夢の行方

おひとりキャラバン隊

夢の行方

 あの夢を見たのは、これで9回目だった。


 夢の中での僕は、アメリカでメジャーリーガーとして活躍していた。

 大きな家に住んで、妻と一緒に2人の子供と遊んでいる光景だ。

 妻の顔は、クラスメイトの浩美ちゃんだった。


 ――3年前に僕が入部したのは、甲子園に出場した事など一度も無いM高校の弱小野球部だ。


 それでも3年間、僕は頑張って練習してきた。中学生の時はそれほど身体が強くなかった僕だが、3年生の春にはそれなりにフィジカルが強くなり、練習試合にも時々出場させてもらい、外野のレフトを守り、何度かボールに触れる事も出来た。


 この夏、甲子園を目指す地方大会に出場した僕達の野球部は、運悪く、1回戦で甲子園出場常連校であるS高校と当たる事になってしまった。


 チームメイトは皆、絶望にも似た感情を抱いていたようだが、全力を尽くして試合に臨もうという、共通の目標を掲げて試合の日を迎える事になった。


 僕はスタメンには入れなかったが、ベンチからみんなを応援する事になった。


 しかし、負けが確定していると思われた試合だったにも関わらず、優勝候補のチームを相手に、僕達は1回から善戦していたのだ。


 僕はベンチからその姿を見ながら、「もしかしたら甲子園に行けるかも知れない」という希望を持つ事が出来た。


 もし甲子園に行けたら、M高は甲子園「初出場」になれる。


 もしそうなれば、今は僕が密に想いを寄せるだけのクラスメイトである浩美ちゃんに告白できるかも知れない。


 それが最初に見た夢だった。


 1回表は2塁までランナーを進められた。1回裏に1点取られたが、まだ勝てる可能性はある。


 2回表には、S高校のショートのエラーで1アウト2塁3塁。そこで次のバッターの犠牲フライによって1点を返す事が出来た。


 これで同点。優勝候補の強豪校を相手に、ものすごい善戦をしている!


 もしこの調子で試合が続けば、甲子園出場が現実味を帯びて来る。


(イケる! これなら夢を実現できる!)


 それが2回目に見た夢だった。


 3回から8回も一進一退を繰り返し、1-1のまま、強豪校を相手に本当に良い試合をしていた。


 そして9回表、S高のピッチャーには疲れが見えていた。

 ピッチングの乱れが続き、3打席連続のフォアボールで1アウト満塁という場面。


 M高のバッターは9番、ピッチャーの斉藤が出る予定だった。


 そこで監督が動いた。


「山田、お前、準備しろ」


「え? あ、はい!」


 僕に声が掛かった!


 高校最後の試合になるかも知れないし、次の試合に進めるかも知れないというこのタイミングで、補欠の僕に声がかかった!


 監督は審判の元に走ってゆき、バッターの交代を告げる。


 打席に立とうとしていた斉藤は監督の指示を聞き、審判に一礼をしてベンチへと帰って来る。


 そして僕の方を見て、

「山田、頼んだぞ!」

 と一言、熱のこもった声でそう言った。


「ああ! まかせとけ!」


 その熱にほだされたのか、僕はバットを握りしめ、ベンチを飛び出してバッターボックスへと向かう。


 バッターボックスへと向かう途中、僕の眼前に、メジャーリーガーとして活躍する自分の姿が見えた。


 これは白昼夢なのだろう。


 だけど、僕がここで大きなヒットを打てば、この試合に勝てるかも知れない。


 そしてこの夢を実現できるかも知れない。


 バックグラウンド席では浩美ちゃんも応援に来ていた。


 それが僕を見てくれているのか、同じクラスメイトで4番セカンドの桐谷を応援に来ているのかは分からないが、ここで僕が大きなヒットを打てば、僕が試合中に毎回見てきたあの夢が実現するのかも知れない。


 いや、実現するに違い無い!


