第3話 お金がまんなか

翌々日の夜、藤崎は内部告発者との接触を試みるため、都内の外資系ホテル「エターナル」を訪れた。

 

 エレベーターの中は薄暗く、金属の音が静かに響く。到着したラウンジには、シャンロン資本が関与する企業のロゴが散見され、洗練された空気が漂っていた。

 

 待合室で、藤崎は一人の中年男と静かに会話を交わす。男は、すでに幾度となく内部の闇を見てきたという風情を漂わせ、その瞳には重い苦悩が宿っていた。

 

 「この資料は、我々内部で長らく隠蔽されてきたものだ。君にだけ、信頼のおける形で渡す。」

 

 男は、革張りのケースから数枚の紙とUSBメモリを取り出し、藤崎に手渡す。その瞬間、藤崎の心臓は高鳴り、汗が背中を流れた。

 

 「これが…シャンロン資本と政府の癒着の全貌か……」

 

 彼はメモリの中身を確認するために、ホテルの静かな一室に籠り、冷たい液晶画面に目を凝らした。記録されたデータは、数多くの銀行振込記録、豪華なディナーのレシート、そして高級料亭での会食時の写真など、具体的な証拠で溢れていた。

 

 「これで、全てが白日の下に晒されるはずだ。」

 

 藤崎は、心の奥底で燃える怒りと絶望を感じながら、証拠の一つ一つに目を通していった。

 

 しかし、同時にその裏には、自分一人ではどうすることもできない巨大な構図が広がっていることを痛感せざるを得なかった。

 

 「この真実を公にすれば、国民は救われるはず…だが、俺はどう戦えばいい?」

 

 そう呟いたその時、ホテルの廊下からかすかな足音が聞こえ、藤崎は身の毛もよだつような不安に襲われた。

 

 「誰かに見られている…」

 

 闇夜に消えるような足音は、内部からの脅迫を予感させ、藤崎は急いで証拠をメモリにまとめ、部屋を後にした。

 

 外では、都会の灯りが冷たく瞬いており、国民の未来が暗闇に沈みゆく予感を、ひそかに告げているようだった。



 翌日の国会議事堂裏手、閑静な官僚寮の一室。

 

 そこでは、政府の中枢を揺るがす秘密会議が行われていた。

 

 「今回の『こども未来発展省』の予算は、既にシャンロン側に大部分が流用されている。内部告発が出れば、国全体が大混乱に陥ることは明白だ。」

 

 会議室に集ったのは、重々しい顔つきの官僚たちと、やむを得ず政府の顔として前に出なければならない政治家たち。

 

 一人の中堅官僚が、静かに報告する。

 

 「裏取引の詳細ですが、我々が把握している限り、AI育児相談システムの契約金のうち、約85%はシャンロン資本の指定口座に流れております。また、子育て意識調査に関しては、実際の調査は行われず、架空のデータに基づいて報告書が作成され、その報告書自体が再び同じ広告代理店へ支払われる形となっております。」

 

 その言葉に、部屋の空気が凍りつく。政治家の一人が、苦々しく呟く。

 

 「これを公にすれば、我々は一夜にして陥落する。しかし、現状維持のためには、何としてでもこの情報を封じ込めなければならない。」

 

 会議は、官僚たちの重苦しい沈黙とともに進み、最終的には、内部告発者の排除と、データの完全な抹消が決定された。

 

 その決定は、後に国民の知る由もなく、ただ静かに実行される運命にあった。



 藤崎は、こうした内部の記録と秘密会議の情報をもとに、政府の腐敗の全貌を追求し続けた。

 

 彼は何度も、深夜の密室でパソコンの前に座り、匿名告発者から得たデータと、内部記録を突き合わせながら、衝撃的な事実に直面した。

 

 「これほどまでに、我々の国家が外部勢力に操られているとは…」

 

 藤崎の内心は怒りと絶望で満たされた。

 

