頑張る背中
11月も後半になり寒さが厳しくなってきた。
家の中もひんやりとした空気が流れている。
「さくら」
スマホから、結城の声が聞こえてきてハッとする。
「どうしたの?」
目の前には、開いたままの本や教科書が置かれていた。
机の端の方には、レポート用紙も置かれている。
「ごめん、ぼうっとしてた」
「調子悪いなら、今日はやめとくか?」
「大丈夫、元気だからー」
そこまで言いかけたとき、廊下の奥からガタン!と音がした。
続けてバサバサと何かが落ちる音、ドサっと打ち付けるような音が聞こえてきた。
「さくら!?倒れてないか?」
「私は大丈夫、多分…」
今日は、両親が出かけていて結梨とさくらしかいない。
「結梨!」
スマホを放り出して、部屋を飛び出した。
結梨の部屋に着くと、ドアが開けっぱなしになっていてベッドの近くに、彼女が倒れていた。
机の上に置かれた紙類が、いくつか結梨の周りに落ちている。
「結梨!?結梨!どうしたの?しっかり!」
うつ伏せている結梨を起こし、額に手を当てる。
(熱い…熱がある)
苦しそうに息をする結梨は顔を真っ赤にして、冷や汗を書いていた。
上着を着ているから、出かける途中だったのだろうか。
(こんなに熱があるのに…)
結梨を触らせて、上着を脱がせた。
「ごめんね、結梨、ちょっと動かすよ」
小さく声をかけて、ゆっくりと抱き上げる。
ベッドに寝かせると、結梨がゆっくりと目を開けた。
「お姉ちゃん…あり…がと。……私、行かなきゃ…白夜、さ…」
震える手をさくらに差し出しながら、結梨が言う。
「うん、うん。白夜さんと約束があったのね。熱があるから、今は寝てなさい」
結梨の手を握りしめながら言うと、彼女がゆっくりと目を閉じて頭を振った。
「ダメ…ダメなの。約束…してたから、ずっと…待たせて、たの。…白夜さん……楽しみに、してた、し…」
そう言うなり、結梨の手から力が抜けた。
寝てしまったようだ。
(…こんなに熱があるのに、どんな約束をしたんだろう)
結梨を起こさないように手を離し、立ち上がる。
足元に結梨のスマホが落ちていた。
上着を椅子にかけていると、それが着信を知らせる。
白夜からだった。
(……)
少し迷ってから、スマホを置いて、部屋を出た。
(とりあえず、何か食べるもの。おかゆがいいかな)
炊飯器にご飯があるのを確認して、鍋を取り出した。
そこにご飯と水を入れて火にかける。
コップに水を入れて薬を探していると、玄関のチャイムがなった。
「はーい」
「さくら!妹ちゃん、大丈夫?」
「結城!?」
肩で息をする結城が立っていた。
何も言わずに電話を切ったさくらを心配してくれたのだろうか。
「あがって」
結城を家にあげて、リビングに通す。
キッチンに戻るとおかゆが出来上がっていた。
それをお皿に入れていると、結城が袋をガサガサとしながら近づいて来た。
「これ、スポーツドリンクとか水、ゼリーにプリン。冷やすもの、色々買って来た」
「ありがとう、結城。…風邪だって、わかったの?」
「何となくな。電話が切れる前に倒れる音がしたから、きっと熱だろうと思って。…で?結梨ちゃんは?寝てる?」
「うん、さっき寝たとこ。割と熱あるみたい」
「そうか、俺も行っても大丈夫?」
「うん大丈夫。行こう」
水とおかゆの乗ったおぼんを持ち上げて、結城と2人で結梨の部屋に向かう。
(急に倒れちゃうから、驚いたな)
きっと、疲れが溜まっていたのだろう。
引っ越してきたから、慣れないことばかりしていたから。
前に好きだと言っていた服を買ってきた時には驚いた。
『見て!すごく可愛いの買ったんだ!どう?似合うかな』
その時の結梨は引っ越す前には見られなかった笑顔を見せてくれた。
◯qb2高校に通い始めてからも、楽しそうにしている。
それはきっと、白夜のおかげだろう。
(いつも、楽しそうに白夜さんのこと話してた)
結梨の隣に座り込むと、スヤスヤと眠っていた。
「結梨、おでこに冷たいの貼るね。結城が色々買って来てくれたよ」
前髪を上げて、冷えピタを貼ると、眉がピクリと動いた。
「んんっ……お姉ちゃん?と…結城さん…?」
結梨がゆっくりと目を開けて、こちらを見た。
「やあ、結梨ちゃん。倒れたみたいだけど、体調はどうかな?」
「…まぁ良くなりました。…私、行かないと…白夜さんと、約束が…」
起きあがろうとする結梨を支えながら、その肩を抑える。
