売店

「ま、やっぱり帰ってるか」


 翌朝、優真が帰った形跡があったので、寝室を見るとやっぱり帰っていた。まぁ、優真が朝に居た事ないもんな。片想いを拗らせた私的には寂しい気持ちになる。


  私が優真を癒せたらいいが現状癒せる存在でもない。せいぜい、私は優真を友達として心配するしか出来ない。


 片想いを拗らせたままの私じゃあ、優真の心配すら出来ない。早く私を好きになって欲しいという願望が出て来てしまう。


 ……だから、そんな私をしばらく心の奥に押しやるしかない。自分を更に嫌いにならない為に、能天気で明るい私で居る為に。


「いつも私より早く帰ってるよね」


 優真の寝ていたベッドに座って、まだ少し残っている優真の温もりを感じる。


  私はこれでも毎日六時に起きてるのに、優真が一体何時に起きて帰ってるんだと思うくらい早い。

  後、ゴミ出しの日はゴミを出して帰ってくれるのは地味にありがたいけども。


「さて、朝ごはん何作ろ〜かな」


  ベッドにこのまま座ってられないとさっさと冷蔵庫へ。


 ガチャリと冷蔵庫を開けると、殆ど何も入ってない冷蔵庫内に、そういえば昨日買い物行くの忘れてたんだったと真顔。


「あ〜。うん。お米はあるから卵かけご飯とインスタントの味噌汁でいいや」


 おかずがないから、お昼は久しぶりの売店戦争に挑まなければならない。売店戦争、あれに挑むのが嫌で自炊してる所あるのに。


 ご飯と身支度を済ませて、外に出ると元気に出ている太陽と丁度いい風を感じる。だが、私の気分的にはそれと真逆である。


 売店行くのがもうダルいととぼとぼと、ダルダルオーラ全開で学校へ向かっていると、麗しい長身のお貴族様⋯⋯じゃなくてエルちゃんの後ろ姿が。


「お〜い! エルちゃん〜」


  元気良く後ろから声を掛けるとエルちゃんは爽やかな風と共に振り返って、その朝の太陽にも負けず劣らずの後光が心なしか差してる。


「やぁ、おはよう。紫亜」


  エルちゃんが朗らかな笑顔を私に向けると周囲の女性陣からは黄色い悲鳴が湧き上がる。


  ここはアイドル現場の会場かな?


「一緒に登校しよ〜」

「ああ。構わないよ」

「エルちゃん、今日もおばあちゃんのお弁当?」

「ああ。そうだね。紫亜もいつもお弁当だろう?」

「それがですねぇ。私とした事がうっかり昨日買い物に行き忘れて、今日は売店なのですよ」


 ゲンナリとした声でついつい愚痴のように言ってしまうが、本当にしょうがない。


  売店戦争、本当に目当ての食べ物を取らなければあっという間に人気の物は無くなってしまう。その上、人混みに紛れてどんどん流されるし、初めて行った日の事を思い出すと本当に苦々しい思い出だ。


  あの時に買えた物はやっとの思いで目の前の物を掴んだ時にゲットしたツナサンドと売れ残ってたレーズンパンだけだった。その時は本当はカレーパンが食べたかったのに。


 どうせ、売店行くなら、私だって人気のカレーパンとかメロンパンとかカツサンドとか食べたい。その後に何回か行ってはみたが、一度も現物を見た事ないし、そんなしゅんとしてた私を可哀想に思った同級生や先輩達から慰めのようにお菓子を貰ってしまったけど。