 だが、同時に、彼はこの真実を明るみに出すことで、国民に希望を取り戻させる最後の砦となると、信じて疑わなかった。

 

 一方で、シャンロン側は、冷徹な戦略会議を秘密裏に行っていた。

 

 ――シャンロンの重鎮たちは、海外の高層ビルの一室に集まり、スクリーンに映し出された日本の最新動向を眺めながら、次の一手を練っていた。

 

 「日本政府が内部告発に揺らいでいる。この機に乗じ、我々は更なる経済支配と、最終的には政治支配を確立するのだ。」

 

 その声は、無機質な会議室に冷たく響き、戦略的な冷静さを漂わせながら、計画の着実な進行を示唆していた。

 

 シャンロン側は、既に日本国内の各省庁に、影の支配者として自らの代理人を送り込んでいた。

 

 「こども未来発展省」の予算は、その代表例である。表向きは子育て支援、だが、実際は広告代理店を通じて裏金が流れるという仕組みが、巧妙に設計されていた。

 

 さらに、シャンロンは、香港やシンガポールの金融機関を経由して、秘密口座へと資金を流し込むシステムを構築。

 

 「我々の影響力は、金の流れとともに、静かに、しかし確実に拡大している。」

 

 その冷静な声に、シャンロン側の部下たちは頷き、次の指示を待った。

 

 ――この裏取引の全貌が明るみに出れば、国全体が揺らぐことは必至である。

 

 藤崎は、その事実を胸に刻み、己の使命を再確認した。彼は、必ずやこの闇を暴くと誓い、震える手でペンを取り、次なる記事の構成を練り始めた。


 深夜、藤崎は自宅の狭い書斎に籠もっていた。窓の外には、都会の灯りが遠くにぼんやりと輝き、しかしその明かりは、今や国民の希望を照らすものではなかった。

 

 「こんな国が、本当に未来に向かって歩んでいけるのか……」

 

 彼は、何度も自問自答する。

 

 過去に見たことのないほどの政府の無能さと、裏で糸を引くシャンロンの冷徹な計画。それらは、もはや一つの大きな運命の歯車となって、国全体を蝕んでいた。

 

 その夜、藤崎はインターネットで、匿名掲示板に目を通す。国民の声は、政府への不満と怒りで溢れていたが、多くは「どうせ変わらない」と諦めの色を帯びていた。

 

 「俺がこの国の未来を変えるんだ……!」

 

 彼は自分の使命を再び胸に刻む。

 

 そして、密かにノートパソコンに、これまで集めた証拠と、内部告発者からのメッセージを整理し、次なる記事の草稿を作成し始めた。

 

 手は震えていたが、その瞳には確固たる闘志が宿っていた。

 

 「たとえ、どんな困難が待ち受けていようとも、真実は必ず明らかにしなければならない。」

 

 その時、電話が鳴った。

 

 「藤崎さん、こちらは…」

 

 低い声が画面越しに聞こえる。

 

 ――これは、政府側からの圧力を示唆する警告の電話だった。

 

 藤崎は一瞬ためらったが、毅然とした口調で答えた。

 

 「警告なら受け取った。だが、俺は引き下がらない。」

 

 その言葉は、電話の向こう側にも重く響いたようで、受話器の向こうからは、何の返答もなく、ただ静かな雑音だけが流れた。

 

 彼はその瞬間、ただひたすらに真実を暴こうという決意を新たにした。



 次の日、藤崎は記者仲間と密かに会合を開いた。

 

 「内部情報によると、あの『こども未来発展省』の予算は、広告代理店を通じて、シャンロン資本の指定口座に流れているらしい。」

 

 会議室のテーブルを囲む記者たちは、緊張と興奮が入り混じった表情で頷いた。

 

 「これは単なる政策ミスではなく、国を売り渡す巨大な裏取引だ。もしこれが明るみに出れば、政府は一夜にして崩壊するだろう。」

 

