あいつと手を
かどの かゆた
あいつと手を
この夢を見るのはこれで9回目だった。
あいつと手を繋いで、街を歩く夢。
風で落ち葉が舞って、やや肌寒いなかで、手に伝わる温かさまで、全部、鮮明だった。夢の中で、私はそれを当然と受け入れていて、平気で笑っている。
そして、上がった口角のまま目が覚めるのだ。
夢が深層心理の欲求を映し出すというのは何か雑学系のショート動画で見た気がするが、これはあまりにも短絡的すぎるのではないか。
9回目。
9回目かぁ。
1回なら、気の迷いとか、偶然とか、そういうことで片付けられたはずなのに。
最悪の寝覚めだった。やる気が起きず、普段編み込んでいる髪を適当にまとめる。そして、朝食を食べずに学校へ向かった。
タイツ越しにも朝の空気は冷たく、足が冷える。
ふと横断歩道の向こうを見やると、あいつが女の子と一緒に歩いていた。同じクラスの莉子ちゃん。私より背が低くて、目がクリクリしてて、素直な性格をしている。
「あれ、おはよー」
莉子ちゃんが私に気付き、ぶんぶんと手を振ってくる。ああいう仕草、私がやるとあざとくなるけど、彼女だとどうしてこんなに自然になるのだろう。
「おはよう」
まさか無視するわけにもいかず、私は手を小さく振り返した。そして、信号が青になった。
「おう。おはよ」
莉子ちゃんの隣で、あいつはヘラヘラ笑ってた。その顔が、夢で見た表情とよく似ていて。へぇ、夢もなかなかやるなぁ。再現度高いじゃん、なんて、そんな虚しいことを考えていた。
あいつは私の顔を見て、ちょっと間を置いてから「髪型いつもと違うね」と呟いた。
「あー、今日起きるの遅くて」
私は二人の距離の近さを目の当たりにしている割には、ちゃんと笑えていたと思う。あいつはちょっと真面目な顔をして、口を開く。
「良いなぁ、その髪型」
ムカつくなぁ、と思った。
いつものちゃんと綺麗にしている髪型より、こんな適当な、ただ結んだだけのが良いのか。
「彼女の前で他の女子を褒めるな」
「え、あぁ、ごめん」
私ではなく、莉子ちゃんの方に謝る。正しいんだけど、なんだかなぁ。
「いや、別に気にしてないよ。私も、いいと思う。ポニテ」
「莉子ちゃん優しいなぁ。本当、気をつけてよ。そーゆーの、社会に出たらセクハラになりかねないんだから」
「はいはい。気をつけるよ」
そう言って、会話が途切れた。意外とちゃんとしているところがあるから、きっとこれから反省して、私を褒めたりとか、無くなるんだろうな。
二人が、歩いている。ちょうど今日、夢で見たみたいに。
不意に手の感覚が思い出されて、私は自分の右手で、左手を優しく握った。同じ手と手。同じ体温。ずっと循環して、グルグル考え込んでしまう。考えても仕方がないような類のことを。
「寒いの?」
私の様子を見て、莉子ちゃんが小首をかしげる。
「うん、寒い、かも」
傷付くのは分かっているけど、10回目があっても良いな、と思った。
どうやったって直ぐには忘れられないなら、こんな慰めくらいは、あったって許されるよね。
あいつと手を かどの かゆた @kudamonogayu01
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