「天下無双」「ダンス」「布団」
陋巷の一翁
「天下無双」「ダンス」「布団」
俺は布団でうなっていた。熱が39度もある。頭も痛いし、体がめちゃくちゃだるく、呼気も荒く熱を持っている。本来なら通院するところだが、それも無理そう。救急車を呼ぶか考えたがかかりつけの医師が出張診療してくれるということでそれを待っているところだ。
ピンポーン。
チャイムの音がした。きっと依頼していた医者だ。
「開いてまーす」体を起こしそれだけ言うとまた布団に倒れ伏す。すると白衣を着た中年の男がやってきた。なんかいつもの医者じゃない。
「いつもの医者はどうしたの?」
「へへへ、この時期、忙しいもので代わりに私が」
何かいぶかしく感じたが体を看てもらうのが先だ、俺は納得した。
「そう、それなら分かった。早く看てほしい、出来れば薬もくれると助かる」
白衣の男はあれこれ俺の体をまさぐり、やがて納得したように言った。
「ただの風邪ですな。呂奉先だしておきますから薬局にもって行ってください」
「ええ、薬くれないの?」
「まあ呂奉先ですが、薬のようなものですよ」
「そう……」
「では、私はこれで」
白衣の医師は去って行った。
「あれ処方箋の紙は?」
不思議に思う間もなく今度は部屋のドアがドンドンと叩かれた。
「開いて……」
と言う前に巨大な人影が入ってくる。
「貴様が患者か!」
どう見ても粗野で、乱暴そうな男の姿と声。
「だだ、誰ですか?」
「俺が呂奉先だ!」
隣の部屋にも響き渡ろうとするくらい大きな声で男は言った。
「処方箋じゃないの?」
「ちがう、呂奉先だ。まあいい、呂布と言った方が貴様らには伝わるか?」
「呂布……奉先……?」
「おい! そういう呼び方はするな、字と名を一緒に呼ばれるとむずがゆくてしかたない、もう一度言うと殺すぞ!」
呂布なら知っている。三国志最強の武将で天下無双の武を誇る猛将だ。関羽や張飛、それから劉備と同時に打ち合っても互角に戦い、その後も董卓を裏切って殺したりとさまざまな武名と悪名をとどろかしてきた最強の戦士。
それがなんで現代の日本のここに――?
「どうして三国志の最強の猛将がここに……」
「なんで……って 出したんだろ呂奉先を」
「処方箋じゃ無くて?」
「うむ呂奉先をだ!」
「えっと、あの医者何者?」
「陳宮がどうかしたか?」
「陳宮?」
「俺の軍師だ」
「なんで医者のふりを?」
「渾身のギャグをお見せしたいと俺に言いやがったのでな。それで乗ってやった。さあどうする? 俺も実はかなり困っている」
「とりあえず薬局行ってきて薬と交換してくれないかな」
「なんで俺が! 薬と交換されなきゃならんのだ!」
「だって処方箋ってそういうものだし……」
「バカか! 薬と交換されたら俺はどうなる!」
「知らないよ……」
「知らないことをさせるんじゃない!」
「もう大きな声を出さないでくれ、頭痛いのに響く」
「なんだお前病気なのか」
「病気だから医者を呼んだんだけど」
「お前に必要なのは医者じゃ無くて遺書だな! がっはっはっはっは!」
「三国志の人ってみんな冗談好きなの?」
「笑えるときに笑わないといつ死ぬかわからんだろ?」
「はいはい、そういうことにしておきます」
「それで俺も困っている、何か出来ることはあるか? 出来れば簡単なことがいい」
「……じゃあ看病してよ」
「看病」
「うん」
怒られるかなと思ったけど呂奉先はまじめな顔でうなずいた。
「いいだろう、看病してやろう」
「ほんとう! ありがとう」
「とりあえず横になるがいい」
「わかった」
「……」
「……」
「……」
「……」
「看病は?」
「いま看ているだろ」
「……はぁ」
つかれた、もう寝ることにする。
呂奉先の視線は怖かったけど疲れの方が先に来た。
……。
……。
朝起きると座ったまま呂奉先はグースカ寝ていた。
「……」
声を掛けるべきかと悩んだが、自分が身を起こした音で目を覚ましたようだ。さすが三国志の武将、気配に鋭い。
「おお。起きたのか」
呂奉先は言った。
「看病してくれるんじゃないかったの?」
俺は少し怒りを込めて返す。。
「看病はしていたぞ。もう病気は直っただろう?」
そう考えると熱は引いているし体も元通りだ。
「ほんとうだ」
「なかなか大変だった。朝方まで苦しんできたのでな。何もしないで看ているだけというのもなかなか退屈でな」
「結局何もしてないのか……」
「まあお前の病気は治った。さああとは勝負だ!」
「へ?」
「知っているぞ、お前はかなり奇態な徒手で武術を使う達人だと」
「いや俺はそんな……」
「今から庭で勝負だ! その首根っこつかんで連れて行く!」
「ひー」
言われたとおり庭まで引きずられてしまった。
「さあ! お前が徒手と言うことなので俺も徒手で立ち会う。お前の全て見せてみろ!」
そういうと呂奉先は有無を言わさず襲いかかってきた!
なんとかかわす。手を付き足をまわして拳を避ける。
「ほう、かわしたか、それになかなか面白い武術を使うではないか」
「武術じゃ無いよ! ブレイキングダンスだよ」
「なんにせよ、俺の一撃をかわしたのは確か! 後は本気で行くぞ!」
「ひ、ひえー……」
こうして俺はブレイキングダンスの技も通じず呂奉先にボコボコにされた。
「参りました……」
「うむ、久しい運動になった。許す。布団まで送っていこう」
布団に寝かされて昨日の風邪よりむしろ体が痛む状況。
「もう帰ってよ」
「うむ、帰る。陳宮! 陳宮!」
呂奉先がそういうとどこからともなく白衣を着た陳宮が現れた。
「はいはい奉先様、気分は晴れたご様子ですな」
「うむ、なかなか面白い武術を使う男であった。まあ武と言うより舞だったがな」
「ブレイキングダンスはそういうものです……」
俺はそれだけ言って布団に伏す。
「ではな、日の本の武人! またあう日まで武を鍛えておくがいい!」
「……(もうあいたくない)」
こうして呂布と陳宮はどこへとともなく去って行った。
あとはボコボコにされた俺。
もう出張診療なんて信用するか。俺は救急車を呼んで、全治三ヶ月の診断を受けたのだった。
はあ、ろくなできごとじゃなかった。
「天下無双」「ダンス」「布団」 陋巷の一翁 @remono1889
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