「結梨。熱があるんだから、無理に動かないの。何を約束しているかは知らないけれど、無理はしないで」
「うん…わかった」
結梨がコクンと頷いた。
素直に聞いてくれたことにホッとしながら、おかゆを見せる。
「食べられそう?」
「うん」
コクンと頷いた結梨におかゆを乗せた、スプーンを近づけた。
「熱いから気をつけてね」
パクっとおかゆを頰張った結梨が、目を細めた。
「……美味しい」
半分ほど食べて、結梨が再び横になる。
結城が袋から出したペットボトルを脇に置いた。
「水もここに置いておくね」
「ありがとうございます」
小さく笑う結梨の顔は、前より少し痩せている気がした。
布団から除く手も首も、前よりも細くなっていた。
「…結梨、最近ご飯、食べてない?」
「え?」
「元から細かったけど、痩せたみたいだから」
そう言うと、結梨が驚いたように自分の手を見つめた。
「そうかも。1週間くらい、ご飯を食べてなかったからかな」
結梨の言葉に、結城が驚いたように目を丸くした。
「全然、食べてなかったのか!いつ見ても細いから、体質なのかと思ってた」
「…ごめんなさい」
結梨が目を伏せる。
その時、スマホが鳴り出した。
机に置かれていた、結梨のスマホが振動している。
「結梨、電話だよ」
結梨にスマホを渡すと、震える指でそれを受け取り、さくらたちを見た。
「…出ても、いいですか?」
「もちろん」
結城とさくらが了解したことに安心したらしく、結梨が電話に出る。
「もしもし?」
「結梨ちゃん!ああ、よかった。全然待ち合わせ場所に来ないから、どうしたのかと思ったよ」
「…実は、熱が出てしまって」
「そうだったの?お見舞い、行こうか?」
「移したら悪いですし」
そう言いながら、結梨がスマホを下ろす。
電話越しに、足音が聞こえて来た。
「じゃあ、お見舞いの品だけ買って、玄関にかけておくよ。ごめんね、行けなくて」
「いいえ私のほうこそ、寒い中待たせてしまってごめんなさい。差し入れ、ありがとうございます」
白夜の足音とともに、電話が切れた。
傍に置いたスマホを見ていた結梨が、ゆっくりと目を閉じた。
「…白夜さんって、結梨ちゃんが通ってる通信制の学校の?」
「そうだよ。お見舞いに来るって言ってたね」
寝ている結梨を前にして、結城とさくらは顔を見合わせた。
「こんにちは」
1時間ほどして、白夜がやって来た。
手にはゼリーやスポーツドリンクが入った袋を持っている。
「初めまして、白夜さん。私、結梨の姉のさくらです」
「お姉さん。初めまして。俺は、◯qb2高校の臨時講師をしている浅布白夜です」
「妹から、お話聞いています。どうぞ、上がってください」
そう勧めると、白夜が迷うように、眉根を寄せた。
「いえ、でも」
「いいんです。結梨も今日、行けなかったこと気にしていたので、よかったら」
そう言うと、白夜がゆっくりと玄関を上がる。
袋を受け取り、結梨の部屋に案内した。
部屋に入ると、結梨は眠ったままだった。
額に触れるとあまり熱はなさそうだった。
「さっきより、熱くないので熱が下がったみたいです。ちょっと疲れてたみたいなので、知恵熱かな」
白夜に言いながら、袋を机の上に置く。
床に散らばった紙を拾っていると、白夜がベッド脇に座り込んだ。
「…結梨ちゃん。お見舞いに来たよ」
振り返って見れば、白夜が心配そうに結梨を見ていた。
その瞳は愛おしそうに結梨を見ている。
サッと目を逸らし、持っていた紙に目を落とす。
(!これって…)
紙を机に戻し、ドアへと歩く。
白夜は結梨を見つめたままだった。
「白夜さん」
声をかけると、白夜が振り向いた。
「しばらくしたら起きると思うので、よかったら話してあげてください」
「わかりました。ありがとうございます」
白夜が丁寧に頭を下げる。
その瞳に喜びの色が浮かんでいた。
ドアを閉めて、自分の部屋に戻る。
(…結梨の明るさに救われたんだろうな)
とても、愛おしそうに、宝物を見つけたような瞳をしていた。
結梨が頑張る勇気をくれた、恩人に会えるとは思わなかった。
(優しそうな人だったな。結梨が好きになるのも、わかる)
結梨には、これからも頑張ってほしい。
今日みたいに倒れてほしくはないけれど、きっと大丈夫だろう。
(だって、結梨にはー)
机に置かれていた紙を思い出し、口元が緩んだ。
ー頼もしくなったな。
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