記憶の中の君
睦月椋
記憶の中の君
「悠斗君? 初めまして。あなたは誰?」
目の前に座る美鈴は、まるで本当に初対面のように微笑んでいた。
僕は喉の奥が詰まるような感覚に襲われながら、それでも微笑みを作る。
「僕は……ただの友達だよ」
美鈴は不思議そうに首を傾げたが、やがて納得したように「そっか」と呟き、窓の外へと視線を移した。
美鈴とは幼馴染だ。
家が隣同士で同い年。幼少期からずっと一緒だった。
幼馴染でよくあるパターンかもしれないが、ガキンチョの頃から一緒にいたが美鈴を女性としてみたのは中学が終わり高校に入ってからだった。
それまではただの隣の女の子。
ずっと一緒だった美鈴とは何でも話せる仲だった。高校の時彼女ができたけど、何故か美鈴に嫉妬心を向けられて、
「そんなに僕に彼女ができたことが羨ましかったら、美鈴も彼氏作りなよ?」
なんて軽はずみな発言から美鈴がちょっかいをかけ出した。これは幼馴染とは違うなーなんて感じたっけ。
あーこれは男として見られてるんだって思った時から僕は美鈴を一人の女性として可愛らしいと意識した。
その後すぐ付き合っていた彼女とは別れて、夏祭りに美鈴を誘い祭りに参加した後の花火大会で僕は美鈴に告白をした。
美鈴はコクリと頷き笑顔になって周りの人などお構いなしに抱き合い、そしてキスをした。
幼い頃に出会い、成長とともに恋に落ちた僕と美鈴。しかし、美鈴は進行性の記憶障害を患った。初めて病気のことを打ち明けられたのは大学生入学の頃だった。
ある日を境に美鈴は僕のことを徐々に忘れ始める。僕は美鈴の記憶が消えていくのを受け入れながらも、毎日彼女のそばにいることを選んだ。
大学生活を送る最中、美鈴は普通に社会人生活を送れるだろうか? いや、大学生生活さえも卒業すらもできるだろうか? と僕の不安を他所に美鈴は1日1日を大切に過ごそうとしていた。
そんな美鈴を見ていると、できる限り美鈴の側にいてどんなことがこの先に待ち受けていようと一緒にいよう。そう決めた僕だったけど、夕刻の授業終わりの帰り道でそっと美鈴は僕に囁いた。
「いつか、悠斗のことも忘れてしまうかもしれないんだ」
美鈴は泣かなかった。ただ淡々と語るその姿が、かえって胸に刺さった。
だが、あの学校帰りから何ヶ月か経ったある朝、美鈴は完全に悠斗のことを忘れてしまっていた。
それでも僕は美鈴のそばにいることを選んだ。毎日を一緒に過ごし、美鈴の記憶が消えていくことに怯えながら、それでも愛していた。
けれど、その日が本当に来てしまった。
僕が美鈴の中で“初対面の人”になった日。
「美鈴、調子はどう?」
病室のドアが開き、美鈴の母親が入ってきた。美鈴は僕をちらりと見て、小さく息をつく。
「悠斗君、そろそろ……」
美鈴の母親の言葉の意味は、分かっていた。もう美鈴のそばにいることは許されない。僕がいることで、美鈴が混乱するから。
僕のことを思い出そうとすればするほど、美鈴が苦しむ姿を母親は良しとしない。
「分かりました」
僕は静かに頷き、ベッドに座る美鈴をもう一度見つめる。
「じゃあ、美鈴。またね」
「うん、またね!」
美鈴は笑顔で手を振った。
きっと明日、僕がここに来ても、美鈴は僕を覚えていない。
だから僕は、この「またね」を最後の言葉にした。
ドアを閉めると、涙が頬を伝った。
幼少期から一緒に育った記憶、高校時代に男として見られた視線、そして夏祭りの告白とキス。大学生活になってもずっと隣にいていろんなことを今まで共有してきた愛する人。
美鈴の記憶の中で、僕はもう存在しない。
いろんな感情が駆け巡り。僕は病室の外で立ち尽くし泣いた。それでも、それでも。それでも、僕は美鈴を忘れない。
美鈴の記憶の中で別れを告げられた今でも、僕は美鈴を忘れない。
記憶の中の君 睦月椋 @seiji_mutsuki
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