白猫は泣けない
村雨
第一章
始まり
「ちょっと、
「え〜。今日は泊まらないの?
「泊まらない。帰る」
紫亜と呼ばれたのはこの私、
まぁ、私達は所謂セフレでもある。そして、小学生の時から長年拗らせた片想い相手でもある。
何故こうなったのかというと、高校生になるので一人暮らしをしたいと家族に申し出たら、叔母さんが大家をやってるアパートなら良いよと言われたのでそうした。
そこで一人暮らしが出来るのなら、優真に告白しようとイキってた癖に全然告白出来ずにひよってしまい、「セフレになろうよ」なんて頭の沸いた事を言ってしまったが、何故かすんなり「性欲は私も発散したいから、まぁ、紫亜なら⋯⋯良いか」と妥協された感は否めないが、好きな人に許可を貰った。 そして、長年片想いを拗らせた相手との関係は悪友兼セフレになってしまった。
優真はまぁ、身長が一六八センチもあってほぼ平均身長の私よりも高くて、その上、アッシュグレージュの髪色がハーフアップの髪型に良く似合う顔立ちの美人だ。
制服のシャツを身に付けてる姿を見てると、本当にスタイルが良い。絶対母親が美人でスタイルが良かった元モデルの血を引いてる。羨ましい。
「夜ご飯は食べる?」
「食べない。母さんが焼肉屋行くから早く帰っておいでってメッセージ来てたから、帰る」
「ちぇ、焼肉なら仕方ないね」
平日も休みも関係なくこうやって優真が来たい時に私の所に来るようになった。ちなみにもう合鍵は渡してる。
「じゃ、帰るね。⋯⋯あ、」
「何? 忘れ物?」
「いや、あんた、そのピアス気に入ってるの?」
優真が指差したのは私の右耳に付けてる片耳ピアス。これは優真が中学生の時に私に似合いそうだからとくれた白猫のピアスだ。
あの時は誕生日でも何でもなかったのになんでだろうとは思っていたが、後に優真に聞いたら「紫亜って髪色が白いし、猫舌だし、なんか猫みたいだなって思ったからよ」とストレートに言われた。
なんだ。猫みたいって、と思ったけど、それを上回るレベルで優真に初めてプレゼントを貰った事が嬉しくて、それまで付けてたピアスも付けなくなった。
「うん。お気に入り」
「そ、じゃあ」
元気に答える私にそれだけか〜と残念な気持ちになった。今まで聞かなかっただけで、少し疑問には思ってたのかもな。
「気を付けてね〜」
ベッドからひらひらと手を振る私を一瞥して、優真は鞄とスマホを持ってさっさと出て行ってしまった。
「泊まらないなら泊まらないって早く言ってくれよ〜」
なんて天井に向かってボヤくが、当の本人には届かない。
「せっかく来るってメッセージ来てたから、二人分のご飯買ってきたのに」
仕方ない。紫亜ちゃん特製ハンバーグは私が責任持って二人分消費しよう。
朝、昨日はやはり二人分の特製ハンバーグはキツかったので残りはお弁当のおかずとして詰めた。そして余った分はまた冷凍。
別にすぐに食べるから良いけどね。私の特製ハンバーグがバカデカく作り過ぎただけだし。
「紫亜ちゃんの料理の腕が怖い。すっごく美味しい。最高の出来栄えだ!」
うんうんと自分の自己肯定感を爆上げさせながらホットサンドを食す。
「具のベーコンとレタスとトマトが最高だ〜。やっぱりBLTサンドは定番だけど美味しい〜」
具もだけど、バターで焼いた食パンが良い味を出している。
「優真が居ればもっと美味しかったのになぁ」
本当に長年拗らせた片想いというのは怖い。優真は友達として気さくに私に接してくれたのだろうけど、小学生の頃の私は性格がねじ曲がっていて、他人に無関心だった。
まぁ、そんな性格終わってる私になんでもない話をしてずっと友達で居てくれた優真は優しい。そういう所が好きだ。好きになってしまった。
中学生になる頃には流石に社交的な性格になったけれども。
髪をセットしたり、朝の準備を終わらせて、早く優真に会いたいな、といつもの景色が変わるくらいワクワクとした気持ちで学校へと向かった。
クラスは優真と違うから一年三組のクラスに行って、席に着く。すると前の席の
「紫亜」
「何〜。エルちゃん」
彼女は見た目が麗しいアメリカ人ハーフの子で高身長、まるでどこぞの貴族様かと思うプラチナブロンドの綺麗な長い髪を後ろに束ねている。その美しい蒼色の瞳に見つめられたら、発狂物だとよくファンクラブの女子が言っていた。
まぁ、エルちゃんって確かに見た目が良いし、優真と並んで立ってる時は私よりも本当にお似合いでなんか嫌。そういう嫉妬がシンプルに出て来たレベルだった。
「ここの新しく出来た喫茶店が日本茶と抹茶ケーキが美味しいらしいってクラスメイトの子から聞いたんだけど、紫亜さえ良ければ帰りに寄って行かないかい?」
「暇だし別に良いけど、エルちゃんから誘われたら嬉しい子がいっぱい居るんじゃないの?」
「私、個人としては紫亜と一緒に行けたら嬉しいんだけどな」
めちゃくちゃ困り眉をしつつ、良い声で言ってくれるんだけどなぁ。私としても美味しい物を食べられるの好きだから誘ってくれるのは嬉しい。
実際エルちゃんって高身長で顔がどこぞのおとぎ話から出て来た貴族様みたいにルックスが良いし、モテるから、私がファンクラブの子達に刺されないかヒヤヒヤするって意味でも言ってるんだけどな。
「そっかぁ〜。じゃあ放課後一緒に行こっか〜」
「良かった。紫亜、約束だよ」
エルちゃんの春風のような爽やかな微笑みに人懐っこくニッコリと笑って見せるも、私は内心、本当に刺されないかヒヤヒヤした。
放課後、隣で歩く浮世絵離れしたどこをどう見てもお忍び貴族様⋯⋯もといエルちゃんと噂の喫茶店に行く。
そこの場所に向かってる最中によく、エルちゃんが「モデルに興味ありませんか?」とか「芸能界に興味ありませんか?」とかスカウトの嵐が凄かったし。
まるで私がおまけのように「あなたも興味ありませんか?」って言われたし。
そりゃあ、隣にこんな浮世絵離れしたお綺麗な貴族様居たら、そっちに声掛けるよねって思うけども納得いかない。私も美少女の筈なのに。やっぱり、貴族の隣では霞むのか⋯⋯どんな美少女も。
「お、美味しい〜。こんな濃厚な抹茶ケーキ、中々食べられないよ。苦労してここに来て良かった〜!」
本当に苦労した。エルちゃんが女の人にナンパされまくったり、スカウトされまくったりして店に辿り着くかなって不安だったけど。
「そうか! 紫亜も気に入ってくれたのか。私もここの味、本当に美味しいなと思っていたんだ。この日本茶の渋味も良い。また一緒に来ようか。紫亜」
目を細めて、純粋に喜んでいる目の前の貴族様⋯⋯眩しい。私の近くの女子も皆、その眩しさに当てられている。
だけど、まぁ、エルちゃんはわざわざ日本の事を学びたいからってアメリカの両親の元を離れて、祖父母宅から通ってるって言ってたし、知らない土地に自ら進んで行くというのは凄いと思う。私も知らない土地に住んでた事あるから、何となく心細い気持ちは分かるし。
そんな本人が喜んでるなら、私はそれで良いか。私もなんか嬉しいし。
「エルちゃんが気に入ってる日本茶も飲も〜」
あっつ。
調子乗って冷めてないお茶飲むんじゃなかったな。私。猫舌だし。
猫舌じゃない目の前の浮世絵離れした貴族様を羨みながら、私は日本茶がもう少し冷めるのを待っていた。
「遅かったわね。紫亜」
今日も来るって言ってたなぁ〜。まぁ、だからエルちゃんと別れた後にスーパーに行って二人分の買い物して来たんだけど。
「ちょっと、エルちゃんとお茶して〜、スーパー行ってた」
「あっそ。じゃあ、それ冷蔵庫に入れたら、さっさと抱かれてくれる?」
「あれ? 今日は抱きたいんだ」
