髪色にしていいと変わったのだ。


 そして始まる大喜利祭り。

 みんな思い思いのあり得ない髪型や髪色して、先生を納得させる大喜利を披露している。

 だが俺のアフロを超える理由はないだろう。

 そう思っていたのに……。


「おっ……小鳥遊。お前もアフロか。アフロで挑んできたのはお前で二人目だ」


 なに二人目だと!?

 思わず俺は振り向いた。

 そこにいたのは俺よりも一回り大きなアフロで。


「理由を話してみろ。どうしてその髪形になった?」


「昨日帰り道にトリの降臨がありまして」


「トリの降臨?」


「頭に住まわせてあげようとアフロにしました」


 ……こいつはバカか。

 その理由は俺も考えた。

 鳥を飼うためにアフロにする。

 誰もが思いつく言い訳だ。

 でも無理なんだ。

 その口実を封殺する返しを先生は持っている。


「ほう……じゃあ飼っているトリを見せてくれ」


 ほら返された。

 小鳥遊……お前にアフロはムリだ。

 諦め……なに!?


「はい」


 小鳥遊のアフロの中から鳥が……トリ?

 鳥に似たジッパー付きの何かが顔を出して、すぐに引っ込んだ。

 なんだ今の!?

 飼っている。

 まさか小鳥遊は頭のアフロに生物を飼っているのか!?

 これには先生も驚いたのか両手をあげて降伏した。


「ふっ……本当に飼っているとはな。俺の負けだ。小鳥遊にもアフロを認めてやるよ」


「ありがとうございます。でも俺は小鳥遊じゃないっす」


 二人目のアフロが現れた。


「……小鳥遊」


「……トシオ」


 二人とも名前を間違っている。

 こうして永遠のライバルとなるファイアダンサートシオと小鳥飼いの小鳥遊の運命は交錯した。

 


 



 

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