B10__Liminal
◾︎
目が覚めない。
「あれ、なんで、、、」
狭川は呆気に取られる僕の両肩に手を置いて耳元に口を寄せて囁く。
「反復は、ストレスがかかるけど慣れてきちゃうからね。地下10階到達記念にちょっと趣向を変えてみたんだ。どう? 嫌な気持ちでしょ?」
ルーティンから外れるイレギュラー、確かに嫌だった。ドアの向こう側は廊下だったが、床は絨毯ではなくリノリウム、右側に並んだ窓から光が入ってくるが、そうか。これは夜の学校の廊下だ。
狭川はそのままの姿勢で続ける。
「でもまぁ、今の状況はあまりよくないんだけど、、、こういうのはたまにあることだから。夜の学校って来たことある? ドキドキするよね。じゃ、行こっか。」
「行くって、どこに。」
「探検。」
狭川は手を置いていた僕の両肩をぽんと叩いて前に押し出す。振り向くと入ってきたドアは消えていた。
目が覚めなかったことで、このままこの夢の中に閉じ込められてしまっていたらどうしようという不安が胸に渦巻いていた。これでは狭川の思うツボだ。
「ほら、行こうよ山都。」
「ちょ、」
狭川は僕の手を掴んで暗い廊下をずんずん進んでいく。本当に、この男は自分のペースでしか動かない。僕はまた狭川の言うがままにされていた。
学校は苦手だった。
とにかく、あの空間が合わなかった。僕の通っていた地方都市の学校は生徒も教師も粗暴な人間ばかりで気が滅入った。僕自身は特に目立って虐められていたということはなかったが、学校空間ではそこかしこにおいてヘラヘラとした『ノリ』によって平然と暴力が横行しており、とても法治国家の教育施設とは思えなかった。そうでなくとも、とにかく人が集まる場所は何が無くとも目には見えない『淀み』のようなもので満ちている。苦手というのは間違いだ。僕は明確に学校が『嫌い』だった。卒業してもう何年も経つし、わざわざ遠くの大学へ進学し地元を離れて働き始めた今でも、あの息が詰まりそうな感覚がふとしたときにたまに蘇ってくることがある。
夜の学校は静まり返っていて、僕と狭川の足音が廊下に響くばかりだったが、人がいようといまいと、学校という空間に対して染み付いた感覚によって居心地の悪さを感じた。
「どこに行くんだ、、、」
「訊いて俺が答えると思う?」
思わない。
本来有り得るはずのない長さの廊下を手を引かれ延々と歩かされ、階段を何度も何度も降り、どこかの教室のドアを開くと塩素の臭いが鼻をついた。
そこは屋上のプールだった。
階段を下っているのだから屋上になんか辿り着くはずがないのに。
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