悪夢
永嶋良一
第1話 洋館
あの夢を見たのは、これで9回目だった。
夢から覚めても、私の胸は激しく動悸を打っていた。ネグリジェが冷や汗でぐっしょりと濡れて、胸と背中には大きな染みができている。私は布団の中で大きく息を吐いた。
これで、9日連続して同じ悪夢を見ている。どうして毎日毎日、同じ夢ばかり見るのだろう・・
それは何とも、ひどい悪夢だった。現実と非現実が入り交じっていた。
夢の現実の部分とは・・実在する洋館だった。
私は一人住まいの独身OLだ。都内の銀行に勤めている。私のアパートと、通勤に使う私鉄の最寄り駅との間に・・その洋館は建っていた。
洋館があるのは、ごく普通の民家に挟まれた何の変哲もない場所だ。そんなところに、道路に面して門があって、その中に広い庭があって・・その向こうに陰鬱な二階建ての洋館がそびえているのだ。
その館は・・昔は白壁の瀟洒な建物だったのだろうが、今では黒く汚れた無人の廃屋と化している。外から見ると、枯れたツタが薄汚れた壁の上を不気味に這っていて、建物全体がまるで蜘蛛の巣にかかって死んだ昆虫のように見えた。埃をかぶったガラス窓の多くが無残に割れている。
どうして、民家の中に、こんな洋館が取り残されているのか誰も知らなかった。なんでも噂では・・昔、そこにはある家族が住んでいたのだが、あるとき美しい一人娘が屋敷の中で行方不明になって・・それ以降、不幸が続いて、今では誰もいなくなったということだ。だが、この話が本当なのか噓なのか誰にも分からなかった。
そんな陰鬱な洋館が舞台になった夢を、このところ私は毎日見ている。こんな夢だ。
********
会社からの帰途・・私は駅からの道を歩いている。
民家の間を歩いていくと・・眼の前にあの大きな洋館が現われる。
私は洋館の門の前に立ち止まる。門扉を手で押すと・・ギギィィと錆びた音が響いて、扉が開くのだ。何かに導かれるように、私は中に入っていく。
雑草の生い茂る庭を通って・・屋敷の玄関にたどり着く。玄関には重々しい鉄製の扉があった。すると、扉が勝手に開くのだ。私は屋敷の中に入る。
埃をかぶった調度品に囲まれた豪壮なホールを通って、奥に続く廊下を歩く。ホールや廊下の床には埃が厚く積もっていた。長い廊下を進むと・・右に曲がる角があった。
私は恐る恐る、その角を右に曲がった。
そのときだ。私は何かを見て悲鳴を上げるのだ。
「キャー」
********
私は自分の悲鳴で、いつも夢から覚める。
もちろん、私は洋館の中に足を踏み入れたことなど一度もなかった。でも、夢の中の洋館の内部は、あまりにもリアルで・・とても夢の中とは思えなかった。
それに、今日で同じ夢が9回目というのも気になる。この夢を見始めたころ、ネットで調べたら・・ある投稿サイトに、「同じ夢を10回続けて見たら、その人は死んでしまう」という書き込みを見つけたのだ。
もちろん、こんなものは根拠のないデタラメで、投稿者が面白半分に書いたものだとは思ったが、何故か気になった。
そして、私にはもう一つ気になることがあった。夢の中で私は一体何を見て悲鳴を上げているのだろう・・
その日の午後、まだ陽が高い時間に私は会社を出た。そして、アパートに帰る途中で、その洋館の前に立ったのだ。
同じ夢を10回続けて見る前に、あの夢と決別するために・・・
そして、夢の中で私が悲鳴を上げるものを確かめるために・・・
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