馴れ初め

丸山 令

絶対、嘘? んー。でも、本当なんだよ?

 あの夢を見たのは、これで9回目だった。


 初めて見たのは、確か小学校に上がって間もない頃のことで、次に見たのはその数年後 高学年になってから。

 それからは、大体一年おきに見続けて、中学三年生になった去年は、半年に一度。


 そして、今朝。


 新しい制服に袖を通しながら、わたしは笑みを浮かべる。


 人は、毎日夢を見ていて、目覚めた時にはそのほとんどを忘れてしまうらしい。また、目覚めた段階では覚えていても、直ぐに記憶から薄れていく。

 だから、数年経っても覚えている夢というのは、多分 自分にとって とても印象的な夢なのだと思う。

 

 そう、とても印象的な……。

 

 夢の最後に見た、私を見据える彼女の瞳を、その睫毛の一本一本まで思い出して、頬に熱を感じた。

 

 あの夢を見る時は、いつも合図がある。

 まず、それまでの色のある世界が、急にモノトーンになって……そして、はっきり気づくの。これは夢だと。


 夢だと分かっているから、世界に色がなくても怖いと感じることはなくて、私はいつも灰色の森の中を駆けていく。この森を抜けた先には、いつも彼女がいるから。

 

 初めて夢を見た時、彼女は年上のお姉さんだった。

 白黒の世界の中にいる彼女は、やっぱり白黒

だったのだけど、瞳だけは琥珀色をしていて、それがこの色のない世界で、とても鮮やかで美しかった。


「お姉ちゃんのおめめ、すごくキレイね」


 ほうっと、羨望のため息をこぼしながら、私が声をかけたら、彼女はにっこり微笑んで言った。


「貴女のほっぺは、薔薇色でとっても可愛いわ」


 それからずっと、夢の中だけの付き合いだ。


 彼女は物静かで、私たちの間に会話は多くないけど、二人きりの空間は不思議と居心地が良くて、私はこの夢が好きだった。


 夢の中の彼女は、ずっと変わらない。

 そして、幼かった私は、いつの間にか彼女と同じくらいの年齢になっていた。


 昨日の夢は 少し違っていて、いつもワンピース姿の彼女が、高校の制服を着ていた。それは、今私が着ているものと同じ。


 期待に胸を膨らませながら教室の扉を開け、そこにあった宝石のような琥珀色に、私は思わず駆け寄った。


 彼女だ。本当に彼女だ!

 実物は三倍美しいよぉ!


「やっと会えた!」


 言ってしまってから、私は自分の失敗に気付く。

 夢が繋がっていると思い込むとか、それ、どんな夢見る少女よ。引かれたかも?

 焦って視線を彷徨わせていると、驚いたように目を丸くしていた彼女は、ふわりと微笑んだ。


「会いたかった」


 言われた言葉を理解するまで、数秒かかったけど、私は嬉しさのあまり、彼女の手を握った。

 

 これが、私と彼女の馴れ初めだ。

 この話をしても、誰も信じてくれないのだけど。

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馴れ初め 丸山 令 @Raym

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