手洗いうがいをしてブレザー代わりに羽織っていたパーカーを脱いでハンガーに掛けてから、冷蔵庫に買ってきた物を淡々と入れる。帰って来てからご飯作ろうと思ってたけど、優真はそんな気分じゃないっぽいのでナシ。あ、でも、お米だけは一応二人分用意して、水につけとこう。後で早炊する時に米だけ出来てないから米待ちなんて起きかねないから。
「そ。いつも私を抱いてるんだから、たまには抱かれなさいよ」
「はいはい。優真ちゃんは我儘だねぇ〜」
身体を洗ってないから、臭いが気になるなぁとは思いつつも、シャワーを浴びたいだなんて優真に言った所でそんな事は良いから早くしろと言うんだろう。予想出来る。
だから、シャワーは諦めるしかない。
リビングの隣の寝室に行くと、優真は私のベッドを陣取って居て、早くしろと無言の圧。
ベッドに腰を下ろして、制服のネクタイを緩めると優真はそのまま私を押し倒して見下ろす。
「ちょっと、優真がフィジカルおばけ過ぎてビクともしない〜」
握られた腕が本当にビクともしない。こんなに力を入れなくても私は逃げないのに。誰と私を重ねてるんだか。
それにしても、優真って握力も結構あったな……林檎を素手で握り潰せるくらいには。
冗談抜きでフィジカルおばけ。父親が元格闘家で今はジムのオーナーをしてるらしいし、幼少期に色んな格闘技やらされたって言ってたし。
「うるさいから黙って」
抗議した甲斐があったのか、握られた腕への力は緩められて、優しく唇を重ねられる。
ちゅっちゅっとリップ音が私達の息遣いと共に寝室に響く。その間に優真は私の制服のボタンを外されて、下の素肌と下着が露出する。
触り方が優しいな、と思う。壊れ物を扱うような優しい手つき、私相手なら絶対にしないだろうな、と大好きな相手に抱かれてるのに、頭の中ではこんな事を冷静に考える。
優真は分かりやすい。私に抱かれたい時は嫌な事や発散したい事がある時で、私を抱く時は自分の好きな相手を想定して抱きたい時だ。
まぁ、つまり私は優真の大好きな子の代わり、という訳だ。これも何回か優真と身体を重ねてて分かった事なんだけど。
好きな子の代わりだなんて虚しくないかと言われれば虚しい。けど、これはへっぴり腰でちゃんと優真に告白出来なかった自分の身から出た錆なので仕方ない。
「⋯⋯ま、私は気持ち良い事が好きだからいいか」
「うるさい」
唇を唇で塞がられて、舌を絡ませてくる。余裕がないのか、それとも私がうるさくて不機嫌なのかそこら辺は分からない。私の身体を愛撫しながら、スカートの下のショーツに手をかけて脱がそうとしてくる。
明るい部屋で私の身体をガン見してくるの恥ずかしいなぁ。優真はスタイル良いから良いけど、私は普通だもんなぁー。その癖、自分が抱かれる時は電気を消せってうるさいのに。
なんて愚痴を心の中でボヤきながら、思う。恋愛は惚れた方が負け、って言葉があるけど本当だな。
あー。優真越しに見える光が眩しい。
そんなしょうもない事を考えながら、優真に大人しく抱かれていた。
「優真、今日は?」
「帰らないから、晩ご飯食べる」
「そ、分かった〜」
私の気の抜けた返事を聞きながら、優真は自分の制服を折り畳んで、私の部屋に勝手に置いて行った自分のスウェットを着る。
セフレになって優真が勝手に泊まるって言い出した時に着る物がないし、制服で寝るとシワが寄るからスウェット買ってきたってもう買ってたんだよね。
あの時は優真がまさか泊まるとは思わなかったし、ヤッて帰るだけかと思ってたらそうじゃなかったし、泊まっても結局夜にまたヤるから本当に優真って体力おばけでもある。
⋯⋯まぁ、自分でもわりと気持ち良ければいいやって考えだし、優真とは謎に身体の相性は良いんだけどね。
私は自分の部屋なので部屋着のスウェットを着て、晩ご飯の準備をする。とりあえず、ご飯だけ早炊にセットしとこう。
