「死神の手紙と運命を届ける少年」
くるとん
第一章 第1話 始まりの村
──ザクッ、ザクッ。
土を耕す音が響く。
俺の名前はレイン・エルフォード。
どこにでもいる普通の村人で、生まれてからずっとこの村で暮らしている。
俺の家は代々農業を営んでいて、物心ついた頃から鍬を握るのが日課だった。
今日も朝から畑に出て、トウモロコシの世話をしている。
日差しが強く、汗がじわりと背中を伝う。
「……ふぅ」
手を止め、空を見上げた。
その時、村の広場で旅人たちが何やら話しているのが目に入った。
街道沿いのこの村には、たまに商人や旅人が立ち寄る。
彼らの話には、村では知ることのない世界の情報が詰まっている。
俺は額の汗を拭いながら、何気なく近づいた。
広場には数人の村人が集まっていた。
真ん中に立つのは、見慣れない旅人の男。
道中で砂ぼこりを浴びたのか、旅装はすっかり色褪せている。
腰には短剣をぶら下げていて、どうやら商人ではなく冒険者らしい。
「おーい、レイン! こっち来て水でも飲め」
村の井戸のそばに座っていたオットー爺さんが、手招きしながら言った。
俺は素直に近づき、桶に張られた冷たい水をすくって口に含む。
「ぷはぁ……うまい」
「今日も暑いからなぁ。お前も仕事の合間に話でも聞いていけ」
「ありがとうございます」
桶を置いて、旅人の話の輪に加わる。
「で、どんな話してたんだ?」
俺が尋ねると、旅人の男は大きく頷いた。
「ああ。王都の方でな、ついに聖剣の試練を乗り越えた者が出たらしい」
「おお……」
村人たちがどよめく。
「じゃあ、もう魔王が復活するのか?」
「いや、まだ兆候はないらしい。でも、勇者が生まれたってことは、そろそろってことだろう」
静かなざわめきが広がる。
そう。
魔王は数百年に一度復活する。
世界が混沌に包まれるその時、勇者が選ばれ、魔王を討つ宿命を背負う。
それが、この世界の歴史だった。
「すげぇな、勇者かぁ……」
村の若者が感心したようにつぶやく。
「どんな奴なんだ?」
「噂じゃ、まだ若いらしいぞ。白銀の女勇者だって呼ばれてるらしい」
「女の勇者? そりゃ珍しいな」
「まあ、勇者の性別は関係ないさ。剣を振るう腕さえあればな」
旅人は笑いながら肩をすくめる。
俺はふと、遠くの空を見上げた。
世界のどこかに、自分とはまるで違う存在がいる。
魔王を討ち、人々を救う者。
俺とは関係のない、別の世界の話。
「そりゃすごいなぁ……」
適当に感想を漏らし、俺は桶の水をもう一杯すくって飲んだ。
「お前は相変わらず呑気だな、レイン」
オットー爺さんが笑う。
「勇者の話を聞いたら、普通は血がたぎるもんだろう」
「いやいや、俺はただの村人なんで……」
俺は苦笑しながら、桶を戻す。
――どうせ、俺には関係のない話だ。
「そろそろ畑に戻るわ。話、ありがとう」
そう言って、俺は再び鍬を握るために歩き出した。
数時間後
「レイン、ちょっと来なさい」
畑仕事を終え、夕飯前のひとときを過ごしていた時だった。
家の前で、村の長老であるオットー爺さんに声をかけられる。
腰を曲げた小柄な老人だが、その目にはまだ鋭さが宿っている。
「なんだよ、爺さん。俺、もう腹減ってんだけど」
「お前さんに大事な話があるんじゃ。ちょっとこっちに来い」
俺は面倒そうにしながらも、家の裏手の木陰へと歩く。
そこには、村の年長者たちが数人集まっていた。
どうやら俺だけじゃなく、ほかの若い奴らも呼ばれているらしい。
「話って何?」
「そろそろ、お前も村を出て仕事を探す頃合いじゃな」
オットー爺さんの言葉に、一瞬、時間が止まった気がした。
「……え?」
「お前ももう十六。そろそろ村の外で学ぶ時期だ。村に残るにしても、一度は外の世界を知っておけ」
確かに、この村には昔からの習わしがある。
十六になったら、村を出て仕事を探す。
外の世界を知った上で、村に戻るかどうかを決める。
「村の外……」
俺は周りを見渡す。
一緒に呼ばれた他の若者たちも、それぞれ思案顔だ。
「俺、べつに今のままでいいんだけど」
「そう思うなら、それもいいさ。ただ、一度は外の空気を吸ってくるといい」
爺さんの言葉に、俺は考え込む。
確かに、この村での暮らしに不満はない。
毎日畑を耕し、収穫し、飯を食う。
地味だが、それが俺の当たり前だった。
でも、どこかで「このままでいいのか?」という思いが消えなかったのも事実だった。
「隣町には仕事も多い。何かやりたいことが見つかれば、そのままそこで生きるのもいい」
「もし見つからなかったら?」
「そん時は帰ってきて、農業を継げばいい」
簡単なことのように言うが、それはつまり一度は村の外に出なきゃならないということだ。
俺は井戸の縁に座り、冷たい水をすくって飲んだ。
喉を潤しながら考える。
――もし、村を出たら。
――俺の人生はどう変わるんだろうか。
「レイン、お前の好きにしろ。ただ、一度は外を見ておけ。それが俺たちの昔からの教えだ」
「……分かった」
俺はゆっくりと頷いた。
「明日の朝、出発する準備をしろ」
オットー爺さんはそう言うと、満足げに頷いた。
こうして俺は、村を出ることになったのだ。
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