 議論は激しく交わされ、誰もが自らの命運を案じる中、藤崎は自分がその先頭に立つ覚悟を示した。

 

 「俺は、必ずこの闇を暴く。たとえ、身の危険が迫ろうとも、真実は明らかにしなければならない。」

 

 その言葉に、会議室内は重い沈黙に包まれた。

 

 だが、同時に一部の記者たちは、これが政府側からの報復を招くことを恐れ、表情に不安を隠せなかった。

 

 「藤崎、俺たちも分かっている。だが、今こそ立ち上がる時だ。国民は真実を知らなければならない。」

 

 こうして、内部告発や裏取引の記録をもとに、藤崎は次第に記事の執筆を進めていった。彼の手は、過酷な現実と闘う決意で固く握られていた。


 国会議事堂の裏手、薄暗い廊下の奥に、一室の秘密会議室があった。

 

 そこでは、政府の高官たちが密かに集まり、極秘の会議を行っていた。

 

 「内部告発が漏れるのは、避けなければならない。藤崎直人という男が、その中心にいる。」

 

 一人の冷徹な顔つきの上級官僚が、静かに口を開いた。

 

 「これ以上の情報流出は、国の根幹を揺るがす危険がある。」

 

 会議室内は、薄明かりの中で重々しい空気が漂い、官僚たちの目は、各々の野望と恐怖で曇っていた。

 

 「対策として、藤崎の動向を監視し、必要ならば、彼を『国家転覆の危険分子』として処分する手段を講じなければならない。」

 

 その発言に、室内は低いざわめきに包まれ、誰もが自らの身の安全を顧みながら、だが命令には従わざるを得ない現実に沈黙した。

 

 こうして、政府内部での裏取引は、次第に公の秘密となり、シャンロンとの癒着が、紙一重の運命の中で、確固たるものとなっていった。



 藤崎は、これらの情報を丹念に整理し、膨大なデータと記録を基に、一つの記事としてまとめ上げようとしていた。

 

 彼は、深夜のオフィスで一人、明かりの灯るコンピューター画面に向かっていた。

 

 「この国の未来を左右する、この汚職の全貌…どうしても世に知らしめなければならない。」

 

 彼の指は、冷たいキーボードを叩き、証拠の数々を文章に落とし込んでいく。

 

 画面には、シャンロン資本が日本の政治家に渡した裏金の記録、広告代理店を通じた架空の取引、そして高級料亭で交わされた秘密の会談の写真が次々と映し出される。

 

 「これが、国民に知らされるべき真実だ!」

 

 藤崎は胸中の激しい怒りを抑えきれず、涙すら浮かべながらも、真実を追求する覚悟を新たにした。

 

 その背後では、政府関係者たちが冷酷な笑みを浮かべ、密室の中で次々と新たな裏取引を進めていた。

 

 ――真実は、いつか必ず明るみに出ると信じながらも、闇はさらに深く、広がっていくのだった。



 外では、インターネット上で国民の声が次第に高まっていた。

 

 SNSのタイムラインには、「税金の無駄遣いだ!」「政府は国民を騙している!」という抗議の投稿が溢れ、匿名のブログには、政府の腐敗を告発する声が相次いでいた。財務省前には約1,500人がデモを行なっていた。

 

 しかし、主流メディアはシャンロン側からの圧力に屈し、政府の発表ばかりを伝える。

 

 「正当な子育て支援策が進行中です」といった甘い言葉が、画面を通して国民に投げかけられるが、その裏には、計り知れない裏取引と汚職の実態が隠されていた。

 

 藤崎は、パソコンの前で静かに画面を見つめながら、国民の叫びに耳を傾けた。

 

 「このままでは、国民は永遠に騙され続ける…」

 

 彼は、その怒りと悲哀を胸に、さらに証拠を追求する決意を固めた。



 一方のシャンロン側では、全く異なる世界が動いていた。

 

 海外の高層オフィスビルの一室、シャンロン本国の会議室では、重厚なテーブルを囲み、数名の幹部たちが鋭い眼差しで日本情勢を見守っていた。

 

