無自覚アイドルは本の中

Algo Lighter アルゴライター

図書室のミューズ

【プロローグ】


静かな午後、図書室の窓辺に一人の少女が座っている。夏目咲。黒髪を肩まで伸ばし、伏し目がちにページをめくる姿がどこか儚げだ。陽射しが窓から差し込み、彼女の横顔を優しく照らしている。


図書委員の中でも特に読書好きで知られる咲だが、誰かと話しているところを見かけることは少ない。黙々と本を読むその姿は、まるで文学のミューズ。生徒たちは彼女を「図書室のアイドル」と呼び、遠巻きに眺めるだけだ。


咲自身は、そのことに気づいていない。ただ、本の世界に浸る時間が、彼女にとって唯一の安らぎなのだ。



【第一話:静かな交換日記】


ある日、咲がいつもの席に座ると、そこに一冊の本が置かれていた。表紙には『星の王子さま』。読みかけのしおりが挟まっている。


「誰かの忘れ物かな…?」


そう思ってページを開くと、付箋が貼ってあった。


『この本、好きですか?』


咲は少し戸惑いながらも、手持ちの付箋に書き込む。


『好きです。あなたも?』


翌日、同じ本を手に取ると、また新たな付箋が増えていた。


『はい。特にバオバブの木の話が好きです。』


「…バオバブの木…か。」


自然と微笑みがこぼれる。誰か知らない生徒との小さな交換日記が、図書室の片隅で始まった。



【第二話:心の声】


交換が続き、咲の心は少しずつ弾んでいく。名前も顔も知らない相手だが、本を介して心が繋がっている気がした。


しかし、ある日、付箋のメッセージが変わった。


『文学のミューズへ。今日もあなたの選ぶ本に惹かれています。』


「…文学のミューズ?」


その言葉に戸惑いを覚える。自分がそんなふうに思われているなんて知らなかった。少し恥ずかしい気持ちで、心がざわつく。


同時に、図書室には男子生徒たちが増えていた。咲が手に取る本を真似て読む者もいれば、付箋をこっそり貼る者もいる。咲はその光景に戸惑いながらも、少し誇らしくもあった。



【クライマックス:図書室の告白】


放課後、咲が本を読んでいると、男子生徒の一人が意を決して声をかけてきた。


「夏目さん…その、ありがとう。君が選ぶ本に救われたんだ。」


咲は驚きで顔を上げた。真剣な眼差しに、言葉が詰まる。


「君が楽しそうに読んでるのを見て、僕も読んでみようって思った。本の中の言葉が、辛かった僕を支えてくれたんだ。」


「…私が、ですか?」


「うん。君の存在が、僕にとってはアイドルみたいだったんだ。」


恥ずかしそうに笑う彼に、咲も小さく微笑んだ。知らず知らずのうちに誰かの支えになっていたこと。その事実が、咲の胸を少しだけ温かくした。


「私、何もしてないけど…それでも、そう言ってもらえて嬉しいです。」


彼が去ったあと、咲はそっと本を抱きしめた。文学のミューズとしての自覚が、ほんの少し芽生えた瞬間だった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る