少女と悪夢

澤田慎梧

少女と悪夢

 あの夢を見たのは、これで9回目だった。


 自分が人を殺す夢だ。

 夢の中の私は、いつもどこかの家に侵入して、ベッドで眠っている人を刺し殺すのだ。

 被害者は毎回別の人だけど、決まって若くて奇麗な女性ばかり。

 ナイフが肉をえぐり骨を断つ、あの嫌な感触を存分に味わってから、ようやく目が覚めるのが常だった。


「――私、やっぱり頭がおかしくなったのかもしれない」


 学校の休み時間。私は通算9回目になった例の悪夢について、親友の千早に相談していた。


「ええ~? 考えすぎでしょ。きっと昔観た怖い動画とか、そういうののせいで変な夢見ちゃってるだけだよ」


 千早は、長くて艶やかな自慢の髪を指でくるくる弄りながら、あっけらかんとそんなことを言った。


「千早は実際に見てないから、そういうこと言えるんだよ……。感触までリアルなんだよ?」

「リアル、ねぇ。真宙まひろはさあ、実際にナイフで人を刺したことがあるの?」

「はぁっ!? あるわけないでしょ」

「じゃあさ、なんで夢の中の感触が『リアル』だなんて言えるのさ」

「それは……」


 上手く言葉に出来ずに口を噤む。

 ……あの、息遣いまでも感じるような夢の中のリアルさは、やはり実際に見ないと伝わらないだろう。


「夢ってさ、いろんな記憶がごちゃごちゃに混ざってるんだって。それに、寝てる間のことでしょ? どんなにリアルに感じてたって、それは後から脳がそういう風に錯覚してるだけで、実際には解像度が低いらしいよ?」

「……そう、なのかな」

「そうそう、きっとそう!」


 千早が私の肩をバンバンと叩きながら言う。

 ちょっと痛い。彼女はすっごい美人さんだけど、中身は男子並みにがさつなのだ――。


   ***


 夜。私は千早の励ましにもかかわらず、まだ気分が冴えなかった。

 お陰で晩御飯もろくに喉を通りやしない。


『――次のニュースです。最近、都内で続発している若い女性を狙った殺人事件ですが――』

「あらやだ。また若い子が殺されたんですって。うちも戸締り、気を付けないとね」


 テレビのニュースを観ながら、母が呟く。

 ……あの殺人の夢が私の心に暗い影を落としている理由は、実はもう一つある。この一連の殺人事件だ。

 都内で若い女性ばかりが殺されているというこの事件。単独犯なのか模倣犯なのか、はたまたただの類似事件なのか。そこまではまだ何も分かっていないらしい。


 けれども、確かなことが一つあった。

 私が例の夢を見始めた時期と、事件が話題になり始めた時期が一致するのだ。

 偶然の一致だと笑い捨てられればいいのだけれど、もう9度も同じような夢を見ているのだ。笑ってなどいられなかった。


   ***


 ――その夜も同じような夢を見た。

 でも、いつもの夢と少し違う。

 いつもの夢は、深夜に見知らぬ住宅街を歩いているところから始まる。

 そして、見知らぬ住宅の玄関を破り、見知らぬ家の中を歩き回り、見知らぬ女性を見つけ出して殺す。


 今回の夢は、私が見知った住宅街の光景から始まった。

 そして、やはり私が見知った家に侵入し、見知った廊下を歩いていく。

 これは……これは、間違いない。


(うそ、やめて!)


 夢の中の私は、そのまま家の中を物色し、遂に千早の部屋の前へと辿り着く。

 音を立てないようにノブを回して、部屋の中へと素早く滑り込み――静かな寝息を立てている千早のすぐ横へと辿り着いた。

 そして、懐からいつものナイフを取り出すと、それをゆっくりと振り上げて――。


 目が覚めた。

 背中にはびっしょりと汗をかいていて、外は既に薄暗い。

 まさか……まさか、千早はあのまま?