 「日本政府は、国民が気付き始めたようだ。混乱に陥っている。だが、我々の計画は順調に進んでいる。」

 

 一人の部下が、スクリーンに映し出された日本国内の統計データや、政治家の不祥事の報道を指し示す。

 

 「これらの数字は、すべて計画通りだ。日本は、徐々に我々の影響下に置かれている。裏金の流れ、広告代理店を通じた資金移動、全てが完璧に隠蔽されている。」

 

 幹部たちは、冷静な表情で頷きながらも、その眼差しの奥に冷たい情念を浮かべていた。

 

 「我々は、経済だけでなく、政治までも掌握する。シャンロンの理念を、日本に根付かせるのだ。」

 

 その言葉とともに、部屋は静かに、しかし確実にシャンロンの冷徹な策略の全貌を示していた。


 夜が更け、藤崎は自室で再び証拠資料を整理していた。

 

 窓の外には、雨が静かに降り続け、都会の明かりがぼんやりと揺れている。

 

 彼は、これまでの調査で集めた膨大なデータと、内部告発者から受け取った秘密の記録を、一枚一枚丹念に確認する。

 

 「こんなにも多くの裏取引が行われ、国民の税金が、シャンロンのために使われている…」

 

 その現実に、藤崎は深い絶望と怒りを感じた。

 

 しかし、その絶望の中にも、彼の内側から強い闘志が湧き上がる。

 

 「真実は必ず明るみに出る。たとえ、俺自身が滅びようとも、国民にこの現実を伝えなければならない。」

 

 彼は震える手でペンを取り、ノートに決意を書き記す。

 

 「我が使命は、腐敗した政府の全貌を暴くこと。真実を知る者が、未来を切り拓く唯一の希望である。」

 

 その言葉は、闇夜に浮かぶ一筋の光のように、彼の心を温めた。




 藤崎が記者としての記事を準備している間にも、政府内部では、シャンロンとの裏取引を隠蔽するための新たな対策が講じられ始めていた。

 

 情報の漏洩を防ぐために、監視体制が強化された。

 

 官僚たちは、密室の中で次々と指示を出し、藤崎のような記者が追及する前に、テレビなど息のかかったメディアを使い、情報操作と世論誘導を強化していった。

 

 「この情報が公になれば、我々の計画は水の泡になる。即刻、全てのデータを消去し、証拠隠滅の対策を徹底せよ。」

 

 その命令が、厚い金庫の中に保管された重要書類に記された。

 

 しかし、藤崎はすでにそれらの情報を記憶し、デジタルデータとしても保存していた。

 

 「逃げられると思うなよ、政府。真実は、どんなに深い闇の中にも必ず光を見出す。」

 

 彼はそう呟きながら、冷静な表情を崩さずにパソコンに向かい、最後の文章を書き上げた。




 翌朝、薄明かりの中、藤崎は決意を胸に、記事の最終稿を提出した。

 

 その記事は、政府の裏取引、シャンロンとの癒着、そして国民を欺く虚飾の全貌を、詳細なデータとともに記していた。

 

 「これが、我々の国の現実だ。真実を知らずに、ただ従うだけの国民に、目を覚ませと告げるための叫びである。」

 

 藤崎は、冷静な顔で送信ボタンを押すと、画面に表示された「送信完了」の文字を見つめながら、深い疲労感と共に一縷の希望を感じた。

 

 しかし、その瞬間、オフィスの扉が激しく開かれ、上司が顔をしかめながら駆け込んできた。

 

 「藤崎、何を…こんな記事を出すなんて!」

 

 怒声とともに、周囲の同僚たちもざわめき出す。

 

 だが、藤崎はただ一言、静かに答えた。

 

 「国民に真実を伝えなければ、俺の命も意味がない。」

 

 その声には、恐怖と覚悟が混じり、誰もが耳を疑うほどの重みがあった。

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