第4話 絡まった操り人形の糸


翌日、藤崎はデスクの上に置かれたスマートフォンを睨みつけていた。

そこには政府広報担当者からのメールが表示されていた。


── 「本件に関する誤報が多発しております。慎重な対応をお願いします」


「慎重な対応、ね……」


政府は、報道各社に対し、「無責任な憶測記事は国益を損なう」 という名目で圧力をかけていた。新聞社の上層部にも根回しが行われ、「確証が取れるまで報道は控えるべき」との指示が降りた。テレビ局も同様だ。ニュース番組では、「政府が子育て支援に尽力している」という話ばかりが強調され、藤崎の掴んだ「少子化対策の裏にある人口抑制政策」には一切触れられなかった。


東洋タイムズも例外ではなかった。


「これはまだ確定情報とは言えない」「センセーショナルにすぎる」と、編集部内でも慎重論が強まり、藤崎の記事は掲載を見送られた。


── 完全な報道封殺。


藤崎は、歯ぎしりしながら画面を閉じた。


だが、その翌朝。事態は急変する。


「藤崎さん、これ見ましたか!?」


後輩記者が慌てた様子で駆け寄ってきた。


藤崎がスマホを確認すると、そこにはBBCのニュースサイトが映し出されていた。


── 「日本政府、密かに進める人口削減政策――流出した内部資料が示す驚愕の実態」


記事には、藤崎が掴んでいた政府資料の要点が克明に記されていた。「育児支援」 の名目で現役世代の負担を増やし、出生率を抑え、将来的に移民政策へと移行する政府の隠された意図。そして、シャンロン系企業との裏取引 による国家資産の流出。


「……誰かがリークしたのか?」


藤崎は驚きながらも、心のどこかで安堵した。


日本国内のメディアが沈黙していても、海外メディアが報じれば、もう政府は完全に無視することはできない。事実、日本政府はすぐに反応した。


「悪質な誤報であり、事実無根の陰謀論」


官房長官がそう声明を発表したが、すでに手遅れだった。


海外メディアが報じたことで、SNSでは「日本政府は何を隠している?」という議論が巻き起こり、#人口抑制政策 というハッシュタグがトレンド入りした。


さらには、CNNやアルジャジーラ までもがこのニュースを追随し始めた。


日本の記者クラブに属する大手新聞社は依然として沈黙を続けていたが、独立系のジャーナリストたちはすぐに反応した。


「これ、日本のメディアはなぜ報じない?」

「日本の報道機関は政府の犬か?」


SNS上には、国内メディアに対する批判が殺到し始めていた。


「藤崎さん、どうします?」


後輩記者が尋ねる。


藤崎はスマホを握りしめ、低く答えた。


「海外発のニュースなら、日本のメディアも無視できなくなる」


そして、彼は決断した。


「こっちも動くぞ」


藤崎は、東洋タイムズの上層部の判断を待つことなく、独自のルートで海外メディアに追加情報をリーク することを決めたのだった。




シャンロン政府は、日本国内の混乱を巧みに利用し、国際社会に対する情報戦を強化していた。世界中のニュース番組では、シャンロンの国営放送が流した映像が繰り返し放送された。


—東京の街頭で行われる反政府デモの映像。襲われる政治家、官僚の姿。

—警察が暴徒鎮圧用の催涙弾を発射するシーン。

—「政府の腐敗に抗議する国民」とされるインタビュー映像。


画面の端には、赤い文字でこう表示されている。


「日本国内の不安定化」


シャンロンの報道官が、穏やかな口調で語る。


「現在、日本では政府の汚職に対する国民の怒りが爆発しています。暴動が各地で発生し、治安は完全に崩壊しました。これ以上の混乱を防ぐため、国際社会は介入を検討すべきです。」


西側のメディアは慎重な報道を続けたが、一部の国ではシャンロンの宣伝をそのまま流用し、「日本政府は極端なナショナリズムに走り、国民を抑圧している」と報じる論調すら現れた。


やがて、シャンロン政府は国連の場で公式声明を発表する。


「日本の政治体制はすでに機能していない。我々は平和維持のため、緊急の措置を取る必要がある。」


そして、その「緊急措置」として、シャンロンは秘密裏に日本への軍事派遣を検討し始めた。


日本政府は、シャンロンの軍事行動を察知すると、すぐにアメリカに支援を要請した。


首相は慌ててホワイトハウスと緊急会談を開いたが、過度の自国第一主義に陥ったアメリカ側の対応は冷淡だった。


「現在の情勢を深刻に受け止めています。しかし、武力衝突を回避するため、日本政府には冷静な対応を求めます。」


それだけだった。


期待された軍事的支援は、一切行われなかった。


数日後、日本政府に送られてきたのは、小さなコンテナだった。中を開けると、そこにはヘルメットが並んでいた。


「ヘルメット…だけ?」


防衛大臣が呆然と呟いた。


「我々は日本政府の自衛努力を支援しています」


それが、アメリカ側の公式な説明だった。


防衛省の会議室には、怒りと絶望が渦巻いていた。


「要するに、見捨てられたってことだろ…」



一方、日本政府内部では、対応をめぐって激しい対立が起きていた。


「強硬対応を打ち出せば支持率は上がる!」

「いや、軍事衝突を避けるのが最優先だ!」

「だが、このままでは占領されるだけだぞ!」


会議室では、閣僚たちが声を荒げて議論していた。


しかし、どれほど言い合っても、最終的に誰も決断を下そうとはしなかった。


「慎重に対応しなければならない…しかし、強行策にはリスクがある…」


そんな言葉ばかりが繰り返される。


総理大臣は机に肘をつき、苦渋の表情を浮かべた。


(どうすればいい…?)


答えを出せないまま、時間だけが過ぎていった。


その間にも、シャンロン軍は着々と進軍を進めていた。



半年後、ついに決定的な瞬間が訪れた。

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