 私は枕元のスマホを手繰り寄せると、迷いなく千早のスマホに電話をかけた。

 すると――。


『ん~? こんな朝っぱらからなによ~? 朝のラブコール?』

「ち、千早! 無事だったのね!」

『はい~?』


 千早の声はのんきそのものだった。


   ***


『はぁ。真宙の次の犠牲者はあたしか~』


 そのまま夢の内容を話すと、千早はいつもの通り冗談半分に受け取っているようだった。

 けれども、こちらとしては冗談でも何でもない。今まさに、先程起きた現実ような感覚なのだ。


『でもさあ、あたし生きてるじゃん? 戸締りも確認したけど大丈夫だったし……』

「それは……そうなんだけど。ほら、例の連続殺人事件もあるじゃない? だから……」

『あ~。確かに、ウチは古い家で玄関もボロいからな~。防犯って意味じゃ、不安はあるよね~。ふむ』


 千早は電話口の向こうで何やら考えているようだった。

 そして――。


『もしかしたら、真宙の悪夢の原因は不安、なのかもね』

「不安?」

『うん。連続殺人事件は、若い女の人ばっかり殺されてるんでしょ? だから、自分や周りの人間も狙われるんじゃないかって、不安になって、おかしな夢を見るんだよ』

「……そう、なのかな」


 当の千早にここまで言われてしまうと、そう思いたくなってくる。

 実際、あのあと夢の中で殺されたであろう千早は、今もぴんぴんしているのだ。夢と現実を結びつけるのは、無理があった。

 けれども、千早は次に予想外なことを言ってきた。


『って言っても、真宙の不安は晴れないよね? だったらさ、ウチの防犯、ちょっと気を付けてみるよ。玄関に後付け出来る防犯グッズとかあるし、今日にでも買って取り付けてみるから』

「……え?」

『警察にもさ、「怪しい男がウチの前をうろうろしてたんです!」とか、適当に通報しておくから――それならさ、少しは安心出来るでしょ?』


   ***


 ――さて、驚くべきことに、この千早の判断は結果として正解だった。

 通報を受けて、警察はその日の内に千早の家の近所でのパトロールを増やした。例の殺人事件のこともあって、警戒を強めていたらしい。

 本当なら、そんな虚偽の報告は捜査の足を引っ張るだけなんだけど……驚くのはここからだ。

 なんと、千早の家の周りをうろうろしていた、怪しい男を発見し逮捕したというのだ。


 男の持ち物からは、ナイフやバール、カギやドアチェーンを壊す為の道具が出てきたそうだ。

 しかも、男のスマホには千早を盗撮した画像や、例の殺人事件の被害者たちの写真が残されていた。最早、容疑は決定的だった――。


「結局さあ、どういうことだったんだろうね?」

「どういうことって?」

「真宙の見た夢の意味」

「あー」


 それから数日後のお昼休み、私と千早は仲良くお弁当を食べていた。

 一歩間違えれば、こうして彼女とお昼を一緒にすることも出来なくなっていたのだと思うと、今でも身が凍る思いだ。


「千早はさ、『予知夢』って知ってる?」

「あ~、未来のことを夢に見る、あれ?」

「そう、それ。私の夢って、予知夢だったんじゃないかなって」

「なにそれ? 真宙は超能力者ってこと?」

「だって、そうとしか思えないし……」


 そう。結局、あの夢は「予知夢」だったとしか思えないのだ。

 千早が殺される直前の夢を見た。けれども、実際には犯人は下準備の段階だった。つまり、私は少し先の未来の光景を垣間見たわけだ。


 ――そうなると、もしかすると今までに夢に見た被害者たちのことも助けられたのじゃないかと、胃がキュッとなる。例の犯人は、今までに9人の女性を殺したそうだ。ちょうど、私が見た夢の数と同じだ。

 でも、見知らぬ誰か――しかも寝顔と殺された時の物凄い表情しか知らないのでは、探しようがない。犠牲となった女性達には悪いけど、私に出来ることはなかったと思う。

 というか、そう思わないと正気じゃいられない。


 あれ以来、例の悪夢は見ていない。

 多分だけど、あれはきっと、親友の千早の身に危険が迫っていたからこそ、目覚めた超能力だったんじゃないかと思う。

 そして、役目を終えたことで、能力も姿を消したのだろう。


「予知夢か~。ねぇねぇ、真宙。次のロト7の当たり番号とか、分からないかな?」


 そんな、現金なことを宣う千早の笑顔を眺めながら、彼女が十人目にならなかった幸運を噛み締めつつ、犠牲となった9人の冥福を祈る私だった。


(おしまい)

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少女と悪夢 澤田慎梧 @sumigoro

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