「おや、そうなのかい。そういえば、私は売店に一回も行ったことないな」


 記憶を辿るように考えるポーズをするエルちゃん。その姿が本当に様になっていて、見ている周囲の女性陣はうっとりしている。


「ま、エルちゃんは美味しいおばあちゃんのお弁当があるもんね」

「ああ。だけど、一度、売店に行ってみたいな。⋯⋯ああ、そうだ」

「ん? どうしたの?」

「私が紫亜の代わりに買いに行ってみてもいいかい?」

「え、おつかいしてくれるの? 本当に?」

「ああ。⋯⋯紫亜が良いなら、だけども」


 エルちゃんは念を押す私を不思議そうに見てくる。それはそうだろう。この目の前のお貴族様はあの売店戦争の熾烈さを知らないんだ。


  優真みたいにフィジカルで欲しい物を取っていく育ち盛りの運動部達と争わないといけない。


 運動部ですらない帰宅部や文化部は殆ど勝てないのだ。


 だけど、本当に目の前の争いとは無縁そうなお貴族様のエルちゃんにこんな事を頼んでも良いものかと少し考える。


 でも、エルちゃんは一回、お昼の売店がどんな感じか見てみたいというのは本当なのだろう。


 ⋯⋯うーん。


「じゃあ、任せてもいい? お昼、一緒に売店に行こ」

「ああ。⋯⋯ふふっ。楽しみだな」


  爽やか過ぎる眩しい笑顔で私を溶かすレベルの光。


 ⋯⋯私はもう流石に慣れてきたが、他の人には殺人級のスマイルだ。


 ほら、近くのエルちゃんのファンクラブ会員っぽい人達がバッタバッタと倒れてく。


  うわ。凄いよ。この人、笑顔で人を倒せるんだ。








  ついに来ました。お昼が。


「紫亜、売店に行こうか」

「あ、うん。いこいこ〜」


 スっと立ち上がって私に手を差し伸べる仕草も何処ぞの王子様くらい様になってる目の前のお貴族様……じゃなくてエルちゃん。


 エルちゃんって本当にお忍びで入学してきた王族じゃないの? マジで?


「え? あのいつもお弁当のエル様が、売店……??」

「あの戦争にエル様が赴くの?」


 などと動揺しまくりのクラスメイト達。そうだよね。私もそう思ったけど、本人が行きたいって言うんだよ。私は悪くないから刺さないでね。


 心の中でそういう事をお祈りしながら、エルちゃんと売店へ向かう。


  お昼開始時点でエルちゃんが教室から出歩いてるのが珍しいのか、皆、ザワザワしている。


そうだよね。こんなキラキラオーラ全開のお人が売店へ向かってるんだもんね。ザワザワするよね。一番本人が出向いて使いそうにないよね。売店って。

  むしろ、お付きの人とかが買ってきそう。


「凄いな⋯⋯」


  売店に着くとエルちゃんは驚きが滲む声で売店に群がる人々を見つめている。


  感想が本当にお忍びで来たお貴族様だよ。エルちゃん。


「ふむ。⋯⋯紫亜」

「うん〜?」

「何が食べたいんだい? 買ってこよう」

「カレーパンとカツサンドとメロンパン! 全部食べたいけどどれか食べたい! 無ければ、余ったのでいいよ〜」


 エルちゃんにお金を渡しながら、そう言うとエルちゃんは「分かった」と気持ちの良い笑顔であの売店戦争の人混みの中に入って行った。


「え、エル様!? 今、エル様の高貴なお身体に触れてしまったわ!?」

「貴族だ! 貴族の東が居る〜!?」

「こんな至近距離でエル様を見てもいいの!?」


  男女共に困惑の声や悲鳴が聞こえる。


「私は⋯⋯うん。悪くない悪くない」


  そう必死に言い聞かせて、人混みに居るのにエルちゃんの前の道がどんどん切り開かれて行く様は完全に偉い人の前を開ける民達だ。


  いや、本当にあの人、何者なんだろう。私と同じ庶民……なのかな?


