第4話 私の事だけ考えて
その日の午後は、体育の授業があった。
僕の学校の体育は複数のクラス合同で、男女別に分かれて行われる。
そして、今回男子が行う種目はサッカーだった。
正直、凄く苦手だと思った。
何故なら、運動があまり得意じゃないし、人見知りだから。
こう言った類の球技は上手く馴染めない。
加えて、今回は__、
「えっと、同じクラスの三井君、だっけ? よろしくな!」
そう爽やかな笑顔で挨拶してきたのは、西谷君だった。
「ど、どうも」
先生に割り振られた結果、僕は彼と同じチームになってしまった。
『白河と話すの面白いからさ』
『クスッ、何それ』
白河さんと楽しく話していた彼を思い出す。
気まずい心境の中、練習試合の前にチームで円陣を組んでパス回しを行う。
チームメイトが蹴ったボールが僕のもとに届いた。
僕も他の男子にパスを回そうとしたけれど、蹴ったボールは意図したのとは見当違いの方向へ転がっていってしまった。
チームメイトの視線が気になっていると、
「どんまいどんまい! 最初はそんなもんだって! 寧ろ筋は良いと思う、球威は良いよ!」
西谷君がフォローを入れてくれた。
そんな彼に合わせて、チームの雰囲気も明るくて。
試合が始まってからも、彼は誰に対しても分け隔てなく接し、僕にもパスを回してくれたり、シュートをする時には応援してくれたり。
ちなみに試合結果は僕達のチームの全勝だった。
負けそうになったら、西谷君が土壇場でシュートを決めまくってすぐに逆転したりしていたからだ。
結論、彼は凄く良い人間だった。
文武両道、容姿端麗、加えて性格も良くて、リーダーシップを取れる男らしさもある。
クラスの中心に立つだけでなく、過度にモテるのも頷けた。
「ナイスファイト!」
全試合が終わった後に、はにかみながら拳をチームメイトに突き出す西村君。
「ほら、三井君も!」
僕にも拳が向けられたので、咄嗟に合わせた。
彼への緊張感が若干ほぐれているのを実感しつつ、道具の片づけを始める。
その最中、
「三井君ってさ、白河と付き合ってんの?」
「……え?」
額の汗をリストバンドで拭いている彼から唐突に、そんな言葉が飛んできた。
緊張で固まる僕に、彼は陽気な雰囲気で言葉を続ける。
「いや、なんつーの? さっき一緒に歩いてるの見かけたからさ! 仲が良いのかなって。最近まで絡んでたのも見てるし」
迂闊だった。
教室に戻るタイミングはバラバラにしてたけど、その前に一緒にいた所を彼に見られたのかもしれない。
そう後悔しながらも、
「つ、付き合ってないけど」
「へー! そうなんだな」
僕は質問に対するありのままの事実を彼に伝えた。
言語化して彼女との現実の関係性が浮き彫りになった事で、少し胸が痛む中、
「好きなの? アイツのこと」
西谷君がそう尋ねてきた。
彼の白河さんに対するアイツ呼びに、どこか胸がもやもやする。
「え、⋯⋯ど、どうだろう」
「はは、なんだそれ」
しどろもどろになる僕の反応を、彼は面白そうに笑った。
そして、
「俺は好きだけどな」
「⋯⋯え?」
「白河のこと」
「⋯⋯」
彼は自信のある表情で、真っすぐ前を向いてそう言った。
その清々しい物言いに唖然とする中、彼は言葉を続ける。
「だから三井君が白河の事が好きなら、ライバルとして負けないぜって宣言しようとしたんだよな、本当は」
「……べ、別に僕は、そんな魅力的な人間じゃないから」
「そう自分を悲観する必要は無いと思うけどな。どんな人間も一長一短あると思うしさ! でも、もし白河を好きになる事があれば、お互いライバルだから、負けないぜ?」
にかッと明るく僕に笑いかける西谷君を見て、僕は、既に内面でも勝てないと思ってしまっていた。
そうして走りながら普段話す友達の元に戻っていく西谷君。
彼の背中を見送りながら考える。
もし、西谷君が、白河さんに告白したら、どうなるのだろう。
胸が苦しい。
人を本気で好きになった事の無い僕に、初めて生まれる負の感情。
そうして僕は、別の事に必死に思考を向けようとするあまり、
「__君、三井君」
肩を叩かれるまで、背後から声を掛けられてることに気付かなかった。
振り向くとそこには、女子側の体育の授業が終わった白河さんがいて。
「何考えてたの?」
首を傾けながら、柔和な笑顔で語りかけてくる彼女。
「い、いえ、別に」
咄嗟にそう言って誤魔化した。
白河さんと西谷君の関係が気になるなんて言えない。
「私以外の事?」
「っ!? ……そ、そうですね」
「そっか」
彼女はそう言うと、
「……えっ」
僕の手を軽く握ってきた。
辺りに人気が無いか確認しつつ僕が戸惑っていると、彼女の潤んだ唇が僅かに開く。
「ねえ、ちょっとこっち来て」
白河さんの些細な力に無抵抗に引っ張られながら、建物の物陰に二人で隠れる。
状況の理解が追い付かない中、彼女は僕の手を改めて優しく包み込んだ。
そして、
「……んっ」
彼女はそっと、自分の胸に僕の手を押し当てた。
布越しに感じる柔らかい彼女の温もり。
少し息を乱しながら頬を赤らめて、嗜虐的な笑みを浮かべてくる白河さん。
僕の耳元まで顔を近づけると、
「クスッ、ねえ、私の事だけ、考えるようになった?」
誘うように耳元でそう囁いてくる。
彼女が動かす度に、僕の手は何度も何度も彼女の胸を撫でた。
「いっぱい、私の事だけ考えて。いっぱいいっぱい。どんな事でも、考えて良いから」
脳を溶かす言葉を沢山浴びせてきた彼女は、僕から少し距離を離す。
「早く、二人きりになりたいね」
「……はい」
「今日も、傑君の家に遊びに行っていい?」
僕が頷くと、彼女は笑みを強めて、教室に戻るクラスメイトにさりげなく交じって行ってしまった。
そこから放課後に至るまで、僕は白河さんの思惑通り、彼女の事だけを考えるようになってしまっていた。
そうしてこの日も、僕は放課後に家に遊びに来た彼女と、再び体を重ねる事になったのだった。
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