変わりゆく笑顔

イトが来てから1週間が経った。

結梨は紗也と司と一緒にペットショップに行ったり、イトと遊んだりしていて日に日に明るくなっていく。

結梨の笑顔が明るくなったことを嬉しく思う。

(本当、明るくなったよね)

隣を見ると、編入試験の勉強をしていた。

さっきまで、イトと遊んでいたのに◯qb2高校への編入を決めてから頑張っている。

何か、心境の変化があったのだろう。

(いつか、話してくれるかな)

そう思いながら見ていると、結梨の目の前にベレー帽が置かれているのに気が付いた。

(被ってるの見てみたいな)

静かに立ち上がり、階段を上がる。

部屋に入り、財布とカバンを持ってリビングに戻る。

結梨は集中が切れたのか、イトを見ている。

その他には、ベレー帽があった。

「結梨っ、勉強、終わり?休憩?」

「…今日はもうお終いかな。明日、司くんが練習してくれるんだ」

「そうなんだ、ねぇ結梨」

彼女の前にしゃがみ込んで、その手を握りしめた。

「どこか、行きたいところある?」

「行きたいところ…服屋さん行きたい」

結梨がベレー帽を持ち上げた。

さくらは手を離し、大きく頷いた。

「このベレー帽のお店、すごく可愛くてワンピースとかスカートも欲しかったの」

「うんうん!行こう!結梨、他にも行きたいとことか、やりたい事ある?」

「お姉ちゃんと一緒にご飯食べたいな」

ベレー帽を被り、そばに置いていたカバンを取りながら結梨が言う。

「わかった!それじゃ、行こう!」

グイッと結梨の手を引いて玄関を飛び出した。


「可愛いの買えたねー。結梨、よかったね」

「うん!ありがとう、お姉ちゃん」

結梨が嬉しそうに笑ってくれる。

どこか固さのあった笑顔は、とても柔らかくなったと思う。

肩まで伸びた髪が、サラリと動いた。

頬まで伸びた前髪が彼女の瞳を半分隠す。

「結梨、髪伸びたね」

「そうなの。編入試験の前に切りたいなと思ってて」

結梨が髪に手を添えながら言う。

「綺麗なのに…いいの?」

「うん。だけど、どこの美容院がいいかな?」

「うーん…私も知らないんだ。紗也に聞いてみようか」

「そうだね。この後、どうする?もうすぐお昼だけど」

「何か食べに行かない?美味しいカフェ、友達に教えて貰ったんだ」

「気になる!どんなとこ?」

目を輝かせる結梨に笑いながら、スマホを取り出した。

「ここだよ。あの角、右に行ったとこ」

カフェの詳細を結梨に見せながら、公園の角を指す。

「わあぁ…美味しそう!行こう!お姉ちゃん!」

結梨が嬉しそうに笑いながら、先に立って歩き出す。

「待ってよ!結梨!」

少し前まで、引きこもっていたなんて思えないほどの変わりようだ。

ー頑張れ、結梨。


翌日、さくらは部屋で大学の課題をしていた。

パソコンを操作していると、階段から足音が聞こえて来た。

バタバタと駆け上がってくる。

何かあったのだろうか。

(ひと通り終わったし、後でやろう)

パソコンを閉じて、ドアに目を向ける。

先に開けておこうと立ち上がったところで、ドアがバンっと開け放たれた。

「お姉ちゃん!ただいま!見て!これ!」

結梨が興奮した様子で、早口に言う。

ドアを閉めながら、被っていたベレー帽を外した。

「どうかな?似合う?」

乱れた髪を直しながら、結梨が上目遣いに見上げてくる。

肩まで伸ばしっぱなしだった髪は、ショートカットになっていた。

「すっっ…ごく!可愛い!似合うよ!」

そう言うと、結梨が嬉しそうに笑う。

「本当!?よかったー」

ホッと胸を撫で下ろす結梨の顔を、長めの髪が半分隠した。

本当に、とてもよく似合っている。

目の前で嬉しそうに笑う結梨は、可愛い。

(それにしても、行動が早くなったな)

まさか昨日の今日で髪を切ってくるなんて、思わなかったのだ。

「結梨、行動力、上がったね。編入試験を受けることにしたのもそうだけど。何かあったの?」

「んー…イトのおかげかな。後は、浅布さん!」

「◯qb2高校の臨時講師の人だっけ?」

「うん!猫みたいな人なんだ。フラフラしてるように見えるけど、優しい言葉をくれる人なの」

そう言うなり、結梨が部屋を出て行く。

イトのところに行くのだろうか。

机に座り直しパソコンを立ち上げる。

レポートを作っていた手が止まる。

(この資料、結城が持ってるんだった)

スマホを取り上げて、トークアプリから電話をかける。

「もしもし?」

「おー、どうした?」

「レポートの資料持ってる?あったら、送ってほしいな」

「ちょっと待ってて」

少しして、レポートで使う資料が、パソコンに飛んできた。

「ありがとう」

「こちらこそ。さくら、レポートするなら俺にも言えよな。ペア課題なんだし」

「そうだけど、結城は忙しいでしょ?あんたがまとめてくれたところをレポートに落とすだけだし、大丈夫だよ」

「俺も助かってるけど、無理はするなよ」

「うん。じゃあね」

電話を切り、レポートを仕上げた、

(助かってるか…)

パソコンを閉じて、グーっと伸びをする。

『優しい言葉をくれる人なの』

そういった、結梨の表情は驚くほどに穏やかだった。

そのくらい白夜のことを信頼しているのだろう。

(…結梨があんなに変わったのは、その人のおかげでもあるのね)

今度、それとなく聞いてみよう。

そして、白夜と会うことがあったら、お礼を言おう。

結梨を支えてくれてありがとうー。

彼女の笑顔が、絶えませんように。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る