必ず現実になる夢の法則
鈿寺 皐平
夢が現実になる時
あの夢を見たのは、これで9回目だった。
「あと……1回か」
ひとつ言葉を噛みしめてから、俺は
雲はほとんどなく、絶好のお出かけ日和と言えるだろう。前日に天気予報を調べてたが、今日は一日晴れ。どうやらその予報は当たっていそうだ。
「うぅ……おはよう」
「おはよ。もう朝の七時だし、早く準備しないと。飛行機の時間に間に合わないよ」
「え……あっ、そっか! 今日から旅行だー!」
彼女のその無邪気な姿が、いつになく
「あ、そういえばなんか夢見た? 今日」
「見たよ。また宝くじの夢だけど」
「え、また!? 何円くらいだった?」
「えっとー、300円だったかなー」
「えー!」
朝から元気なことだ。喜んだり
けれど、不思議とそれもまた愛おしいと思える。俺は自覚している以上に彼女のことを可愛いと感じているのだろう。
「まあいいや。もう私達、四億円当てたもんね! なおくんが見た夢、絶対当たるもんね!」
「はいはい。早く起きて」
そう軽くあしらいながら、俺はベッドから出ようと布団をめくる。
「なおくん」
すると、彼女が急に僕の首へ片腕を回し、全体重をかけてきた。俺はその重みに引かれるまま上体を
「大好き」
「俺もだよ」
唇を離すと互いに優しく笑んで、互いに愛を
「大好き」
「分かったから……。早くしないと、チェックイン間に合わなくなるよ」
「むぅー……。好きじゃないの? 私のこと」
「好きだよ、まゆのこと。だからこそ、今日から一緒に行く旅行の時間は一秒でも無駄にしたくないんだ」
「んー……むぅー、仕方ないなー」
不貞腐れてはいるけど、僅かに喜悦が
彼女は枕元に置いていたスマホを握り締めると、むすっとした顔そのまま、またベッドの上に横になってスマホの画面を凝視し始めた。
出発までまだ1時間以上あるからゆっくりしてもらってもいいが、あの様子だと二十分近く布団から出てこなさそうだ。
「なおくーん」
「んー? なにー?」
「今日見た夢って、宝くじで300円当たる夢で合ってる?」
「合ってるよ」
彼女の趣味は夢日記。しかしその内容は、俺が見た夢だけを記録してる。
「ちなみにその夢って今日で何回目?」
「まだ1回目……だと思う。まゆのその日記に書いてなかったら」
「あー……ちょっと後で確認しとく。今は準備しないと!」
彼女にはもう言っているが、僕は同じ内容の夢を10回見ると、その夢が正夢になる。四億円の宝くじが当たったのも、同じ夢を10回見たからだ。
しかし、僕は知っている。人が見る夢は蓄積された記憶が元になると。
僕はその原理を利用して、四億円が当たるというシチュエーションを寝る前に何度も想像したり、日頃からそういう情報に極力触れるようにして、四億円を当てるという夢を10回見ることができた。
僕が見る夢が正夢になるということを知ったのは中学生の時。テストで学年一位を取るという夢を10回見たら、その夢が本当に現実になった。
しかも驚くべきことは、前日まで碌にテスト勉強もしていなかった俺が、五教科全てで解答用紙を空欄にすることなく終えられたこと。
これは不思議な力が働いてると言っても過言じゃない。どんな状況であっても、その夢で見た内容通りになることを理解したのは五度目の正夢。
初恋の人に告白して成功するという夢が現実になる瞬間だった。
夢の内容は、俺が校舎裏で初恋の人に告白するというシンプルな内容ではあるが、その初恋相手の後ろには女子生徒の影があった。
当時高校生だった俺は、女子に告白するなんてその時が人生で初めてだった。
だから密かにその子だけ校舎裏に来るよう伝えたのだが……夢の内容通り、初恋相手の彼女の後ろには女子生徒がいた。
もちろん告白したが、人に見られながらする告白はとても恥ずかしかった。
10回見た夢の内容は必ず現実になる。その内容を俺がどれだけ捻じ曲げようと試みても、結果的に必ずその内容通りになる。
それが分かってから俺は特に何か抵抗を見せるでもなく、ただ淡々と日常を過ごした。