「シャワーは?」
「浴びる」
「そ、じゃあ浴びてきなよ。私はご飯作ってるからさ」
「じゃあ、そうするわ」
優真は慣れた手つきで私のタンスからタオルとバスタオルを持って行き、そのまま、浴室へ向かった。その間に私は何を作ろうかと少し悩む。
「うーん。今日鶏もも肉が安かったからなぁ。唐揚げでも作ろうかな」
なんて考えつつ、鶏もも肉を一口大に切って、下味の調味料に漬け込む。
その間にお味噌汁やサラダ等を作っていき、作り終わったら今度は片栗粉と小麦粉に肉をまぶしてセットした油に揚げていく。
私的には二度揚げするのがこだわりである。⋯⋯まぁ、一人暮らしだとめんどくさい日は二度揚げしないんだけどね。実家の時は家族に美味しいって言って貰えるのが嬉しかったから、こだわってただけなんだけども。
唐揚げが揚がると、皿に盛り付けて優真と私の二人分に分けてテーブルに置き、優真は今はドライヤーをかけている所みたいなので、その間に出来るだけ洗い物は済ませておく。
そうしていると優真はリビングにやって来た。
「相変わらず美味しそうね」
「美味しそうじゃなくて、絶対美味しいの! 紫亜ちゃん特製唐揚げだからね!」
そう言ってドヤ顔をすると優真は「はいはい」と流して、座る。
「「いただきます」」
二人揃ってそう言って、唐揚げを食べる。相変わらず美味しいが、やはり優真と一緒だとなお美味しい。
「相変わらず、紫亜って料理上手ね」
「それは紫亜ちゃん特製唐揚げが美味しいって事かな?」
素直に褒められたのが嬉しくてそう聞き返す。
「そうね。美味しいわよ。私は決められたレシピを見ながらは作れるけど、あんたみたいに冷蔵庫にある物でササッとは作れないわね」
「ふーん。そっか。まぁ、実家でもよくやってたから慣れかもね」
実家では早く帰った人が作るシステムだったんだけど、これが食べたいからって夜作り置きする人が多くて、早く帰った人がそれを温めたり、軽く副菜調理して終了な事が多かったな。揚げ物とか炒め物とかはその場で作った方が美味しい物は既に冷蔵庫に材料置かれてて、これが食べたいから作ってくださいみたいなメモ書かれてたりしたし。
私の家族、全員食にこだわりがあるというか、食べたい物を食べたい欲が強い人が多いし。
私も自然と手伝ったり、食べたい物を夜作ると夕飯になるから作ってたりして、ちゃんとした料理が出来るようになったな。レパートリーも増えたし地味にその経験が一人暮らしで役立っている。
「そう。⋯⋯じゃあ、紫亜は私が何か食べたいって言ったらなんでも作ってくれるの?」
悪戯っ子の顔をして、優真は私を試す。⋯⋯答えは分かってるくせに。
「作るよ。まぁ、ある程度、材料ないと作れないから早めに教えて欲しいけどね〜」
「ふーん。じゃあ、今度楽しみにしてるわね」
なんて言いながら優真は唐揚げをまた食べていた。
朝、起きると自分勝手な優真はもう帰っていた。メッセージを見ると「
「
優真の言う玲奈とは優真の幼馴染の南玲奈ちゃんだ。優真の片想いの相手でもある。
まぁ、それに気付いたのは私を抱いてる時に好きな人を想定してる瞳と南ちゃんを見る瞳が一緒だったからだ。
「はぁ、人の感情に敏感なのも良い事ないな」
いつも、泊まる時は朝ご飯は二人分用意は一応しているが、優真が食べた事は無い。
「無駄な準備だとは分かってるんだけどね」
もしかしたら、があるかもしれない。幼馴染の南ちゃんと登校するより、私の家で朝ご飯を食べて一緒に登校してくれる事が。
「⋯⋯一度もないのにね」
自分の冷静な考えをかき消すように頭を振る。
いつもの私らしく気にしない。どれだけ報われなくても。
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