 エルちゃんが売店で無事に買えたみたいで腕に頼んだパン以外にも色々抱えて戻ってきた。


「はい。頼まれた物だよ」

「ありがとう〜! って!! 多いよ!?」


  あまりにもいっぱいくれたから思わずノリツッコミしてしまった。


 私が頼んだカレーパン、カツサンド、メロンパンはちゃんとあるんだけどその他の物もある。


「フルーツサンド、焼きそばパン、シュークリーム、クロワッサン、揚げパン⋯⋯なんで!?」


  全部、他にチャンスがあれば食べてみたいな〜でもすぐ売れるもんな〜って思ってたパン達だ。


「いや、何故か他の先輩や同級生達に貰ったんだ。なんでだろうね?」

「本当に……ナンデダロウネ」

「そうか。教室に戻って山分けしようか」


 にっこりと春風の様に微笑み後光が差してる。周りの生徒達男女共に眩しそうにしている。女子は倒れ、男子は乙女にされたかの様にうっとりしている。


  でも、何となくエルちゃんがパンを貰った理由は分かる。


「⋯⋯あ、あの東を俺、至近距離で見てしまった⋯⋯お、俺、あんなにドキドキしたのは初めてだ」

「エル様をあんな距離でタダで見れるなんて……何かのバグでは?」


 などと言ってる同級生や先輩達の声を聞いていたからだ。


  うん。タダでエルちゃんを近距離で眺めるのは悪いと思ったんだろうね⋯⋯。あれ? 同じ一般生徒なのになんで? エルちゃんってやっぱりアイドルかお忍びのお貴族様?


 私の頭に宇宙猫が佇みながら、教室に戻り、色々と気になっていたパンをエルちゃんとはんぶんこにして食べる。


「うわぁ! 本当に美味しい!! このフルーツサンドはノーマークだったけど食べれて良かったかも〜」

「ふふっ。紫亜が喜んでくれるなら良かった。⋯⋯本当に美味しいね。私も売店で皆があんなに慌てて食べ物を取ってる気持ちが分かったよ」


 分けたフルーツサンドをエルちゃんも食べて、微笑む。微笑みでピカーってキラキラオーラ出てる。本当に美味しいんだろう。


「あれ? エルちゃん、おばあちゃんのお弁当はいいの? 私は結構食べれるからいけちゃいそうだけど」

「私もこう見えて結構際限なく食べれるんだ。油断すると太るから、お弁当だけにしているんだけどね。たまにならいいさ」


 え? エルちゃんって体型気にしてるの?


 いや、でもそうか気にしないと際限なく食べるのなら、あのアメリカに住んでたらなら、意識的に気にしないと高カロリーの物を凄い食べてしまうのかもしれない。


「アメリカではそんなに食べてたの?」

「ああ。向こうでは基本的に朝も高カロリーな物を食べてたからね。量やカロリーを意識的に考えないとすぐ太るんだ。⋯⋯小さい頃、少々太めだったから、思春期になって体型を戻すのは大変だったな。うちの両親は食べる事が大好きで毎回大量の高カロリーな食べ物が出てきてね。本当に誘惑を断ち切るのと、カロリー計算と運動が大変だったな」


 あのエルちゃんが遠目で嫌な思い出だったのだろう。凄く苦労したというオーラが出ている。


それにしても、このエルちゃんが小さい頃は太ってただなんて想像がつかない。でも、食べ物は棒ピンク色の生き物みたいに勢いよく無くなっていく。


  私も結構食べる方だけど、エルちゃんも食べる方って言うのは本当みたいだ。ただ、食べてる時まで高貴なんだよねぇ。エルちゃん。


  そして、私達の席だけまるでフードファイターみたいになってるし。


「まぁ、でも日本ではおばあちゃんのお陰でバランスよく食べれているからそんなに気にしなくて良くなったのは気が楽かな」

「そっか。エルちゃんのおばあちゃんは料理上手だもんね!」

「ふふっ。そうだね」


出ました! 殺人スマイル!! 周りのクラスメイトはノックダウン! うん。エルちゃんの勝ちだね。

などと日常茶飯事であるクラスメイトの黄色い悲鳴があちらこちらで聞こえた。


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