俺は今までと逆に考えるようにした。夢の内容が来るまで必死に待つのではなく、俺の日常の中に夢の内容が入り込んでくるのだと。
宝くじが四億円当たったとしても、夢の内容で見たものと同じだと思うだけに留めて、それ以上は深く追及せず日々を生きてきた。
大学生になって、一人暮らしを始めて半年。夏休みも後一か月経てば秋学期が始まる。
大学生の夏、彼女とのデート。加えてお金の心配もない。こんな夢に描いたような人生もそうないだろう。
むしろ存分に楽しまないと、他の人に悪いのではないかとすら考えてしまうほどだ。
「うわー! オーシャンビューだー!」
飛行機、電車、バスを乗り継いで約六時間。青い海と強い日差しがホテルの窓一面に広がっている。
目下には砂浜と公道を走る自動車が見える。なんともいい部屋だ、絶景すぎる。
「ここで二泊三日って、すごーい!」
「俺もここまでのホテルは初めてだよ。そういえば、中庭にプールあったよね?」
「あったあった! すごいよねー、ここ!」
その日は彼女とホテルの中をぶらぶらするだけで一日が終わった。それ相応の値段がするホテルなだけに、設備があまりにも充実していた。
部屋に露天風呂が付いてるというだけでも豪勢なのに、大浴場、プール、レストランはビュッフェ、ゲームセンターと、その他言い並べたら満喫できるか分からないほどだったが、どうにか一日で全て周ることはできた。
おかげで風呂上がりだというのに、ゲームコーナーにあった卓球台でまた汗を掻いてしまって部屋の風呂に入り直した。夜の潮風は気持ちよかった。
そして、その夜。俺があの夢を見たのは、これで10回目だった。
「……ようやくか」
今朝は運悪く、海の上には雲がかかっている。おかげで昨日の海の青さはなく、僅かに濁ってるようにすら見える。
しかも、今日の海は昨日よりも荒れていた。
けれど、この部屋といい、このホテルといい、満足度の高いサービスを享受できていることを思えば些細なことだ。
「うぅ……おはよう」
「おはよう。よく寝れた?」
「うん。ベッドふかふかでクーラーも効いてて気持ちよかった」
「良かった良かった。ねぇ、今から」
「ねぇ! 海、見にいかない? 昨日ホテルの中だけ満喫しちゃってて、海を見にいけなかったからさー!」
「……いいね、行こっか」
俺が言おうとしてたことを、彼女が食い気味に提案してきた。
寝起きの良くない彼女からそんなはっきりと提案してくるとは思ってなかった俺は、少し戸惑いながらも首を縦に振る。
浜辺までは、ホテルのエントランスを出て、横断歩道を渡ればすぐに着く。一分も要らない距離にあるのはとてもいい。気軽に行ける。
彼女は寝起きだというのに……いや、寝起きだからなのか、幼い子供のように大はしゃぎで海に向かって突き進んでいく。よくサンダルで沈む砂浜の上を走れるなぁ……。
俺はその後ろ姿を見守りながら、マイペースに彼女の背中を追った。
「潮風気持ちいー! ねー、早くー!」
「元気だなー、早いって」
そういえば、海に来たのは何年ぶりだろう。昨日もそうだけど、プールとか海で遊ぶのなんて高校……下手したら中学・小学校以来の可能性もある。
まあ海なんて、近くにないと積極的に行こうとは思わない。しかし、久しく来てみれば、テンションが上がるのは確かだ。
彼女もそう。あまりのテンションの高さに、もう足首を海につけている。
「冷たーい! うおー! 波ちょっと高ーい!」
「気を付けろよー」
「なおくん、来なよ! 気持ちいよ!」
笑顔で手を招く彼女のその姿は、とても美しかった。
あの夢と全く同じ光景だ。どんよりとした空の下で、彼女は海の中に入っていく。こちらに笑顔を向けながら、最後は……。
「っ! まゆっ!」
「なおくっ……助けっ……!」
途端、潮風が強く吹くと、彼女が勢いの乗った高波に飲み込まれる。
あぁ……あの夢と全く同じ光景だ。
ようやくか……ようやく、この日が来たんだ。
そして俺は、電話を掛ける。110番ではなく、初恋相手に。
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