第8話 契約終了
残り30分。
それだけなのに、異様に長く感じる。
時間は刻々と進んでいるはずなのに、まるで針が止まっているかのように遅々として進まない。
熱が下がる気配はない。悪化もしないが、良くなることもない。ただ一定の苦しみのまま、24時間を耐え続けるというのは想像以上にきつかった。
瑛二はうなだれたまま、ソファへと身を沈めた。
――何か、気を紛らわせたい。
ふと、自慰でもすれば少しはスッキリするのではないかという考えがよぎる。
右手を下半身へと伸ばし、軽くまさぐってみる。
……しかし、どうにも調子が悪い。
熱のせいか、身体がいつも通りに反応しない。思うように昂ぶらず、嫌な汗だけがじわりと滲んでくる。
スマホを手に取り、無料のアダルトサイトを開く。
「巨乳 巨尻 童顔」
検索窓にそう打ち込み、適当な動画を選んだ。
画面の中で、作られた喘ぎ声が響く。
それを眺めながら、右手を動かす。
だが、頭痛や倦怠感に苛まれ、いつもより時間がかかった。
なんとか達した瞬間、どっと虚無感が襲いかかる。
ティッシュに手を伸ばし、後始末をしながら、瑛二はため息をついた。
――何をしているんだ、俺は。
最悪だな、と自嘲する。
身体を起こし、時計を見やる。
9時53分。
カチ、カチ、カチ……
秒針の音だけが部屋に響く。
じっと時計を見つめる。
時間は進んでいるのに、自分の感覚では止まっているように感じる。
9時55分。
もうすぐだ。
9時57分。
9時58分。
……その瞬間だった。
スーッと、まるで風が吹き抜けるように、身体が軽くなった。
あれだけ熱かった身体が、嘘のように正常な温度へと戻っていく。
額に手を当てる。
――熱が、ない。
同時に、完全に回復したという確信が生まれる。
間違いない。
悪魔の契約は、本物だった。
ぞわりと、背筋が凍る。
――いや、まだ暗示の可能性もある……か?
そう思いたかった。だが、理屈が通らない。
契約を交わしてすぐに発症し、24時間きっかりで症状が消える。
ただの暗示で、こんな都合のいいことが起こるはずがない。
これは――現実だ。
「……マジかよ……」
鳥肌が立つ。
恐怖と、理解を超えた現象を目の当たりにした興奮が入り混じる。
スマホを手に取る。
ケースワーカーの電話番号を見つめる。
――どうする?
恐る恐る電話をかけるか、メッセージを送るか。
……いや。
これは、そんな簡単な問題じゃない。
相手は悪魔だ。
そして俺は、悪魔との契約を交わし、病にかかりたった24時間で3万円を得た。
……妥当、なのか?
インフルエンザ。それを乗り越えれば何ともない。妙な達成感すらある。
だが、これは現実なのか?
本当に、こんなことがあり得るのか?
疑問は尽きないが――
確かめなければならない。
腹を括り、瑛二は渡邉へと電話をかけた。
トゥルルルル…… トゥルルルル…… トゥルル……
やけに長く感じるコール音。
そして――
「もしもし、瑛二くん。お疲れ様。どう? 信じてくれた?僕が悪魔ってこと。」
渡邉の声が、穏やかに響いた。
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