 僕は審判に一礼し、バッターボックスに入った。


 ヘルメットの位置を直し、足元を何度か踏みしめて確認する。


 何度かバットを回し、グラウンドの全体を見渡して、相手の守備の位置を把握した。


(……レフトとセンターの間、あの空間に飛ばせれば2塁ランナーも帰ってこれる筈だ)


 僕は大きく深呼吸し、意を決した様にバットを握りなおした。


 そしてピッチャーを力強い視線でにらみつける。


 ピッチャーはマウンドの上で何度か首を横に振り、そしてキャッチャーと意思疎通が出来たのか、一度だけ頷いて、大きく振りかぶった。


 その姿は、まるでバッティングセンターの球が出て来る機械に投影される映像そのままだ。


 そして、ピッチャーの手から、それこそバッティングセンターで見慣れたような軌道で球が飛んで来た。


 これまでの練習の成果。

 それが僕の身体を動かした。


(レフトとセンターの間!)


 僕は飛んで来る球から目を離さずに、身体が反射的に動くのに任せてグラウンドを踏みしめ、強く握ったバットを思い切り振りぬいた!


 カキーン!


 球場に響いたその音で、誰もがジャストミートだった事を理解した。


 9回表の1アウト満塁のこの場面で、補欠の僕が打った球は、狙い通りにレフトとセンターの間に向かって高く飛んだ。


 そしてその球は、まるで数学で習うグラフが描く放物線の様な美しい放物線を描いて飛んで行く。


 M高の観客席から上がる歓声。


 S高の観客席から上がる悲鳴。


 僕が打ったその球は、ぐんぐんレフトとセンターの間の上空を越えて、芝生が敷かれた外野席に向かって飛んだ。


 誰もが確信した。


 僕も確信した。


 全身が震えた。


 1塁に向かってゆっくりと走る僕の膝が、ガクガクと震えて、気を抜けば転びそうだ。


 そして、外野席に僕が放った球がドスンと落ちた時、球場に割れんばかりの歓声が轟いた。


「満塁ホームランだ!」


 観客席から誰かの声がそう叫んだ。


(満塁ホームランだ!)


 僕の心もそう叫んだ。


 僕の前にいた3人のランナーがホームに帰り、僕も3塁を蹴ってホームベースに向かう。


 僕の視線の先にバックグラウンドの観客席が見え、浩美ちゃんが、隣にいた女友達と抱き合って喜んでいるのが見えた。


(やった!)


 僕は心の中でガッツポーズをして、確かな足取りでホームベースを踏んだ。


 その途端に再び割れんばかりの歓声が上がり、僕は先にホームに返っていた他のチームメイトからヘルメットごしに頭をバンバンと叩かれながら、その喜びを共有していた。


 ベンチに戻ると、監督が笑顔で肩を叩いてくれた。


「いい仕事をしたな! よくやったぞ!」


「ありがとうございます!」


 僕は反射的にそう応え、まだじんじんと痺れる頭のまま、ベンチに座ってグラウンドを振り返った。


 うなだれるS高のピッチャー。他のチームメイトも肩を落としている。


 S高のベンチからは監督が大声で何かを叫んでいる。


 これで5-1。


 その後3人の打者でスリーアウトになり、9回裏を迎えた。


 ピッチャーが変わり、僕はレフトに入り、9回裏ではピッチャーも良い仕事をしてくれて、僕は球に触れる事なく試合は終わった。


 試合後の整列で、僕達は「ありがとうございました!」と大声で礼をする。


 悔しさで肩を震わせる強豪校のS高とは逆に、大金星を挙げた弱小高の僕達は身体を震わせてベンチで後片付けを始めていた。


 何度も見たあの夢。


 あれは正夢になるのだろうか。


 何となく浩美ちゃんを探して観客席に視線を向けると、浩美ちゃんがこちらを見ていた気がした。


(浩美ちゃん……)


 僕は決めた。


 将来の僕の目標を。


(僕は、メジャーリーガーを目指そう)


 ――何でもない平凡な僕が、メジャーリーガーを目指すまでの物語は、こうして始まったのだった。

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