第21話 入部

     入部


 エミリアからお誘いがあった。

 そろそろ入部するクラブを決めないといけないけれど、まだ一年であり、即戦力というわけでもないので、じっくりと時間をかけて選ぶことができるのが、ここのいいところだ。

 どうしてもここでの競技は魔法を駆使することになるので、四年生や五年生が主力であり、一年生はあくまでサポート要員である。特に、貴族のように小さいころから魔法をつかう練習を積んでいれば、一年から活躍することも夢ではないけれど、そううまくいかない。やはり経験だったり、魔力の量だったり、競技をする上では重要となってくる。

「この前は格闘系だったから、今回は大人しいものを選んだわ」

 エミリアは楽しそうに腕を組んできて、そういって引っ張っていく。そして耳元に口を寄せて「学園の資料からは、疑わしいところはなかったわ」

 それはサイナのことをエミリアに相談し、彼女が調べてくれた報告だ。

「シャルさんに話した……と聞いたときはちょっと嫉妬したけれど、でも、シャルさんとのつながりも確認できなかった」

「そうか……。でも、見てもいないのにあれだけの確信があって、ボクのことを指摘するのは、何かある気がするんだよな……」

 恐らく、その考察は正しい。サイナには何かある……。でも、その何か……がよくわからない。

 そして、なぜこのタイミングでそれを明かしたのか?

 色々と謎も深いけれど、あれ以来、サイナが迫ってくることもなく、以前と変わらぬ様子なので、それもまた怖かった。


 今日、エミリアが仮入部するのは、羽と呼ばれるバドミントンの羽根を大きくしたようなものを投げ、相手のエリアにおいていく。魔法を付与しておいて必要なときにそれを発動させて、相手をエリアから追いだせば勝ち。そうでなくとも連鎖して魔法を発動し、高得点を狙う……という頭をつかう競技だ。

「ボディコンタクトがないから、その意味では安全だけれど、魔法を連鎖させて攻撃されるから、必ずしも安全……というわけじゃないわ」

 この世界の競技は、必ず危険がつきまとう……。ボクも苦笑するけれど、戦争がなくなったことで、逆にスリリングさを競技に求めようとする意識が影響するのかもしれない。

「あの相手のエリアに羽を置いていくの。全部で9回投げることができるけれど、途中であっても相手をエリアから追いだせば、その時点で勝ち。逆に、追いだされないよう魔法が発動しても、大丈夫そうな位置に移動するんだけど、いつ相手の魔法が発動するか分からないのと、相手のエリアに羽を投げ入れるときの投げ込みやすさも考えて、移動しないといけないの。本当に頭をつかう競技なのよ」

 円形のエリアを、ネットで半分に分けて、陣地としている。そのネット越しに羽を投げ入れるが、1投目は1分、2投目は2分、と投げる時間が決まっていて、5投目以降は5分以内に投げこむ。先に相手をおいだした方が勝てるので、早く投げこみたいけれど、それこそタイミングも重要で、そんな駆け引きもこの競技の真髄といえそうだ。

「羽に籠められる魔法は一つだけ。だからどんな魔法にするか? スポーツ界のチェス、とも呼ばれるのよ」

 チェスと訳すけれど、もちろんこの世界にあるチェスに似た競技のことだ。


「エミリアはこうした競技の方が合っていそうだね」

「そうでしょ。頭をつかうからね」

 エミリアは勉強の方も優秀だし、前回のベイスでも相手の攻撃を読んで防御するなど、冷静に対応できる。

 ただ、エミリアが今回このクラブに来たのは、別の理由があるそうだ。

「先輩、お久しぶりです」

「あら? 大きくなって……」

 そんな親戚のおばさんみたいな挨拶だけれど、五年生で貴族の娘であるローラ・ソロスと紹介された。

「ローラさんに調査の協力をしてもらっていたの。レディエンヌ学園の裏にも詳しいから……」

「もうそんなんじゃないわよ。でも、お母さんが学園の経営にも携わっているから、生徒の情報を調べるぐらいなら訳ないわ」

 ローラは「それで、優秀な新人がうちに入ってくれるなら」と付け足す。どうやらそれを交換条件に、調べてもらったようだ。

「出自については問題ない。ただ、ちょっと気になるのが、サイナさんって子の出身である、アスス村ね。ここは中央の行政があまりいきわたっていないところ、いわば日陰地なのよ」

 国内は列車で行き来できるけれど、そんな線路が通っていない村を、日陰地と呼ぶことがあった。あまり発展せず、また行政の目も行き届かない場所、それがアスス村らしい。

「こういうところの出身者って、スパイも多いの」

「スパイ?」

「国同士で戦争をすることはないけれど、外交交渉とか、商業的な取引とか、色々と相手の国を知っておくことは有利なのよ。それで外国から雇われ、国内の情報を流すことを仕事とする人。それは要人とのコネクションをつくる……という意味ももっているのよ」

「じゃあ、学園という場は……」

「貴族の子女ともつながりをもてる、という意味では最適ね」


「もっとも、サイナさんがそう、というわけじゃないわ。でも国政に不満をもっていて、お金をもらえるのなら……と、日陰地の出身の人は、簡単に協力してしまうことも多い、という話」

 ローラに、ボクが男という話はしていないらしい。ただちょっと気になる動きがあったので、調べて欲しいということだった。

 確かにサイナは人とすぐ仲良くなるし、それが要人とのコネづくり、といわれるとそんな気もする。それに、国政に不満があるから貴族に対しても、あまり気後れしない面があるのかもしれない。

 でも、サイナがスパイ……? 信じられない気もする。

 あの表情をみたとき、サイナには裏がある……と思ったけれど、悪意という感じではなかった。スパイならば本音を隠す、としても、ボクもただの九歳ではない。それぐらいの人生経験は積んできたつもりだ。

 ローラと別れた後、ボクはエミリアに「ごめん。まさか、エミリアのクラブ活動を犠牲にするなんて……」

「気にしないで。私もこのリング部には興味があったから」

「ボクも一緒に入るよ。そういう約束だからね」

「それは楽しみね。このリングは魔力が多いほど、威力をだせるから、あなたにもぴったりのはずよ」

 ボクの魔力の多さを知っているから、これを択んだのでは? エミリアはそういう気遣いもできる子だ。

 でも、ボクはそれから紆余曲折がありながらも、何とか学園生活を過ごすことができた。

 男とバレることもなく、数年をこの学園で過ごしたボクらは、変わらぬ関係をつづけていた……。





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