5―2 共に、生きる
「本当の君に会わなければならないから」
「私ならここにいるじゃない」
大人になったマヤが木の陰から現れて祐介を見つめた。
「それは君の本当の姿ではないよ」
「あなたと再会して、私の時間は再び動き出した。だから成長したの」
「それじゃあ、なぜ僕と死のうとしたんだ。自分が消えるべき存在だと分かっていたからじゃないのか」
「そのつもりだった。あなたなら、私と死んでくれると思ったから。だって、あの時も一緒に泳いでくれたでしょ? 一人で死んでいるなんて悲し過ぎる」
――君だけ泳がせておくわけにはいかないね。
二人が出会った日、祐介はそう言った。それをマヤは、この人は一緒に死んでくれるんだ、と解釈したのかもしれない。落ち着いて考えれば誤解だと分かるだろう。だが、それに気づかないほどにマヤは寂しかったのかもしれない。
「でも、君には躊躇いがあった。だから何回やっても僕を殺しきれなかった。そして最後には、身を挺してまで僕を生かした。そうだよね」
マヤは答えない。
「あの時もそうだったのかな」少女のマヤだ。「私、一人で湖にいるのが怖くてたまらなかった。そんなある日、あなたが現われた」
「そして一緒に死のうとした。でも僕は運よく、あるいは運悪く? 生き延びてしまった」
「雨が」少女は辛そうな顔をした。「雨がやんでしまったから」
「雨がやんで湖が消滅した。湖底にいた僕は森の中で倒れている形になった」
少女のマヤはうつむいて口を閉ざした。
「崖で僕と再会した時、君はとても嬉しそうな顔をしてくれたね。そこに迷いが生じたんじゃないか」
「そうかもしれない」大人のマヤが頷いた。「この気持ちはなんだろう。崖から落ちながら不思議に思った」
祐介はマヤを見つめたまま、覚悟を決めて告げた。
「僕は、君と死ぬことはできない」
「だったら生きて。私と」
「できることなら、僕も君と生きたい。君はとても魅力的で素直で……寂しい人だから」
大人のマヤの顔に、微かな希望のような気配が見えた。
「だがそれはできない。なぜなら」
祐介は二人のマヤと順に目を合わせた。マヤたちはしっかりと見つめ返してきた。
「マヤ、君は既に死んでいるんだ」
雨が木の葉に当たる音が一段と強くなってきた。祐介はびしょ濡れだ。
「知ってる」少女のマヤが呟いた。「雨の中、あの湖で泳いでいる時に私は溺れた。独りぼっちが寂しくて泣きそうになった時、あなたが現れた」
「私は」大人のマヤの顔には、祈るような真剣さが浮かんでいた。「一緒に死ぬことを何度も失敗した。あなたと結ばれて女の悦びを教えられた。生きたいと願うようになった。もう、あなたを放さない」
「僕と共に生きることを選択した。そう言うのか、君たちは」
『分かっているのなら、どうして悲しいことを言うの?』
二人のマヤの声が重なった。
「マヤが待っているからだ」
『私ならここに』
「違う、君たちは違うんだ」
風が吹いた、と思った瞬間、二人の姿は消えていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます